第79回:時代に合わせた政府広報の強化が必要だ
1)政府広報が存在する理由‐必要な人にとどけるため‐
行政の世界でも、自分たちの商品である政策を広く知ってもらうことは大事です。その理由は様々ですが、大きく以下の理由があります。
まずは、政策を必要な人に届けるためです。たとえば、中小企業向けの予算は中小企業庁がたくさん作っていて、活用しようと思えば、実は予算を使って設備改修や新規事業立ち上げを行うことが可能です。
ただ、待っているだけではその予算は自動的に振り込まれることはありません。制度の対象者であっても、制度を利用したくない、という人もいるからです。そのため、国の制度は大半が申請主義です。制度を知ったうえで、申請しないと利用することができません。
ここに政府広報が必要なポイントがあります。制度を知っていてあえて申請しない人はいいのですが、制度の利用が必要なのに、制度を知らない人はできるだけ減らしていかないといけないのです。
たまに「政府はわざと政策をわかりにくくつくって、国民が利用できないようにしているのではないか」と勘繰る人に会うこともありますが、そんなことはありません。政府の中の人も、必要な人に正しい情報が伝わる方法がないかを模索しているのですが、うまくいっておらず、それが外から見ると「わざとわかりにくくしている」と思われているだけなのです。
2)政府広報が存在する理由‐ルールを守ってもらうため‐
他にもルールを守ってもらうためにも広報は必要です。例えば電動キックボードについて、7月1日から解禁されていますが、各地でルール違反が続発しているという報道もあります。この電動キックボート、法改正により作られた新しいジャンルである特定小型原動機付自転車に位置付けられたこともあり、一般の人にはそのルール等がいまいち浸透していない状況があります。
・車用の信号に従わなければいけないこと
・2車線ある道路でも左側を走らなければいけないこと
・右折の際には二段階右折をしなければいけないこと
などが、
ルールとして決まっています。どうでしょう、これらのルールを守っていない電動キックボードの運転者は多いように感じませんか?
【参考】電動キックボードの交通ルール(警視庁HP)https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/kotsu/jikoboshi/electric_mobility/electric_kickboard.html
警察の取り締まりも大事ですが、知らずにルールを破ってしまっている人をできるだけ減らすことも大事です。そのためには、あたらしくできた制度を広く周知して知ってもらうことが必要になってきます。
ここも政府広報が重要なポイントです。正しく制度をしらないと、そのルールを守ることができないのです。
3)政府広報が存在する理由‐制度に主体的に参加してもらうため‐
他にも制度に主体的に参加してもらうためにも広報は必要です。年金制度がその最たる例です。年金制度は少子高齢化の中でも、将来にわたって安定して給付ができるよう、様々な改正が行われてきました。
若い人たちが高齢になってもある程度の年金額をうけとることができるように世の中の物価や給料に合わせて年金の伸びを調整したり、これまで国が貯めてきた年金積立金の運用益を活用したり、場合によっては取り崩したりすることで負担を上げすぎずに、一定の給付の額を担保できるようにしたりといったものです。
年金は将来だけでなく、病気やケガで仕事や生活に支障をきたす場合にも給付されるものです。このような制度であるにも関わらず若い人が「自分が高齢になった時には年金をもらえない」と判断して年金保険料を支払わなくなってしまうと、何かあった時に困ったことになります。そのようなことにならないように制度の趣旨や安定性を若い人にも知ってもらう必要があります。
このように政府広報は、とても重要な取組なのですが、これまでに、政府広報のために活用されてきたルートだけでは、なかなか伝わらない時代になってきています。
4)既存の政府広報のルートとその力の弱まり
例えば、記者クラブです。各省庁には、大手紙や全国ネットTV、業界紙や専門紙の記者が所属する記者クラブがあります。記者クラブは役所内に記者が滞在するための部屋が与えられています。役所は制度についての発表資料を記者クラブに提供したり、記者会見を行ったりします。また、その役所の政策に関係のある団体や個人が記者クラブで会見を行うこともあります。
2008年は新聞の購読率はとても高く、9割近い者が新聞をとっていると回答していました。しかしその割合は年々減少し2022年の調査によると、6割に減少していることが、公益財団法人新聞通信調査会の世論調査(※)で明らかにされています。
※https://www.chosakai.gr.jp/wp/wp-content/themes/shinbun/asset/pdf/project/notification/yoron2022houkoku.pdf
この調査は、調査員が訪問した対象者のうちの6割が回答したもので、新聞により関心の高い人が回答した可能性があります。現時点の6割の購読率よりもさらに実際の購読率は低い可能性があります。
また、テレビにしてもネットにしても、年齢層によって利用時間が大きく異なります。総務省の情報通信政策研究所の調査によると10代では1日あたりの平均利用時間は195分ですが、テレビは46分です。一方で高齢者はテレビの視聴時間が244分でネットの利用時間が103分と逆の傾向を示しています。
※https://www.soumu.go.jp/main_content/000887660.pdf
年代ごとに情報を得るためのメディアが異なるのです。
最近では、記者会見への出席にインターネットメディア記者も対象とされている(※)ようですが、記者クラブの広さも限られていますし、役所内で常時、タイムリーな情報に触れられるのは、かつて多くの国民が情報源としていた(今はその比率が下がりつつある)新聞やTVの記者といえるでしょう。多様な国民にくまなく情報発信するための広報の改善が求められます。
※https://form.cao.go.jp/cao/opinion-0094.html
また、広報ルートとして、業界団体や職能団体などの中間組織も政策広報のルートとして用いられてきました。経済界向けに伝えたい通知であれば、経団連や全国商工会などの中間組織を通じて、政府の伝えたい政策情報を事務連絡として通知すれば、加盟する団体や企業にくまなく周知してくれていたのです。
この中間組織を使ったルートもほころびが見え始めています。例えば労働組合の組織率は戦後すぐは50%を超えていましたが、2019年時点では16.7%になっていると、労働政策研究・研修機構のレポートは伝えています。
※https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/pdf/g0701_01.pdf
人々の考え方や活動の在り方が多様化し、中間組織に必ずしも所属しないという選択をとる人が増える中、中間組織を使った広報ルートの力も陰りが見えています。
同様のことは自治体を経由した広報にもいえます。多くの人が自治会に所属し、地域とのつながりを通じて、行政情報を入手していましたが、総務省の資料によると自治会の加入率も低下傾向にあります。回覧板をつかった情報伝達の輪に入れない人が増えているということです。
※https://www.soumu.go.jp/main_content/000777270.pdf
5)そもそも行政の情報はわかりにくいという課題
それでは国民が直接行政情報をHPなどから入手すればよいのではないかと思う方もいるかもしれませんが、行政のHPはたくさんの情報にあふれています。求めている政策にたどりつくのはとても難しいですし、そもそも関心がある人だけHPを見に来るようでは、本当にその政策を求めている人に届きません。多くの人は政策情報を直接取りに行くほど暇ではないのです。
加えて、政策の内容を伝える事務連絡や通知も一般向けに作られているものではありません。これらは自治体の職員や行政の地方部局などある程度行政文書に慣れている人を対象に作らられています。そのため内容が専門用語の羅列になりがちです。ふつうの人が内容を読んで理解するのは不可能といってもいいでしょう。
このように、政府広報は、情報取得ルートの多様化や国民の考え方により、従来の情報伝達ルートだけでは政策の内容を伝えにくくなっている現状があります。
またそもそもこれまでの情報発信が「前提知識がある人」を対象に行われており、「前提知識がない人」が対象となっていなかった点についても引き続き課題となっています。
つまり、これまでの政策広報のアプローチでは届かなくなっている層へ届けるための新しい発想やそもそも不完全であった部分このような課題に取り組む事例が少しずつ役所内から出てきています。
6)政府広報のイベントを開催します
ここでご説明した政府広報の課題と現在行われている政府広報の新しい取り組み事例についてイベントを実施します。最前線で活躍する国家公務員の方々と民間の有識者が語り合い、今後のあるべき政府広報を考えるものです。9月6日19時、対面とオフラインのハイブリット形式で虎ノ門の官民共創HUBで開催します。
政府広報を変えていきたいと考える国家公務員や政府関係機関の方にぜひご覧いただきたいと考えています。ご関心がある方は以下のHPからご登録ください。
https://kanmintalkconference-2309.peatix.com/view
(執筆:西川貴清、監修:千正康裕)
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