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青山泰の裁判リポート 第3回 劇団女優を夢見て上京した22歳女性は、なぜ同棲相手のホストを刺したのか?

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2023年3月7日、東京地裁715号法廷の傍聴席は満員だった。廊下には、15人以上の傍聴希望者が列を作っている。

被告人の名前は内藤亜紀(仮名・22歳)で、罪名は殺人未遂。
法廷に現れた亜紀は黒パンツスーツに白ブラウス姿。小柄で丸顔、肩までのストレートヘアの前髪をサイドに流している。きりっとした眉が印象的な彫りの深い顔立ちの女性だ。

同居相手の背中を
ペティナイフで何度も刺した。


2022年6月、亜紀は同居していた高橋祐樹さん(仮名・29歳)の背中をペティナイフで何度も刺した。2人は、ホストクラブのキャスト(ホスト)と客という関係でもあった。
傷の長さは約10センチ、深さは約5センチで肺に達するほど。全治6週間の重傷で、治療した医師によれば「病院に搬送されるのが1時間遅れていたら、死亡していたかもしれない」と。

亜紀は群馬県出身で、18歳のとき上京して専門学校に通っていた。22歳まで劇団に所属していたが、人間関係の問題もあり、自分の可能性を広げたいと退団。犯行当時はデリバリーヘルス、いわゆる派遣型性風俗店に勤務していた。

祐樹さんとは、20歳の時に知り合った。
「私がお酒にかなり酔っているときにナンパされた。“大丈夫?“と声をかけてくれて、水を買ってきてくれるなど介抱してくれた。泊まるところがなかったこともあって、ホテルへ」と亜紀は供述。

その後LINEで連絡を取り合うようになって、1か月後に祐樹さんが勤めるお店へ。2~3回通った頃から、恋愛感情を持つようになった。
祐樹さんが泥酔したとき介抱したことがきっかけで交際するように。亜紀は「交際していた」との認識だったが、彼にとっては少し違ったようだ。店以外ではほとんど会わず、お店ではしっかり高額の料金を支払わされた。

亜紀は「お店に行かないと祐樹さんと会えなかった。お店に来るのはお金がもったいないから(来なくていい)、とは言われなかった」と。

「ホストとして売れたい。

応援してほしい」


「それまで男性と身体の関係があるお付き合いをしたことはなかった」という亜紀は、あっという間に祐樹さんにのめり込んでいく。

「“ホストとして売れたい、ランキングを上位にしたい、応援してほしい“と言われて、週2~3回通うようになった」
1回3~4万円。お金を使うと祐樹さんの機嫌が良くなった。その後はお泊りして、必ず性的関係に。ホテル代は祐樹さんが半額払うこともあったが、ほとんど亜紀が支払った、という。

2人がケンカをすると、仲直りの条件として90万円のブランデーを入れたり、誕生パーティに150万円のシャンパンタワーをしたり。ホストの個人イベントで催すシャンパンタワーは、タワーの段数とシャンパンの種類で価格が決まるが、新宿・歌舞伎町のクラブでは、安くても100万円だという。
亜紀のおかげもあって、祐樹さんは店でランク外から売り上げ2位になった。

ホストクラブでお客が支払う料金は、ほとんどがカケ(売り掛け・ツケ)だ。店に払う料金は担当ホストが立て替えて、後日ホスト自身がお客から回収する。手持ちのお金がなくても高額の飲み食いができるこの仕組みがないと、ホストクラブは成り立たない。祐樹さんからは「カケを払ってもらわないと、俺が困る」と言われていた。

知り合って半年後から同棲したが、生活費はすべて亜紀の負担。亜紀は月15万程度のアルバイトと、実家からの仕送りで生活していたが、すぐにカケの支払いができなくなった。

祐樹さんから紹介されたスカウトの仲介で、性的サービスのあるメンズエステでアルバイトを始めるように。
「祐樹さんからは“みんなやってるよ“”キャバクラより稼げるよ”と言われた。嫌だったけど喜んでくれるなら、という気持ちだった。祐樹さんは”頑張れ、応援してるよ””亜紀が自分で決めたことだから、僕は全然気にしないよ”と」

亜紀がホストクラブで使った金額は、トータルで約600万円にもなった。
それだけの大金を使って得たのは、幸せや安らぎではなかった――。

「束縛されるのは嫌だ。別れたい」
祐樹さんは家に帰らなくなった。


小さな諍(いさか)いはあったが、祐樹さんが急に冷たくなったのは犯行の前日。
「束縛されるのは嫌だ。別れたい」と、家に戻ってこなかった。

翌日、亜紀は店の前に行き、興奮状態で泣き叫んでしまった。ちゃんと向き合ってほしい、話を聞いてほしい、と思った。一緒に帰宅して、いつものようにバスルームで一緒にシャワーを浴びた。
「朝になったら寮に帰る」と言われて口論になり、バスルームの外に。
「本当に捨てられちゃうんだ」「今まで尽くしてきたことが無駄、無意味になる」と思った。

亜紀は、キッチンにあったペティナイフを持ってバスルームへ。ナイフを祐樹さんに向けて振り下ろしたが、よけようとした祐樹さんの背中付近に刺さった。
「すごく痛がって苦しがって、うっうっと言いながら座り込んだ。祐樹さんが死んでしまうのだったら、私も死ぬからと。祐樹さんから”将来、子どもを作って結婚しよう。自分で刺したことにしていいから”と言われた」と。
一方、被害者は「なかなか救急車を呼んでもらえなかった。呼んでもらうために、そう言った」と供述した。

法廷での亜紀は、弁護士からの質問に、淡々とした口調でハキハキと供述して、言いよどむこともほとんどなかった。すでに気持ちのうえで吹っ切れているように見えた。
「真剣な交際をしていて、結婚したいと考えていました。ただ今改めて思うと、キャスト(ホスト)と客という関係だったのかも」と。 

裁判員からも、亜紀にさまざまな質問があった。
――祐樹さんのいいところは?
「面白くて優しい人でした。私の仕事を理解してくれること、祐樹さんだけだった。嫌な部分も多かったけれど、感謝の気持ちもある。知人から“亜紀ちゃんならもっといい人がいるよ“と言われたが、別れようとは思わなかった」


「お金を使っただけ仲良くなれる
なんて、普通じゃなかった」


――自分が一番悪かったことは何だと思いますか?
「感情的になって、大事な人を傷つけてしまったこと」
――どういう理由があっても、やってはいけないことだとわかっていますか?
「はい。殺意があったと言われても仕方ありません。決して、してはいけないことをしてしまった。
祐樹さんが生きていてよかった。今は、恋愛感情はない。お金を使っただけ仲良くなれるなんて、普通じゃなかった。」

検察官の求刑は6年。
亜紀の弁護人は「加害者が絶望してしまったことが事件の背景にある。原因の一端は被害者にもある。量刑も考慮すべき」と主張。亜紀の親が弁償金200万円を支払って示談が成立、被害者は「執行猶予付きの判決を望む」との上申書を提出した。

判決は懲役3年、保護観察つきの執行猶予5年。
「生命に対する重大な危険を生じさせた事件。加害者がホストクラブの客になることで被害者に利用されていた側面もある」

女性裁判官は判決理由を述べた後、亜紀に諭すように声をかけた。
「社会の中で責任を果たしてもらうという判断になりました。ただ、どうしてこういうことになったのか、あなたは深く考えるにいたったのではないか。あなたを支えてくれる家族の事を考えたら、こういうことにはならなかったんじゃないかと思います」

「同情する価値もない」
SNSでの加害者を中傷するコメントも


 この事件は、当初からSNSでの反響が大きかった。特に加害者の愚かさを中傷するコメントが相次いだ。
≪この女はただの頭が弱いバカや(笑)≫
≪自業自得。同情する価値もない≫
≪そもそもお金で愛情を買えると思っているのが間違っている≫
≪ホストは疑似恋愛を提供しているだけ。付き合っていると勘違いするのは女の勝手≫

確かにそういう面もあるだろう。しかし、被害者だけを一方的に責めるのは、あまりにも酷だろう。二人が知り合った時、亜紀はまだ20歳だったのだ。

被害者は、恋愛経験の少ない加害者の心情を巧みに利用している。「ふたりはつき合っている」と亜紀が思い込んでいることに気づいていながら、客として600万円もの金額を使わせている。
「ホストとしてではなく、僕とまじめに付き合ってほしい」と言って女性を操る、業界用語で“本カノ(本命の彼女)営業”と呼ばれる手法だ。

――被害者とのいい思い出は何ですか?
「誕生日やクリスマスには、ぬいぐるみやバッグをプレゼントしてもらいました」
裁判員から質問された亜紀は、淡々とそう答えた。もらったものは高いものではなく、1000円程度のものだった、という。

その後の供述が、印象的だった。
――自分はあれだけ尽くしたのに割が合わないな、とは思いませんでしたか?
「ありません。彼からもらった贈り物は、全部うれしかった」
 亜紀は、きっぱりとそう答えた――。

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