青山泰の裁判リポート 第21回 「これはニセ裁判。私は被害者です」叫び続けたシニア女性の主張とは?
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そのシニア女性は、叫びながら入廷してきた。
「私は被害者です。裁判は必要ありません」
「私を陥れようとする男が犯人です。もう逮捕されています」
「裁判は裁判官が5人いないとできないはず。裁判長もいない。一人でやっちゃいけない。学校でもちゃんと習っています。これはニセ裁判です」
「裁判官がニセの書類を作った。公文書偽造です」
小柄でスリムな女性は、茶髪に白髪が交じった長い髪。赤いTシャツに、明るい茶色のスエード風ジャケットコートと茶色のパンツ姿。ピンクの靴下と同色のサンダルを履いていた。
両脇の刑務官に加えて、離れた場所に2人が待機している。
本人かどうか確認するために、裁判官から名前や住所などを質問されると「答える必要はありません」と。女性は大学卒業後、職を転々として、現在は無職だという。
不規則発言を繰り返して、
退廷させられた
不規則発言を繰り返した女性は、裁判官の指示で法廷外に連れ出されて、15分後に戻ってきた。
――起訴事実を認めますか?
「きっぱりと否定しますよ。ビデオがある。どうして出さないんですか。
(裁判官に向かって)あなたも逮捕されるだけですよ。いい気になっているけど。
無実の人を裁判にかけたら、法律違反ですよ。分かってますか」
その後も発言が続き、その日の公判は中止になってしまった。
約1か月後に2回目の公判が行われた。
法廷に入るなり、また傍聴席に向かって訴えた。
裁判官が何度も発言を制止する。「退廷させます」と注意しても、被告人はひるまない。
「検察官は本名を名乗らないんです。ニセ検察官です。
裁判官、あなたが止めなきゃいけない」
刑務官に退廷させられながら、傍聴席に向かって「全部、報道してください。通報してください」と連呼する。
被告人にとっては、検察官はもちろん、裁判官も自分の敵で、傍聴人だけが頼りだと思い込んでいるのだろう。
罪名は、コンビニ店店長を
殴った暴行罪だった
被告人不在で冒頭陳述が始まった。ここでようやく事件の概要が判明する。
罪名は暴行罪。
東京都大田区内のコンビニ店内で、店長の顔面を2回右手甲で殴り、胸倉をつかんで押し倒した罪だ。
コンビニで前日に購入した飲料が傷んでいると店員にクレーム。店長が商品を受け取り、「直ちに返品に応じることはできない」と告げると、いきなり暴行したという。
起訴事実を認めるかどうか問われた弁護士は「本人がいる前で言いたい答えたい」と。
「このままだといつまでも
裁判が終わらない」
公判が終わった後、裁判官が弁護士に質問していた。
「被告人は話せそうですか?」
「かなり厳しいとの印象があります。このままだといつまでも裁判が終わらない」
2週間後の公判でも、それから1か月後の4回目の公判でも、同じパターンが続いた。
開廷前の通路から女性の声が聞こえてくる。
入廷すると、すぐに大声で不規則発言を繰り返す。
「何にもしてないのに、4か月も監禁されています。
そこには赤ちゃんや外国人もいます」
「ニセ裁判官の女、ニセ検察官」と指さし。
座ってからも傍聴人に叫び続けた。
「防犯カメラ映像は
捏造されたもの」
防犯カメラ映像の話が出ると、「捏造(ねつぞう)の映像なんです。4か月かけて手を加えた」と主張した。
「弁護士と話し合ってください」と促されると、
「必要ありません。いらないですよ。不正な裁判ですから」
弁護士のアドバイスも全く耳に入らない様子だ。
裁判官が発言を戒める。
――これ以上発言すると、退廷させます。
「退廷させていただきますよ。無罪なんだから」
再び被告人不在での審理が始まった。
防犯カメラには、犯行時の
映像が残されていた
検察側は、犯行当日の防犯カメラ映像を証拠として提出。
法廷で動画が流される。
店長の顔を2度はたき、胸を掴んで押す映像だ。
「できるわよ」「やりなさいよ」と、女性が大声で叫んでいる音声も。
被害者のコンビニ店店長(39歳)が証言した。
「被告人は『腐っている、返品してくれ』とお店にやってきました。
賞味期限が半年残っている商品で、前日購入された紙パック飲料。
『匂いが変』と言うので嗅いだが問題ない。
製造ラインの問題で、メーカーでの対応だろうと、お客様相談センターに、とお話ししたが、店で返品してくれと。
「名前を聞こうとしたら、
いきなり殴られた」
名前・住所を聞こうとしたら、いきなり殴られた。右手の裏拳で右ほほを。
一発目は覚えているが、その後はよく覚えていない。
音がするぐらいの強さで殴られた。目立った外傷はなかったので、病院には行かなかった。
これ以上殴られないために、犯人の両腕を掴んだが、押され続けて、売り場の柱に。
『名前は何というんだ』などとののしられた。
バックヤードに連れて行こうと思ったが、私に暴力をふるわれたとも言ったので、軟禁されたとか言われそうで(止めた)。
何を話しても聞く耳を持たない人でした。
「胸を触られた」などと
罵られたのが許せない
『警察が来ないじゃない、私が呼んでくる』と店を出ようとしたので『逃げないでください』と体を押さえた。すると『胸を触られた。お客さん、気をつけてください』と叫んで……。
犯人に対しては、殴られたこともそうですが、言葉で『胸を触られた』などと罵(ののし)られたことが許せない、という気持ち。しっかり裁いて欲しい。
その女性は、店で何回か見かけたことがあるが、これまでにトラブルはありません。
返品を受け付けなかったのは、店は充分な管理をしていたので。メーカー対応をお願いしました。私の判断です。
「(防犯映像の)編集、加工の作業は?」という検察官からの質問には「してませんし、できません」と。
真夏でもコートを着て
同じ主張を繰り返した
この日は被告人質問を予定していたが、またも不規則発言が続いた。
裁判官は「被告人には退廷を命じます。40分後に再開します」と告げたが、被告人は再出廷しなかった。そのまま裁判は続く。
検察官の求刑は罰金20万円。被告人に前科はなかった。
判決言い渡しの当日――。
犯行から半年経って、季節は冬から夏に変わっていた。
被告人は、最初の公判と同じ冬用のコートを着て入廷した。
傍聴席に向かって、再び不満をぶちまける。
「無実の被害者なのに、裁判にかけられているんです」
「もう6か月もの間、拘束されているんです」
「子供や赤ちゃん、犬なども監禁されています」
「解放させてくれないんですよ」
「人権侵害です、憲法違反です。サギ裁判です。
(傍聴人に向かって)すぐ通報して下さい」
裁判官の「判決を言い渡しますので、静かにしてください」との言葉には「無実なんだから、判決は必要ありません。日本の法律を知らないんですか」
「生活保護を受けているのに、
どうやって罰金
払えっていうんですか?」
裁判官は発言を無視して判決を言い渡す。
判決、罰金20万円。
淡々と判決理由を述べる。
「店長を右手甲で2回殴り、胸倉をつかんで押し込んだ。
録画された映像は何者かによる改ざんだと主張するが、警察官はUSBに落とす前に防犯カメラの映像を確認していて、提出されたものと同一だと確認している。
短絡的で身勝手な犯行」
なおも大声を張り上げ続ける被告人が退廷を命じられる。
開廷からわずか3分。
男性2人女性2人の刑務官に連れられて退廷する時、女性は傍聴席に向かって
「私は生活保護を受けてるんですよ。どうやって罰金を払えっていうんですか」と。
しかし裁判官は、判決時に「勾留1日につき5000円を換算して罰金に充当する」と明確に宣言している。約6か月間勾留された被告人は、罰金を支払う必要はない。
しかし興奮している被告人には、まったく聞こえていないようだった――。