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青山泰の裁判リポート 第19回 ボンネットに人を乗せたまま暴走、急ハンドルで振り落とした27歳男性。

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自動車の前方にいた男性をボンネットに乗せたまま、時速約57㎞まで急加速。
蛇行しながら2台の車を抜き去って176.5m走行し、右に急ハンドルを切って、路上に振り落とした――。

落とされたAさん(38歳)は右ひざ骨折で、ひざの骨が見えるほどの重傷。ほかにも右ひじと足を骨折。1か月以上の入院生活を送り、3週間歩くこともできなかった。
また右前方に立っていた男性Bさん(34歳)の右でん部にも衝突し、転倒させて1週間の右肩打撲傷を。
運転していた横山哲司被告(仮名・27歳)は、殺人未遂罪と傷害罪で起訴された。

アウディの急な車線変更で、
後続の2台が衝突した。


2024年7月25日、横山被告はアウディを運転し、環状八号線(東京都大田区)の片側三車線道路の右側車線を走行していた。羽田空港に交際相手を迎えに行く途中だった。

前方で二車線に減少することに気づき、左に車線変更。その時、中央車線を走行していたベルファイアに軽く接触した、という。
左にハンドルを切ってよけたベルファイアが、左車線に停車していたハイエースのドアミラーに衝突。
横山被告はベルファイアの運転手からクラクションを鳴らされたが、そのまま走行を続けた。

衝突した2台の自動車に乗っていたドライバーは、アウディに追いついて前に停止したが、横山被告はすぐに発進して、その先の赤信号で停車。再び追いかけた2人は、降車してアウディの前方と横に来た。
運転席側の窓をノックしたが、窓は閉められ、ドアはロックされたまま。
横山被告に降りるよう促したが、聞き入れないので110番通報した。

「車線変更しただけなのに、
後ろのドライバーが追いかけてきた」


横山被告の弁護士は、裁判員に訴えた。
「自動車の中の横山さんの気持ちになって考えてください。横山さんが何を見たのか、何が見えなかったのか。何を考えたのか」

弁護側の主張はこうだ。
横山被告のアウディは余裕をもって車線変更した。後ろのベルファイアが加速したので急接近したが、接触はしていない。
アウディのフェンダーに傷があるが、1年前についたもので、目立たないのでそのままにしていた。今回、接触したときについたと思われる傷はない。

横山被告は後方のベルファイアとハイエースが衝突したのに気づかず、そのまま走行した。
普通に車線変更しただけなのに、クラクションを鳴らされ、パッシングされて「怖いな」と思った。

突然、ベルファイアが左から前に回り込んで、ドライバーのAさんがどなってきた。
横山被告は「相手はクルマの前に入られたのが嫌だったのかな、と思った。ヤクザか半グレなのか、と怖かった」と。

アウディは、交差点で
2人の男性に囲まれた。


「その後、発進して赤信号の交差点で止まると、後方に止まった自動車からAさんがボンネットの前に来た。スーツ姿でオールバックの男性で20~30代に見えた。

クルマの前に来て、ボンネットを叩きながら『降りろ』と。『次から気をつけます』と謝るジェスチャーをした。

仲間と思われる男性Bさんも後ろから運転席の横にきて、ドアをガチャガチャと。
Bさんが電話をかけ始めたので、仲間に電話をかけたのかな。仲間が来ると、どこかに連れていかれるかも、何人来るかな、と思った。
怖くて逃げだしたかった」

逮捕されて初めて、後ろのベルファイアがハイエースとぶつかったことを知った、という。
仲間だと思っていた2人が知り合いでないことも。

自分のアウディがベルファイアと接触してなく、横山被告が後方の衝突事故に気づいていなければ、クルマを囲まれて抗議される理由がわからない。
突然、2人の男性が自動車の前方と横に来て、「外に出ろ」と言われたら、強い恐怖を感じて当然だろう。

その後の被告人の行動には
弁解の余地がまったくない。


しかし理解できるのはここまでだ。
その後の横山被告の行動には、まったく弁解の余地がない。

横山被告は、青信号になったので「今しかない」と発進した。前と右前方に男性がいたので、ハンドルを左に切ってゆっくり発車。前方のAさんは避けてくれるかと思ったが、寄ってきた。

やばい、まずいととっさに右にハンドルを切ったら、Aさんは止めようとボンネットに乗ってきた。『逃げんなよ』という感じで。
パニック状態で走行して、気がついたらAさんはボンネットから消えていた。そのまま空港へ。
怖くて現場に戻ることができなかった、という。

振り落とされた被害者が
証言台に立った。


ボンネット上から振り落とされたAさんが証言台に立った。
留学生として13年前に来日。
誤訳を避けるため、通訳を通じての証言になった。日本語学校に2年、自動車専門学校に2年。10年前に免許を取得して、既婚で2歳の子どもがいる。
羽田空港へ送迎する会社で働いていた。

「突然、右後方から速い車が来て車線変更。割り込みにびっくりして左へハンドルを切った。アウディとぶつかった感覚があり、車体が多少揺れた。ウインカーは見えなかった」

――アウディはウインカーをつけていなかったということですか?
「はい。左にハンドルを切ってよけたが、サイドミラーが左車線で停止していたハイエースに当たりました。大きな音がしました。
――なぜアウディを追いかけたのですか?
「なぜそのまま走って逃げたのか説明してほしい、と思った。
1回くらいクラクションを鳴らしました。
パッシングはしていない」

「無視して発進したアウディは、交差点の赤信号で止まった。
追いかけてドアをノックして、『降りてください、事故だから逃げないように』と日本語で話しかけた。
声は少し大きかったが、どなってはいない。
被告人は何か言っていたが、聞こえなかった。

ハイエースのBさんが私の前に来て、『ぶつかったのに、なぜ逃げるのか』と。
事情を説明して、Bさんが警察に電話した」

「死ぬかもしれない」と、
頭が真っ白になった。


「アウディの前にいたら、クルマが急に発進した。大変驚いた。
ボンネットに乗らないでよけることは困難だった。逃げられない状況で、ボンネットの上にうつぶせになる形で、ワイパーの付け根を手で持った」

アウディは加速して、蛇行するように走行した。
「『死ぬかもしれない』と思い、頭が真っ白になった。
右側に大きくハンドルを切られて、路上に振り落とされた。
何回転かしながら地面に落ちた。
衣服はボロボロに破れ、時計はなくし、ブレスレットには傷がついた」

現場はアスファルト舗装の道路で、制限速度は時速60㎞。トラックの通行も多く、一歩間違えば命の危険もあった。

「初めての長い入院生活は、大変つらかった。
今でもしゃがむことはできない。傷跡は一生残る。半袖、半ズボンは着れない。運転して1時間くらいで痛みが出る。長い時間クルマの運転ができないので、まだ正社員になっていない。
100%被告人を許すことはできない。処罰を受けてほしい」
被告人は少し涙目で、うなずきながら被害者の話を聞いていた。

弁護側は、アウディとベルファイアが接触したかどうか、Aさんに質問した。
――本当にアウディとぶつかったのですか?
「はい。ぶつかった感覚。感覚としては。一瞬のことで」 
――ぶつかると思ってハンドルを左に切ってハイエースとぶつかったのではないですか?
「違います」
――最後にもう一度聞きます。本当にアウディと接触した感覚はあったのですか?
「はい」

赤信号で隣に停車していたトラック運転手が証言した。
「後ろの運転者は怒ってはいたが、激しくはなかった。クルマを叩くことはなく、深刻なトラブルだとは思わなかった。
被告人がパニックになっている様子はなかった」

「ボンネットに乗ってきて、
怖くてアクセルを踏んだ」


被告人質問が始まった。
「発進した時、Aさんがボンネットに乗ってくるとは全く予想していなくて、怖くてアクセルを踏んでしまいました。頭が真っ白になってパニックに」

――目の前の男性がどうなるか考えていましたか? 
「まったく考えられなかったです。気がついたら男性はいなくなっていた。怖くなって、逃げてしまった。取り返しのつかないことをしてしまったと。
すっと事故のことを考えていました。振り落としてしまったこと、ケガをしたかな、と」
――発進時にBさんと接触したことは? 
「逮捕されて初めて知った。ボンネットの男性ばかり気にしていたので」

――どうするべきだったと思いますか?
「発進する前に、警察を呼んで待つべきでした。怖いという自分の気持ちを優先してしまった。
また振り落とした後も、救急車を呼ぶべきだった。仲間が来てくれるから大丈夫かなと思ってしまった」
――なぜそのまま立ち去ってしまったのですか?
「警察に連絡することはずっと考えていましたが、連絡しませんでした。自分勝手な考えで……。

(羽田空港で会った)彼女には告白できなかった。(海外から)仕事で疲れて帰ってきてショックを受けるだろうな、と。
彼女が寝たら警察に電話しようと思っていたら、父から電話が。
『今、家に警察が来てるぞ』と」

被告人は、顔を紅潮させ、涙を流しながら証言した。
「取り返しのつかないことをしてしまって、大変申し訳なかったと思っています。(被害者が)死んでもおかしくない、決して許されない行為だったと思っています。
普段から車の運転、人の命とか安全とかを軽く考えていました。だからスピード違反とか、安全義務違反とかをしてしまったのかな、と」

横山被告は、スピード違反で
2度も免許停止になっていた。


クルマを運転するとき、性格が豹変してしまう人は意外に多い。
普段は温厚なのに、前のクルマがモタモタすると怒鳴り散らしたり、無理な追い越しなどの乱暴な運転をするドライバーも。

車内は匿名性を確保されたプライベートな空間でもある。
インターネットと同じで、ささいなトラブルで怒りを感じて過剰に反応してしまうドライバーもいる。

被告人には、50km以上のスピード違反(速度超過違反)が2件、30km未満のスピード違反も1件ある。平成30年と令和3年に免許停止に。ただ物損、人身事故はない。

殺人未遂罪が
成立するかどうか。


検察側が起訴した罪名は、道路交通法違反や危険運転致傷ではなく、殺人未遂。
争点は、殺意の有無。横山被告が、人が死亡する可能性が高い行為だと分かってやっていたかどうか。

そして、車外に連れ出されて脅迫、暴行されるという差し迫った危険があったか。
過剰防衛、誤想過剰防衛などが認められるか。
Bさんへの傷害罪が成立するかどうか。

検察側は、「殺意があった」と主張した。
「急加速し蛇行運転をして、2台の車を追い越している。
殺人未遂罪、傷害罪が成立する。過剰防衛、正当防衛は認められない。
多数の交通違反歴があり、今回も被告人の荒い運転が交通トラブルの発端になっている。

『ボンネットに人を乗せてから、まったく記憶していない』という被告人の発言は不自然。
車線変更するなど、状況に応じた運転をしていた。
『振りほどきたいという気持ちがなかったとはいえない』とも証言している。
事故後に警察に連絡しないなど、人命を軽視している」

ドライブレコーダーの
映像も証拠に。


「車外に連れ出され、脅迫や暴行を加えられる可能性はなかった。
2人とも素手で、窓もドアも閉まっていた。
ボンネットを叩いていたという発言はドライブレコーダーの映像と矛盾する。仲間が来ると思い込むような状況でもない。

被告人は発進する必要はなかった。110番通報することは容易にできた。
捜査段階で、被害者から『てめえ、なめてんのか? 俺を誰だと思ってるんだ』などと言われたと供述しているが、ドライブレコーダー映像と矛盾している」

横山被告は、首をうなだれて憔悴した様子で聞いていた。
求刑は懲役7年。

弁護側は被告人の行動を擁護した。
「余裕をもってウインカーを出して車線変更。ベルファイアが加速したために急接近したが、接触はなかった。横山被告は、後方でベルファイアとハイエースが接触したことには気づいていない。
車を止められ、降りろとどなられる理由はないに等しい。

110番通報する前に、Bさんは『警察に通報する』と言ったと証言し、Aさんも聞いたと。しかし交通量の多い道路での会話で、車の中からは聞こえなかった可能性がある。
横山被告は『仲間に連絡している』と誤解した。

Aさんについては、少なくとも誤想過剰防衛が成立する。最初は逃げようとしたのは確かで、突発的に急加速した。
捜査段階で『てめえ、なめてんのか』などと言われたと供述したが、車の中でよく聞こえない声を、恐怖でそう思い込んだ可能性がある。
法廷では『降りろ』と言われたと証言している。反省していないと判断するのは、違うのではないか。

事件は実名報道されて、横山被告は勤務していた不動産建設会社を自主退職した。社会的制裁を受けている。
執行猶予判決が相当」


裁判員裁判の判決は、
懲役5年の実刑。


2024年10月29日、裁判員裁判で判決が下された。
判決は懲役5年。
判決を聞いた瞬間、証言台の前で直立していた横山被告の身体が、右側にほんの少し揺らいだ。

裁判長は、検察側の主張を全面的に支持した。
「被告人があせっていたことは認められるが、人が死亡する可能性が高い行為を、それと知って犯行したと認められる。危険性が高く、悪質な犯行」

アウディとベルファイアが接触したかどうかについては言及しなかった。
「AさんとBさんが追いかけたのは、交通トラブルの原因となった被告人が逃げようとしたことへの当然の行動。少なくともドアを強くたたくなどの行為はしていない。

仲間が道具を持ってきて、ガラスを割る可能性もなかった。ドアは施錠され、窓ガラスも閉められていた。
発進した時は、暴行や脅迫をされる差し迫った危険性はなかった」

「被告人の主張は、
不合理で信用できない」


「被告人は、110番通報をする、クラクションを鳴らして助けを求めるなどの方法を取ることができた。主張は不合理で信用できない。
過剰防衛や誤想過剰防衛は認められない。

Aさんは仕事や日常生活に多大な支障が生じた。
被告人は不合理な弁解に終始。
法廷で反省の言葉は述べているが、反省の深まりが感じられない」

保釈中の横山被告は、大きな2つの紙袋を持って入廷した。紙袋の上部はガムテープでふさがれていた。
買い物した商品が入っているのだろうか、懲役刑を覚悟していたのだろうか、と思った。
判決を言い渡されて、被告人はそのまま収監された。
当然だが、横山被告はこれから5年間、外出して買い物をするはできない――。

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