青山泰の裁判リポート 第12回 「股間がかゆいから、かいてただけ」と被告人は卑猥な行為を否定した。
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「刑務所は私には合っていない。いじめられたこともある。
自分は病気だと思う。病院に行ったこともあるが、すぐに通わなくなった」
弁護人からの質問に刑務所生活の辛さを吐露したのは、川口典夫被告(仮名・61歳)だ。
黒縁メガネにパジャマのようなトレーナー姿。小柄で、年齢よりかなり年上に見えた。
住所不定で職業は占い師。以前は有名な芸能人の専属占い師で、1回の占いで50~100万円の謝礼をもらったこともあった、という。
起訴された罪名は公然わいせつ罪。
東京都台東区の書店内で陰茎を露出して自慰行為をし、徘徊しながら自分自身をスマホで撮影した。
「盗撮されたかも」と女性から報告を受けた店員が声をかけたところ、被告人はあわてて逃げようとした。川口被告のスマホには、店内でズボンをおろし、陰茎を露出して徘徊する動画や静止画が残されていた。
「中学の頃から露出を…最初は強要され…その後、快感を覚えるように。撮影すること自体に興奮するようになった」
川口被告の好みは、メガネをかけて体格のいい女性。
その女性から見られたい、というより、女性から見られそうなシチュエーションに興奮する、という。
今回は自分で動画撮影しながら、店内を歩き回った。特定の人に行為を見せつける明らかな被害はなかったが、店に迷惑をかけ、女性客にも嫌な思いをさせた。
「露出者が出たお店に
女性が行きたいと思いますか?」
弁護人が被告人に質問する。
――露出者が出たお店に、女性客が行きたいと思いますか?
「思いません」
――業務妨害になるんですよ。
「はい」
――女性が驚くのが快感ですか?
「それはありません。脱ぐこと自体が快感です」
被告人は、ストレスが溜まっていた、と。
隠れてコソコソ露出することに快感を覚えていた。
相手が嫌がることは分かっていたが、欲望を抑えられなかった、という。
徘徊した時間は2~3分以内。店内には15、16人のお客さんがいた。
被告人は前科12犯。数多くの前歴もあった。
令和元年、電車で下半身を露出して懲役1年。仮釈放3日後に福島県の書店で露出して懲役1年4月。出所後、約1年で今回の犯行に及んでいる。
「(病院を受診しなかったのは)自分の病気を認めたくなかったから。恥ずかしかった。
これからは逃げないで、行動しなければいけないと思います」と反省の言葉を口にした。
「悪いことは悪いと認め、これからの生活をしっかりしたいと思います」
検察官は「動画を撮影しながら自慰行為をした」と、懲役1年を求刑。
弁護士は「ことさら行為を見せつけるために犯行したのではない」と主張した。
判決は懲役10か月の実刑。
裁判官は、被告人を諭す。
「刑務所から出てきたときには、二度と事件を起こさないようにしてください」
被告人は、反省した様子で頭を下げたのだが……。
被告人は「股間がかゆいから
かいてただけ」と主張した。
飯塚豊被告(仮名・75歳)は、丸刈りでメガネをかけ、小柄で少しお腹が出ている、温厚そうな老人だった。モスグリーンのTシャツに、グレーのスウェット姿。
無職で、婚姻歴はなく一人暮らしだった。
事件は、平日の午後1時過ぎに東京都新宿区のスーパーマーケット内で起きた。
女性(35歳)に近づいて、着用していたスウェット様ズボンの中に自分の右手を差し入れて激しく上下に動かし、自慰行為のような動きをした、という。
女性が店の奥に逃げると、総菜売り場まで追いかけた。
その後、女性が清算して外に出ると被告人が路上にいたので、距離を取って歩いていた。
被告人は突然振り返り、ニヤニヤしながら近づいてきて右手を激しく動かす。驚いた女性はその様子をあわててスマホで撮影した。
罪名は、東京都の「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(略称「迷惑防止条例」)」違反。条例とは、地方公共団体が法律とは別に定めたルールのこと。
公共の場所で卑猥(ひわい)な言動をし、周囲の人を不安にさせて、羞恥心を刺激した罪だ。
被害者は供述書で「非常に嫌な気持ち、言葉にできない不安や恐怖を覚えました。
二度とこのような行為を起こさないよう処罰してほしい」と。
一方、被告人は「かゆいので、かいていただけ」と弁解した。
法廷で裁判官、被告人、弁護人、検察官は店内の防犯カメラ映像と、被害者のスマホ映像を確認した。傍聴席からはその映像を見ることはできない。
映像を見た被告人は
「気持ち悪いな、と」
弁護士が被告人に質問する。
――なぜ犯行を?
「覚えていません、していません。チンチンをかいてました、かゆいから。
かゆいのは2月くらいから。病院に行ってないので、原因はわかりません」
――実際やっていたのに記憶がないのですか?
「はい。防犯カメラの映像を見るまで分からなかった」
――映像を見て、どう思いましたか?
「気持ち悪いな、と」
――自分の行為が、ですか?
「はい。被害者には申し訳ないと思っています」
――生活保護を受けていますよね。いつからですか?
「3、4年前から」
――記録では10年前からになってますが。
「刑務所に入ったりしてて。出てから再び生活保護を」
被告人は前科8犯。
平成17年、公然わいせつ罪で罰金刑、平成29年にも懲役2年の実刑。ほかに窃盗などの前科もあった。
――社会復帰できたら?
「今回のようにならないよう気をつけて生活したい」
――具体的には?
「病院に行くくらいですかね」
――2度と同じようなことはしないと誓えますか?
「誓います」
「女性に近づきながら、
手を動かしていた」
検察官による追及が始まった。
被告人は、のらりくらりと質問をはぐらかす。
――どこをかいていたんですか?
「股間です」
――股間のどこですか?
「玉をかいていました」
――玉をかいていて、あんな動きになるんですか?
「人それぞれだと思います」
――映像ではニヤニヤしているような。
「気持ちよかったんだと」
――女性に近づきながら手を動かしてましたよね。
「覚えていません」
――覚えてるかどうかじゃなくて、映像に映ってましたよね。
「股間をかくことは、特に何とも思っていません。かゆいからかいただけで」
――恥ずかしいとは?
「思ってなかったです」
悪いことはしてないから
「反省のしようがないですよね」
――被害者からスマホで撮影されたのは?
「気づいていませんでした。目が悪いので」
――店内でも、路上でも、被害者の方を向いて手を動かしていましたね。
「たまたまです」
――以前、公然わいせつ罪で逮捕されていますよね。
人前で股間を露出しなければ捕まらないと考えたんですか?
「考えたことないです」
――今後、何をどう反省するんですか?
「反省のしようがないですよね」
被告人は、あくまでも股間がかゆかったのでかいただけ、と主張する。
「悪いことをしていないのだから、反省しようがない」と。
しかし店内の防犯カメラと被害女性のスマホには、被告人の行為がしっかりと撮影されていた。
そして被告人自身が、その映像を「気持ち悪い。被害者に申し訳ない」と証言しているのだ。
「あなたが恥ずかしくなくても、
周りの人が羞恥心を抱いて不安に」
裁判官が被告人を諭す。
――あなたは恥ずかしくなくても、それを見た周りの人が羞恥心を抱き、恥ずかしく、不安になるんですよ。
「はい」
――今後しないで欲しいんですけど、どうすればいいと思いますか?
「病院に行きます」
――どこの科に行きますか?
「皮膚科に。もっと早く病院に行けばよかった」
まるで噛み合わないコントのような会話だった。
法廷内は“私語厳禁”なのだが、思わず吹き出しそうに。
被告人はあくまでかゆみが原因だと言い張った。
自分の問題は、女性に近づいて卑猥な行為を見せつけたことではなく、皮膚病の治療を怠ったことだと真顔で強弁したのだ。
――今までかく行為を誤解されたことはなかったですか?
「なかったです」
――こういう行動をしたら、周りの人がどう思うか、考えてほしいんですよね。
「……」
「被告人は陰茎を出さなければ
大丈夫だと考えている」
検察官の求刑は懲役1年。
「少なくとも、被告人は自慰行為やそれを装った行為に見えることを認識して行った。
大きく激しい動き、卑猥で、狡猾さは際立っている。
陰茎を出さなければ大丈夫だと考えていて、悪質な犯行。
被害者は強い不安感を持ち、体を直接触ってくるのでは、と恐怖を感じた」
弁護人は被告人の主張に沿った意見を述べた。
「突然かゆみを覚え、被害者が見ていたにも関わらず、衝動的で場当たり的な行為で、一心不乱に股間をかいていた。2月からかゆみを感じ、これまで行為を注意されたことがない。寛大な判決を」と。
被告人は、「本当に申し訳ございませんでした」と最後に頭を下げた。
被告人は頭を垂れて
判決を聞いていた。
2週間後の判決の日、飯塚被告は被告人席で頭を垂れていた。
憔悴している様子で、最初は別の裁判かと勘違いしそうになったほどだ。
被告人は「かゆいからかいてただけ」という主張が通らないと覚悟しているようにも感じられた。
判決は懲役8月の実刑。
裁判官は「白昼の店内でズボンの中に右手を差し入れ、自慰またはそれに類する行為をした。
その後、路上で再び見せつけた。2回にわたり公衆の場で、羞恥心及び不安感をあおった。違法性が軽いものとはいえない。
しかし今後は周囲に誤解を招くような行為はしないと反省している」と。
被告人によると、20年以上前から統合失調症を患っていて、現在も7種類の薬を飲んでいる、という。
再犯を防止するために必要なのは、刑罰や皮膚科の薬ではなく、専門家による診察と指導、適切なサポートではないだろうか――。