ソングライティング・ワークブック 第189週:Leonard Cohen (10)
Who by Fire
Cohenの歌の中でもとくにユダヤの伝統に根ざすものとして有名なのは、『Who by Fire』だろう。ユダヤの祭日ヨム・キプル(Yom Kippur)の祈り(Unetanneh Tokef、「私たちのすばらしさについて語ろう」のような意味、内容は「来年の私たちの運命はどうか、誰が生きているか、または死んでいるか?」と問うという厳粛なものらしい)をもとにしている。ヨム・キプルはイスラムのラマダンに似て、入浴や労働を禁じ、断食する。第4次中東戦争はこの祭日を狙ってエジプトがイスラエルに対して仕掛けたことから始まった。イスラエルがラマダンのときにガザやレバノンを爆撃するのと同じだ。
この第4次中東戦争の時にCohenはイスラエルを訪れ、即興的にコンサートを行っている。その後に書かれた歌が『Who by Fire』だ。先週Cohenとイスラエルの関係については少し書いたが、シオニストとしては「この歌こそCohenがシオニストである証だ」と主張したくなるのだろう。
Washington PostになぜCohenがイスラエルを訪れたかについての記事がある(『In 1973, Leonard Cohen hated his life. Then he went to a war zone.』、Matti Friedmanの著作『Who by Fire: Leonard Cohen in the Sinai』のレビュー記事)。このとき39歳だったCohenはパートナーも子供もいたが、結局それを束縛だと感じていたようだ。それで衝動的に「戦って死にたい」と思ってギターも持たずに訪れたということだ。それを見つけたイスラエルのミュージシャンたちが半ば無理やりシナイ半島にCohenを連れて行って兵士たちの前で演奏させた、ということらしい。
実は1972年にすでにCohenはイスラエルでコンサートをしている。これはかなり悲惨だったらしい。途中でステージを降りたようだ(何か薬をやっていたらしい)。また、オーソドックスの家庭で育った彼だったが、自分は正しいユダヤではない、と感じたらしい。翌年のこの即興コンサートでは止まることなく歌い続けたということだ。そしてCohenは再生したのだ、とこの記事はまとめている。
そういうまとめ方で良いのかどうか。私にはわからない。この人の人生はこの語もずっと自分探しでふらふらしていたような印象があるからだ。歌は美しい。イスラエルなんかに横取りしてほしくない。