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ソングライティング・ワークブック 第67週:伴奏で性格を表す—ピアノを使って(6)

ひとつのアイデアから発展させる試みの続き。「上昇」「登ること」というモチーフについて。今回は少し寄り道。

伴奏で性格を表す—ピアノを使って(4)

伴奏で性格を表す—ピアノを使って(5)

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あの丘を駆け上る

Kate Bushが1985年に発表してヒットした『Running Up That Hill (A Deal with God)』が話題になっている。Netflixのシリーズ『Stranger Things』の第4シーズンで登場人物がウォークマンで聞く(物語の舞台は1986年)音楽として使われていて反響を呼び、UKチャートの1位に昇った。

私はこのドラマは見ていなかった。シリーズが始まったころちょっと見て、ああ、Stephen King風か、と思ってそこでやめてしまった。SFもホラーも好きだけど、Kingは演出のディテールはいいんだけど、超常現象を「合理的」に「因果関係」で説明しようとするようなところがあって、話としては弱くなる。Lars Von Trierのテレビミニシリーズの病院ホラー『The Kingdom(Riget)』と、それを下敷きにした(Kingも関わった)『Kingdom Hospital』ではTrierのオリジナルの方が、私の趣味には合っている、と説明すればわかってもらえるだろうか。『Stranger Things』はKingの作品ではないのだけれど、ターゲットが同じということでもあるのか、設定や話の進み具合が似ていた。

どういうふうに使っていたのだろうと思って、いきなりシーズン4から見てみた。基本的に10代がターゲットのシリーズなのだろうけど、もともと物語の舞台が80年代ということもあって、私のようなちょうどこの年代ドンピシャ10代だった人たちにも、「そうそう、あのころのドラマこんなだったよなあ」という楽しみ方ができるようになっている。登場人物たちのファッションがくすぐったい。懐メロ満載だし、ほかにも80年代のいろいろなカルチュラル・レファレンスに富んでいる。いろいろな映画へのオマージュらしきシーンもちらほらある。

でも『Stranger Things』は80年代に創られたドラマではないし、その再現でもない。むしろ、今の(とは大雑把な言い方だけど)ジェンダー観や人種観で80年代ドラマを再構築するという感じになっている。80年代を本当に覚えている人はこのドラマを見て、「80年代もこうだったら(今の人権感覚を持っていれば)私たちの10代も、もっとよかったかもしれないなあ」と感じるかもしれない。私はそう感じた方だ。古い人間だけど少しはアップデートしてきたのだから。

『Running Up That Hill(Dealing Woth God)』は登場人物の一人Maxの「ライトモティーフ」として使われている。歌はそのまま使われることもあるし、ドラマに合わせてリミックスないし、メロディをモチーフにして新たに作曲されたものがサウンドトラックとして使われている部分もある。ある場面ではMaxの命を救う重要な歌だ。

If I only could,
I'd make a deal with God,
And I'd get him to swap our places,
Be running up that road,
Be running up that hill,
Be running up that building,
If I only could, oh

Kate Bush, "Running Up That Hill (A Deal with God)"

もし、私たち(「私」と、私が愛する「誰か」)を互いに入れ替えることができれば、もっと互いに理解し合うことができるのに。そのためにはあの高いところに駆け上がって神様と取引だってして見せるのに。歌詞はそう言っている。「私」は二人で今より高いところに行きたいのだ。

推測で言うのだけれど、少しクリスチャンにとっては奇異に響いているのかもしれない。「取引」は悪魔がすることで、神がすることではないからだ。それを承知でKate Bushは「神」と言ったのだろうけれど、おそらくそれだけ「上昇」というモチーフが彼女にとって大事だったのだろう。「上昇」に悪魔はそぐわない。でも、神は聞いてくれない。神とは旧約聖書によく見られるように、理不尽なものだから。善行を積めば何かしてくれるような神ではないのだ。

上昇はメロディの方ではなく、ベースラインの方にある(A♭音-B♭音-C音)。メロディはB♭音で頭打ちになって突き落とされることを繰り返す。コーラスセクションのメロディとベースのあらましは以下の通り。

技術的なことを言えば、同じフレーズが2度繰り返されるけれど、2度目は入りのタイミングが2拍前にずれる。切羽詰まった感じが表現できる。試しにこうやって歌ってみたら、この効果の違いがわかる;

誰かの作品をインスピレーションにするということ

理想を言えば、誰かの作品をインスピレーションにして自分の作品を創るということは、その誰かの作品に対して質問状を送るようなものだと思う。

今回はここで切り上げて次回に。

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