『五等分の花嫁』に学ぶ面白さの伝え方
これが伝わらないと「面白い」と感じない!
僕は小説の創作教室で講師をかれこれ7年ほど務めている。これまでたくさんの〝プロではない人〟の原稿を読んできた。そんな彼・彼女たちが10万字近い意欲作を見せてくれたにも関わらず、僕が冒頭10ページ読んで問題点を指摘すると、激昂されることがある。
「ちゃんと最後まで読んでから言ってくださいよ!」
すべて読んだ上で判断して欲しい――その気持はよくわかる。僕がいい加減に読んでいるように感じられるからだろう。
しかし。
冒頭が面白くなくても最後まで読んでくれる。そんな聖母のような読者がこの世にどれだけいるのだろうか……? 逆に最後まで読まない読者に呪詛を投げかけても、自作が面白くはならないのではないか。
読んでいて面白いと感じない原稿を書くことは、読者の時間をムダに奪うことだ。エンタテイメントにおいて、それは〝絶対あってはならないこと〟ではないか。時間を消費した分、エンタテイメント(興味を持続が語源)を提供できなければ、商業作家として原稿料を取れないのではないかと僕は考える。最初から面白い。それは最低限、読者への礼儀であろう。
では、最初から面白さを伝えるためにはどうしたらいいのか? 僕は創作教室で毎回、以下のように伝えている。
①主人公がわからない
②主人公が求めることがわからない
③主人公が何と争っているのかがわからない
上記の3点を最短ルートで伝えること。これが面白さを最初から伝える方法だ。面白さを感じるためには、そこに書かれていることを理解できなければならない。作家が伝えたいことが、読者に伝わってはじめて面白さを感じられるからだ。
では、作家が伝えたいことを伝えるためには何が必要なのか?
――主人公である。
殊に文芸エンタテイメントである〝小説〟は、文字を追って作家の伝えたいことを理解していかなければならない。文字を読んで脳内に情感を再生する。そのためには、書かれてある文字で感情を刺激され、臨場感を持てなければならない。
そのために、主人公に感情移入する必要があるのだ。
主人公に共感し、感情移入させることができれば、冒頭から読者の興味を誘引できる。そこで先程の三点が必須になってくるのだ。
ハリウッド脚本術の解説本などでは、主人公の紹介に必要なものとして、「外的な目的」と「内的な欲求」という専門用語(解析ツール)を用いる。
外的な目的:主人公がやらなければならないこと
内的な欲求:主人公の心の問題
『五等分の花嫁』であれば以下のようになる。
外的な目的:家庭教師(中野五姉妹を卒業させること)
内的な欲求:孤独な男が誰かから必要とされること
主人公のフータローは、家庭教師のアルバイト(外的な目的)を通じて、誰かから必要とされる人間へと成長していく(内的な欲求)。読者はフータローのことがよくわかっており、面白さが伝わる。以上。
商業作家の僕からするとこの「外的な目的」と「内的な欲求」でジャンプ漫画からラノベ、ハリウッド超大作まで語れるすばらしい解析ツールなのだが、〝プロではない人〟からするとわかりにくい用語かもしれない。
そこで今回は『五等分の花嫁』を例にとって、「外的な目的」「内的な欲求」を掘り下げていく。前者を「目標(ゴール)」と「動機(モチベーション)」に区分けし、後者を「弱点」と「欠陥」に区別する。
こうして穴埋め式にそれらの要素を埋めていくことで、作者が伝えるべき主人公の創出を安易にし、最初から面白さが伝わるようになってもらいたいと考えている。
今回、下記の書籍を参照しながら『五等分の花嫁』を構造解析していく。購入の価値のある書籍だと思うが……本書は電話帳以上に分厚い。広辞苑ぐらいある。
弱点と欠陥
主人公は「弱点」のせいで人生を台無しにしている。彼・彼女は変わる必要を感じているが、「弱点」ゆえにそれを拒んでいる(嘘を信じ込んでいる)。言い換えれば、冒頭(A地点)で主人公は欠けている。クライマックス(Z地点)で満たす必要のあるものを「欠陥」という。
A地点からZ地点へ至る過程で主人公がどのように変化するか。
それを語ることの重要性は、ジャンプ編集部も説いている。
このとき、「弱点」や「欠陥」は必ず一文で表現されなければならない(特に「欠陥」は「~しなければならない」と表現)。なぜ箇条書きではなく〝一文〟なのか?
ルー・タイスの『アフォメーション』という本に出てくる概念で、臨場感のあるイメージを想起させるためには、一文である必要が述べられる。一文で表現することは苦痛を伴うだろう。箇条書きで走り書いたほうがラクだからだ。
だが、これから文字を書いて人様に読んでいただこうというときに、ラクをしたいだろうか? 僕は読んでいただくためには努力を惜しまない。
感情を伴うイメージを想起するために、「弱点」や「欠陥」は一文で表現しよう。
多くのストーリーにおいてクライマックスは「自己発見(真実に気づく)」であるといえる。Z地点で主人公は〝気づく〟のであるから、物語開始地点で主人公は自身の「欠陥」に気づいていない。主人公が「欠陥」(変わらなければならない欠けた部分)に気づいていないことを読み手に伝える方法は、以下の通りだ。
物語冒頭、主人公は何らかの形で他人を傷つける言動を行う。最終的に主人公は「欠陥」を克服し、他人に対して適切に行動する(道徳的に振る舞う)ことを学ぶ。
他人を傷つける行動は、「save the catの法則」(※1)から逸脱してしまう。そうなると読み手は主人公に感情移入し、共感することが難しくなってしまう。よって、「弱点」や「欠陥」を抱え、他人に問題のある行動を行う主人公には「困窮状態」がセットで描かれることになる。
※1 観客の感情移入を促したければ、猫や子どもを主人公に救わせる展開を描けというお約束表現。異世界転生前には誰かをかばって交通事故に遭うし、特撮ヒーローは大抵、第一話で子どもや動物を救う。
物語の冒頭、主人公は「困窮状態」に直面している。お金がない、友達がいなくて孤独、生命の危機、空腹。「キャラクター・ウェブ」の項でも後述するが、他者との比較によって「困窮状態」を際立たせることもある。主人公はこの「困窮状態」を認識しているものの、どうすればそれを解決できるのかを知らない。
『五等分の花嫁』
上杉風太郎(フータロー)
■弱点:フータローは他人と関わることが苦手だ。
■欠陥:フータローは頭の回転が速いが故に周囲をバカにしがちで孤立しており、その傲慢さを克服し、誰かから必要とされる人間にならなければならない。
■困窮状態:フータローは金欠状態にある。実入りのいいアルバイト(家庭教師)を紹介された彼は、相場の五倍という報酬に飛びつく。
もう一作品、『弱キャラ友崎くん』と比較してみるとより深く理解できるかも知れない。
『弱キャラ友崎くん』
友崎文也
■弱点:友崎は陰キャで、コミュニケーション能力が著しく劣っている。
■欠陥:友崎は得意なゲームの世界に固執しており、持って生まれた才能や適正で人生を諦めてきた。彼は人との関わり方(コミュ力)を学び、人生においても努力という非効率な攻略法を学ばなければならない。
■困窮状態:友崎は容姿に恵まれず、人間関係を諦めている。彼はゲームの攻略のように人生と向き合うヒロインと出会い、自分も人生という〝クソゲー〟と向き合ってみようと決心する。
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