『オーバーロード』に学ぶWeb小説のお約束!!
はじめに
ライト文芸においては、キャラクターは「記号的に描く」ことが重要である――これまで他のnoteでも繰り返し述べてきました。
あなたは「食べたことがない料理」よりも「食べたことがある料理」の中からごはんを選択するはずです。
牛丼、ラーメン、ピザ、ハンバーガー、カレー……。
どれもテンプレート(お約束・定番)に則って、各店舗や家庭のカスタマイズがあり、それが「オリジナリティ」になっています。
しかし、こと小説、特にWeb小説(新文芸)になると、「芸術とは自由なもので同じ作品ばかりでつまらないじゃないか」と言われたりもします。
それだったら、「どこも牛丼屋は同じ牛丼を売っている!」「カレー屋はどこも一緒だ!」「ラーメンはどこも家系じゃないか!」と文句言っているのと変わらないでしょう。
飲食もライト文芸も、顧客第一主義です。
読み手に喜んでもらうことに最適化したWeb小説のお約束を学んでいければと思います。
ということで、今回は『オーバーロード』(丸山くがね先生)の構造解析取り上げます。
Web小説のお約束とは?
現代人は忙しい。
ニートですら「時間がない」と言っている昨今(皮肉ではなく)。
そんな忙しい現代人は、「活字を読む時間」を意識的に作らねば小説に向き合うことはありません。
では、そうやって「時間を作って」読んだ作品が面白くなかったらどうでしょうか……?
「時間を返せ!」
……と思うのではないでしょうか?
Web小説のお約束、いわゆる「テンプレ」はそんな「忙しい読者」に「面白さを最短ルートで伝える攻略法」です。
「ラーメン」「牛丼」「カレー」といった看板でだいたい味の予想がつくのと一緒です。
「テンプレ」によって読み手に「こんな話」ということを伝えることができます。
以下にあげるのはその一部ですが、『オーバーロード』にはきちんとそれが組み込まれています。
□ゲーム題材
□異世界転生
□魔王・異形(最強無敵)
□領地経営(優秀な部下)
□承認の嵐
□パワー抑制と道徳的決断(能力開放の瞬間)
この他にもWeb小説(主に『小説家になろう』投稿小説)のお約束は存在しますが、今回は上記の各要素を分析していきます。
▼ゲーム題材(没入型ゲーム)
ラノベの代名詞にもなっている『ソードアート・オンライン』をはじめ、アニメ・まんが的なパッケージビジネスとしてのライト文芸において、「ゲーム」という題材は読み手にとって「興味を惹かれる」題材です。
また、00年代以降のライト文芸がゲーム的物語構造を取り入れてきたことは(ループ構造、セカイ系)、東浩紀さんをはじめ多くの言論人が指摘するところです。
〈ゲームのプレイのように何度も死んで経験値を積んでいく〉
〈ギャルゲーのようにヒロインとのおしゃべりが中心〉
そもそも、ライトノベルが「TRPG(テーブルトークRPG)」と関わりが深いことは以前のnoteでも述べました。『ロードス島戦記』は「TRPG」のリプレイ(誌上プレイ実況のようなもの)を小説にしたものです。
このような歴史的な背景からも、ライト文芸に「ゲーム」的な要素・題材が持ち込まれることは当然であり、「最近ゲームの小説ばっかだよね」という指摘は見当違いであることがわかります。
『オーバーロード』では、DMMO-RPGと呼ばれる架空の没入型のゲーム『YGDRASIL(ユグドラシル)』を題材にしています。
ゲーム世界にいるはずなのに……いつの間にか異世界転生していた、というパターンです。
「魔王」や「ゲーム題材」、「異世界転生」などの共通項の多いのが上記作品です。
しかし、Web小説のテンプレート「ゲーム題材」でありながら、『オーバーロード』にはしっかりと「オリジナリティ」が存在します。
『ソードアート・オンライン』の構造解析noteでも述べていますが、作品を書き上げるには、「最後まで熱意を持って書き上げることができる題材探し」が必要になってきます。
すなわち、「作家にとって好きで好きでしかたがないこと」です。
丸山くがね先生は、「TRPGの仲間が集まらず寂しい想いをした経験」を元に『オーバーロード』を執筆されています。
TRPGは丸山の心の支えであり、長い付き合いをしてきた趣味です。
……と丸山先生も『小説家になろう』で書かれています。
※上記の引用リンクがうまく貼れず、抜粋という形になってしまいましたが……。
丸山先生が心の底から愛してやまない題材を小説にしていることがわかります。
『オーバーロード』は冒頭部分、かつてのゲームプレイ仲間が去っていき、寂しい想いをしている主人公モモンガ(アインズ・ウール・ゴウン)の視点で描かれます。
ゲーム愛がひしひしと伝わってくるし、故にその孤独な主人公に読み手が感情移入します。
「好きで好きでたまらないこと」は読み手に伝わるのです。
もっと言えば、
Web小説の「テンプレ」という型に、あなたの「愛」を載せると、うまく伝わる。
ぜひWeb小説の「テンプレ」を勉強しましょう!
▼異世界転生
『オーバーロード』や『異世界魔王と召喚少女の奴隷魔術』には共通項があります。
ゲームプレイ中に異世界に「いつの間にか」転生している点です。
このような物語の入り口によって、「ゲームではこうだが、この世界ではどうなっている……?」という「力試し」が可能です。
「力試し」をしながら、「ふむ、どうやら自分の強さはこれぐらいらしい」と確認していく作業です。
※詳しくは「パワー抑制」の項で解説していきます。
異世界モノでムズカシイのが、「世界観」の紹介です。
設定をそのまま地の文で語ってしまっては、それは小説ではなくwiki になってしまいます。
ところが「世界観」の紹介を、「力試し」をしながら探求していく=読み手にキャラクターの行動を通じて紹介することが可能になっています。
また、異世界転生モノでは、転生先の住人が「バカすぎる」ことが多い。
〈こちらのnoteでも頭の悪い・良い表現に言及しています〉
しかし、『オーバーロード』ではそんなことはありません。
アインズよりもパワーに劣るものの、魔法技術に優れている者、戦士スキルに優れる者、あるいは知略に優れる者による裏切り、頭脳戦など。
転生した主人公よりも優れた者がたくさん出てきます。
そしてアインズはそういった「自分より優れた者」から、「勉強になる」と学ぼうとします。
そう――『オーバーロード』の主人公はとても謙虚で勤勉なのです。
また『転生したらスライムだった件』などでもリムルは研究熱心で勉強家です。
ただ異世界に転生して周囲から誉められまくって、ハーレムを形成するだけではなく、主人公は異世界で文字通り「勉強」するのです。
Web小説は、更新頻度が重要になってきます。
僕は勤勉な書き手の姿勢が、本編の主人公の生き方にも影響を与えていると思います。
そもそも働きながらWeb小説を少しずつ書き溜めていって更新している作家ほど勤勉な人種はいないはずです。
「異世界転生モノ」は何も考えず「ラク」をできるから描くのではありません。
むしろ、異世界のルールを知ろうと努力する主人公の「勤勉さ」を通じて、感情移入してもらうために描かれていることがわかります。
また、『転スラ』や『オーバーロード』では主人公は中学生・高校生ではなく、「社会人」です。
一般の会社勤めをしていた「社会人」が、社会に揉まれて身につけた「社会人スキル」を異世界転生先で応用します。
大人のキャラクターとの交渉(1巻村長や戦士長との会話)、パーティーメンバーとの関係性や情報を引き出す会話術(2巻の漆黒の剣メンバーとの会話)など。
「社会人」として学んだことがムダになっていない。
この描写はとても重要で、「中学生・高校生のころのコミュ能力に問題のあった自分だったら無理だったけど、一応、社会で揉まれたので最低限の会話はできる」、これが大人の読み手にはとても「わかる」。
「共感」を呼ぶ部分です。
まるで自分のことのようにアインズのエピソードに感情移入しているうちに、『オーバーロード』の世界に(活字の世界に)、没入し、自分が転生したかのような感覚すら覚えるはずです。
社会人経験がない人でも、人間観察をしてみてください。
お昼のオフィスビル前には、「疲れた大人」たちがわずか60分に満たないランチタイムの憩いを求めて、様々な人間模様を描いています。
そういった「疲れた大人」がもし自分の小説を読んで、スカッと爽快感を味わってもらうには、どうしたらいいのか?
それが、Web小説の「テンプレ」の意義でもあります。
ただ、僕は創作教室で、中学生や高校生の方で『転スラ』や『オーバーロード』が好きな方をたくさん見てきました。
社会の荒波に揉まれているのは「大人」のみならず。
「学生」であっても、主人公が経験してきた「心の傷」は「共感」を呼ぶのです。
「異世界転生」の「オリジナリティ」はあなたの人生経験が左右するといっても過言ではありません。
もはや異世界に転生していない職種を探すのが大変なくらい、ジャンルとしては飽和しています。
しかし、あなたという存在は、この世界に「一人」しかいない。
あなたの経験は読み手の共感を呼び、オリジナリティにもなる。
ぜひあなたの小説の主人公には、「共感」できる「心の傷」を設定してあげてください。
▼魔王・異形(最強無敵)
本来、ファンタジー系作品において「魔王」は倒すべき敵として登場します。
しかし、Web小説においてはこの「魔王」側のキャラクターが主人公であることが多い。
つまり、ダークヒーローですね。
〈最近アニメ化した上記作品も「魔王」属性ですね〉
魔王・異形属性のアインズ・ウール・ゴウンは、センシティブな読み手の感情移入を促しますね。
あえてセンシティブ、という書き方をしましたが……要するに中二病ってやつです!
特に『オーバーロード』においては、アインズ・ウール・ゴウンという主人公が「魔王」という異形の姿、モンスターに近い(スケルトン)、という点が感情移入を促します。
2巻では人間の顔も魔法で再現しますが、容姿に関してはアインズはかなりコンプレックスを抱えています。
〈小説で機械の体に傾倒する主人公を描いた作品〉
そんな容姿にコンプレックスを抱える者が、人間の肉体を捨て、超人的なスーパーパワーを手に入れる――そんな願望をセンシティブな読み手であれば誰しも抱いたことがあるはずです。
そして――人間の体を捨てる、ということは愛欲を捨てるということです。
アインズは配下の女性キャラクターから「愛され」ますが、スケルトン、しなわち骨の体では体温すらありません。
愛欲を捨てたストイックなアインズというキャラクターは、とても「かっこよく」見えます。
それは容姿にコンプレックスを抱え、世界を恨み、アウトサイダー(異形)に感情移入してしまう、センシティブな感性の読み手の「心」に訴え書けるからです。
また、「最強無敵」の「魔王」でありながら、アインズはその心根はごくごく普通の一般人です。
アインズは「魔王」の振る舞いを演じているのです。
『異世界魔王と召喚少女の奴隷魔術』でもごく普通の一般人が「魔王」のロールプレイをしています。
先ほども取り上げたように、丸山先はTRPGに情景を持っておられます。TRPGのキャラクターを演じる楽しさ、という要素が『オーバーロード』には溢れています。
そして、そんな「魔王」のロールプレイを通じて、彼が胸の内で重ねる懊悩・苦悩は読み手には共有されますが、配下の者や大墳墓外のキャラクターにはアインズの内面は「わかりません」。
読み手だけが主人公の悩みを「知っている」状態を情報格差と呼んでいます。
この情報格差によって、読み手はさらに主人公を「応援」したくなるはずです。
キャラクターがどんなことに悩み、どんなことをやろうとしているのかがよく分かっている状態だからです。
容姿へのコンプレックスの発露としての魔王・異形というモチーフ。
そして魔王を演じるロールプレイ要素による、情報格差。
このテンプレートによって、読み手がさらに『オーバーロード』に感情移入し、夢中になることがわかりますね。
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