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マロン内藤のルーザー伝説(その8 マロンメジャーデビュー)

ター坊との馴れ初めから試練の日々を書き綴ってきたわけであるが、ここでやや視点を変え、わたくしマロンがメジャーデビューを果たした事案について紹介したい。

仲の良い仲間達と日夜自家発電的研鑽を積んでいたアマチュアバンドのWebサイトを作り、今から思えば相当程度活発に情報発信を行っていた頃の逸話である。私自身は日本のマッカートニーになるべく精進の日々を送っていたのであるが、バンドにおいても何故か私は稀代の負け犬という扱いであった。

バンド活動とWebでの情報発信に脂が乗ってきたある日、期せずして日経トレンディーの担当記者さんから電撃取材の申し込みを受けたのである。日経トレンディーといえば、SPAやヤングジャンプとならぶヤングサラリーマン御用達の雑誌であり、ポパイやホットドッグプレスを卒業した、時代の先端を常に追いかけるトレンディーなビジネスパーソンが「俺ってトレンディー」といわんばかりに颯爽と小脇に抱え満員電車に乗り込む光景を思い出すのである。日経トレンディーとMONOマガジンを読んでいれば時代がわかる、当時そんな幻想を抱いていた諸氏も多かったのではないだろうか。

しかしなんで日経トレンディーなの?と思われる読者の方も多いであろう。私自身なんで?と思い、記者さんに取材の趣旨を伺ったところ、2003年に発売されるや大ベストセラーとなった酒井順子女史の名作「負け犬の遠吠え」にちなんだ企画に是非ご登場願いたい、という願ってもないオファーであった。担当記者さんの鋭い嗅覚に畏敬の念を抱いたことを今でも覚えている。

二つ返事で快諾した私は早速現場取材を受けることになった。まずはバンド活動の取材ということで、わざわざバンドメンバーにお願いし、レンタルスタジオで演奏する様を写真に納めてもらい、その後喫茶店にて取材に応じたのである。これで長年の下積み生活から一躍メジャーデビューできる!と小躍りしたことは言うまでもない。ビートルズだって、リバプールのキャバーンクラブ、ハンブルグのカイザーケラーでの下積みがあったからこそ、その後の米国デビュー、そして世界制覇につながったわけであり、いつの時代も見てくれている人というのはいるものである。

さて、一連の取材が終わり、程なく原稿ゲラが自宅のFAXに送られてきた。そのゲラを読み始めた私は、当初自分が勝手に想定していた「負け犬ライフを満喫している楽しい人々」というオチャらけた企画とはやや趣が異なることに気がついた。そこに描かれているのは、「本人たちは気づいていないが、世間から見ればあなたたちは負け犬であり、もっとほかにやるべきことがあるのでは?」といった論調だったのである。

続く・・・


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