15年ぶりの大師匠のレッスンでこてんぱんにされた話(後編)
15年ぶりの大師匠のレッスンでコテンパンにされたレッスン日記 兼 メモの後編です。
前編はこちら。
※ここに書いてある内容は「必ずこうすべき!」というものではなく、あくまでも大師匠視点での、私に合わせた教え方、弾き方のメモ書きです。
モーツァルトでアナリーゼ
前編では、スラーは弦楽器のボーイング・スラーがついていない音は "non legato" ・ペダルはポイントでちゃんと使うがポイントでした。
後編はアナリーゼ(楽曲分析)。もっと専門的な話になります。
調の移り変わりをしっかり表現せよ!
苦手意識がある人も多い和声や音楽理論。これが少しでも分かっているだけで、全然違う。
分かりやすいのは、長調か短調かの違い。ざっくりイメージをあげると
などなど、同じ長調や短調でも#系か♭系かでも違うし、24調それぞれに表情があります。
モーツァルトは音数が少ないシンプルな音楽のなかで、コロコロと表情が変わるので、曲がどう移調や転調をしているか+表情がどう変わるかをしっかり把握することが大事だそう。
冒頭では明るい長調、中間部では悲しげな短調、展開部では楽しげな長調、最後は冒頭の長調に戻る。という具合。
それぞれ「明るさ」「悲しさ」「楽しさ」を音に出さないと、棒読みしているみたいな演奏になるよね…
同じ構成の和音でも調が違えば響きが違う!
和音は楽曲を構成するなかで土台になる要素。
和声学上、和音には大きく分けて、安定(Tonic)・不安定(Dominant)・サポート(Sub Dominant)の3つの機能があります。
(正直、Sub Dominantは装飾というべきか…?というふわっとした感じ)
この3つの要素を組み合わせた和音の流れをカデンツと呼んで、このカデンツがいくつも繋がって曲ができています。
今回のレッスンで話題になったのは減7(げんしち)の和音。
「衝撃音」と言われることが多く、機能はもちろん不安定。
だけど、同じ減七でも、調が違えばもちろん音が違うので響きも違う。
①長調の主題
②短調になって衝撃音!
③さらに移調した短調での衝撃音!
④長調の第2主題
という流れなら、②と③のメロディーや和音が同じでも、②と③の音色を変えて、④の安定に向かう表現をしなければならない。
なので、衝撃音も②は鋭い音、③は②よりも音を緩和させるべき。
前後関係をしっかり見て弾き方を作らないと、曲のつながりが失われます。とのこと。
音楽の3要素の何がどこで主役になるか見極めろ!
音楽の3要素はメロディー・リズム・ハーモニー。
それぞれの場面で、何が主役なのかを見極めて演奏しないとダメ!と大師匠。
今弾いているモーツァルトのピアノソナタ12番の1楽章だったら
テーマはメロディー。
第2主題の中間部はリズムとハーモニー。
特にハーモニーが主役なら、和音の変化を音で表現しないといけない。
「楽譜にそこまで書けってのは無理な話よ。だからって淡々と弾いてたら無神経だよねぇ〜?(ニヤニヤ)」
「フーテンの寅さんのバナナのたたき売りみたいな弾き方するな!」
だそうです。
はいはい、失礼しました。江戸っ子気質は演奏でも抜けないんです。(黙れ)
どうしてもメロディーに意識が行きがちだけど、和音の構成も見て、深読みをすることが大事。
それができていなかったゆえ、言われたことに「あーー!」「ほぉーーー」「へぇーーー」としか反応できず。
「ちゃんと深読みしないと、おバカちゃんになっちゃうよ」
と大師匠に言われ、ぐうの音も出ない。
「楽譜に書いていないことを和音から読み取って音色を作る。」ということをしないと、ただ単調な演奏になってしまうわけですね。
特別な和音は特別なお洋服を着ているのと一緒!
和音にもいろいろあって、そのなかでも注目すべきは特別な和音。
特別さにも、7の和音、2の和音、借用和音、ナポリの和音、ドリアの和音…などなど種類がたくさん。
設定された調の和音を使って楽曲は構成されていますが、特別な和音を使うことで、感情や風景がより鮮明になるのです。
前段であげた、減7の和音がそのひとつ。
ここで大師匠の名言。
「結婚式とかでカジュアルな格好しないでしょ?特別な洋服を着るでしょう?和音はお洋服と一緒なの」
特別な装いをする=音色を変えるのが必須。
なので、特別な和音が出てきたらメロディーも変わるので「見て!おしゃれしてるでしょ!」「今、私とっても悲しいの…」という音を出さないとダメ。
メロディーだけで判断して表現するより、和声感を身に着けておくと、より色彩感豊かな音を出せるってこと。
番外編:モーツァルトはちゃんとやると時間がかかる
実はレッスン中に大師匠と言い合いに。
大師匠「相変わらずバカなんだから…モーツァルトはこういうところが大事でしょうよ!」
私「高校の頃、モーツァルトやらせてくれなかったじゃないですか!今回初めてマトモにモーツァルトやるんですもん!」
大師匠「やりたがらなかったでしょうよ!」
先生に都合が良いように記憶を改ざんされている。
むしろ、モーツァルトやりたいと言ったのを却下して、ベートーヴェン、リスト、ラヴェルを渡したのは、あなたです。
私「やりたいって言ったのに!やらせてくれなかったじゃない!変態同士で相性が悪いって!私覚えてますからね」
大師匠「おバカちゃんとは相性が悪いの!今日みたいなこと時間がかかってやってられないでしょ!」
高校の頃は定期試験やコンクールに間に合わせる必要があったから、アナリーゼしながらレッスンする時間なんてなかった。
さらに、当時の私はすぐに「なんでですか?」と聞く、なぜなぜ少女のおバカちゃん…そりゃ時間もかかる。
ぐうの音も出ない。(2回目)
リストで省エネを学ぶ
お次は翌日の本番に備えて、死の舞踏へ。
大師匠は「やなぎちゃんのそのちっちゃい手で弾けるの…?体力持つか…?」とニヤニヤ。
弾き始めて8小節で止められる
ニヤつく大師匠を横目に深呼吸をして、1音目。
いい音出せた!
うふふ、私、こんな音も出せるようになったんですよ〜。
大師匠「ちょっと待てーーーー!!!!!」
私「キャーーーーー!」
大声で止められて、びっくりして悲鳴をあげてしまった。
で、このたった8小節で3つも指摘が入る。泣きそう。
①トレモロがうるさい。まるでつむじ風。
②次回弾くときは、指使いを変えて楽に弾けるように。明日はやるな。
③多い音数で最大限に弱く弾くために、16分音符を拍数分入れない。
ここはちゃんと裏技を教えてもらってきた。次はいつ弾くかわからないけど。
いちばんの強さが出てくるまでは体力温存!
その後は止められることはなかったものの、弾き終わったあとの大師匠の第一声が「本番で体力持つのかぁ!?」。
昔から「手も身体も小さくて体力がない」のが、私の最大の弱点。
省エネはこの曲を弾くうえで、私にとって最重要と言っても過言ではない。
リストが編曲した死の舞踏は、全部で21ページ。その大半が、f!ff!fff!とフォルテだらけ。
オクターブの連打やピアノの隅から隅まで鍵盤を使うアルペジオ、音があちこちに飛ぶ跳躍など、リストの代名詞である超絶技巧も盛りだくさん。
全身を使って弾くので、1回通して弾くだけでも汗が出る。
そこで大師匠の明日からすぐできる、演奏アドバイス。
この曲の最大はfffなんだから、そこでフルパワーを出せばいい。それ以外はパワーを使わないこと。
最初のfは腕の重さが乗ればちゃんと響くから、mfくらいで十分。
ffはまだ少し余裕があるくらいのパワーで。
体力温存しつつ、弱い音に注目せよ!
体力を温存して、クライマックスでフルパワーを使ったところで、体格が良い人や体力がある人には到底敵わない。
では、比較的華奢で体力がない私が演奏でどう戦うか?いかに聴いている人に「音デカぁ!!」と思わせられるか?
そこで意識すべきはppやpの音が小さいところ。ここをいかに神経を使って小さく出すか。
全身を使って楽器をしっかり鳴らして強い音を出すことも大事だけど、ハンデがあるなら、最大限に音を小さくして、差を大きくすればいい。この発想の転換、とっても大事。
番外編:弾いている間も大声で指示が飛ぶ
その後は止められないものの、弾いている最中も
「(息を)吸って!!!!!」
「なんでそこで間違えるんだよ!!」
「タンターーン♪タンターーン♪タンターーン♪」
「消えてーーー!シーーーーーーッ!」
「そこからクライマックス!!!!!」
「頑張れ!!頑張れーーーー!!」
「夜が明けまーす。夜明けでーす。」
「トランペットみたいな音出すなよ!弦楽器の音!!そう!その音!」
と、大師匠の指示?ヤジ?応援?が大声でガンガン飛んでくる。
隣で歌い始めたり、立ち上がって指揮っぽいことをしだしたり、もはや楽しそうですらある。
そうだ、この人のレッスンはいつもこうだった。
耳を傾けながら、ときには目を傾けながら弾いて、横からガンガン飛んでくる言葉にどれだけ瞬時に反応するかが勝負。
少し黙って聴いていて欲しいと思うこともあるけどね…
15年ぶりの大師匠のレッスンは音楽の楽しさを再認識できた
あれこれ詰め込まれてコテンパンにされて、ぎゃーぎゃー言い合いをして、15年ぶりの2時間盛りだくさんのレッスンが終わり。
てっきり「じゃぁまた何かあったらおいで」くらいかと思いきや、
「定期的にとは言わないけど、またちょこちょこ来なさいよ」
と言われてしまった。嬉しいことですね。
帰ってきてから、和声をちゃんと勉強し直そうと思い、高校時代の教科書を引っ張り出して、iPadに手書きでノートを書いて、毎日数時間ずつ勉強をしている。
ついでに弾いている楽譜をスキャンして、iPadで和声や調性を判定するなど、楽曲分析を始めた。
おかげで、練習時間の半分以上が楽譜や教科書とにらめっこする時間に変わったわりに、前よりも弾ける気がする。
レッスンでも良く弾けていると褒められた。
さらに音楽史が大好きになったきっかけは、大師匠のレッスンだと気づいた。
大師匠は隣のピアノで楽譜も見ずにポンポンいろんな曲を弾きながら時代背景を絡めてレッスンをしてくれる。
「モーツァルトはこの曲でもこの和音を使っているんだよ」
「ハイドンは職人気質だけど、非常にいたずら好きでね。この曲だとここで急にこんな音が出てくるんだよ〜」
「ショパンはモーツァルトのソナタに比べたら自分の曲は落書きみたいなもんだってよ!」
などなど、あたかもお友達の話をするように作曲家の逸話をたくさん話してくれる。高校時代はそんな話でレッスンはほぼ弾かずに終わることもあった。
音楽史ももう一度勉強してみようと思って、教科書を読んでいる。
レッスンの課題曲を「ツェルニーだったら」「リストだったら」「ベートーヴェンなら」とアレンジして弾いてくれることもあるので、時代ごとの様式も分かりやすい。
そして何よりも、大師匠が弾くピアノが大好き。
大師匠の音は、15年経った今も衰えず、キレイでカラフルで温かい。ときには重厚で心臓に響くような音だって出す。
帰りの新幹線でメールしたら「久しぶりに会えて楽しかったです。また会えるのを楽しみにしています」と返事が来た。
大師匠もパワフルで元気とはいえ、もう高齢。できるだけ長く、できるだけ多く、おバカちゃんな私のレッスンをしてほしい。
そしていつか私も、豪快に笑いながら、カラフルな音を出すおばあちゃんになりたい。
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