見た目で評価される世の中はいつ終わるのか
冒頭からいきなり何を言い出すんだ、といったところですが、私はそこそこ顔がいい方だ。
10代の頃から街を歩くと必ず芸能界から夜の街まで何かしらのスカウトをされたり、ナンパも日常茶飯事だった。(今は年齢的に減っているけど)
写真をSNSにあげれば、絶対に誰かがキレイ、可愛いと言ってくれる。
親に感謝すべき顔面だと思っているし、たまにできるニキビと最近目立ち始めた毛穴が気になる以外、私は自分の顔が大好きだ。
とはいえ、この顔のせいで苦労すること、求められることがあまりにも多く、悩まされることもしばしばなのです…
「パートナー」がいる前提のクソくらえな定番質問
いわゆる、顔がいいと言われる人は必ずといっていいほど経験しているだろう、この定番質問。
いないと答えようもんなら、
と決めつけられたまま話が広がっていくし、いたと答えたとしても、
と、話が広がっていく。
最後の「早く帰らなきゃ〜」に至っては、実際に合コンでもなんでもない、ただの飲み会で言われて頭にきたので、本当に途中で帰ったことがある。
今ではニコニコしながら軽く流せるようになったものの、今でも心の中の私は白目をむきながら苦虫を数百匹噛み潰したような顔をしているし、どう答たらすんなりこの話題が終わるのかわからない。
特に夜職をしていた時はなおのこと、この類の会話は必ず出てくる。
何度か通ってくださっていた方でも
と、ことあるごとに「男」「おとこ」「オトコ」「漢」…
まず、女性の趣味嗜好が変わるのは殿方の影響だという潜入概念が甚だ遺憾だ。
こちとら気分でやっていることなんだ。放っておいてくれ。
毎日、幾度となくあれこれ言われ続けて嫌気がさしたある日、10代の若気の至りで「彼氏絶対いるでしょ〜?」と言う初対面のお客様に向かって
「その定番質問、どんな答えを求めてるんですか?こっちはいないって答えること分かってるのに。そんなことより、お互い楽しく飲みませんか?(ニッコリ)」
と悪態をついたくらいにはこの類の話題が大嫌いだ。
(その後、当たり前だけど店長からめちゃくちゃ怒られた。)
常にニコニコしていないとツッコまれる謎
これは私だけかもしれないが、常にニコニコして仕事をしているイメージがあるらしい。
実際はそうでもないのだが、なぜかそんなイメージがついている。
よく、いつもニコニコして楽しそうに仕事をしているね!と面談などで言われたりして「???」と思いながらも、元夜職のサービス精神が顔を出して「はいっ☆」と答えてしまうあたりが余計にそのイメージを助長しているのかもしれない。
まだコロナ前のある日、作業に没頭して真面目〜な顔してたら
なんて言われたことが何度かあった。
作業中もニコニコしていないといかんのかい!勘弁してくれ!
比較的に淡々とプロジェクトを進めたいタイプなこともあり、お客様先の会議でも淡々とサクサクと会議を進めていたら、
と営業さんから言われたことも。
そりゃニコニコしてたら印象良いだろうけど、真面目な話してるんだから真面目な表情にもなるわよ。
会議室はキャバクラじゃないんだから…と呆れることもたまにある。
なんでも顔ありきにされる謎
自分で努力して得た何かや、家族が何かしてくれたことですら、美人は得だのなんだのと、顔ありきにされることもある。
商談が成功すれば「やっぱり顔がいいとお客さんも納得する」
ミスをすれば「あいつがいいのは顔だけだ」
相手にキツいことを言えば「顔がいいから調子乗ってる」
同僚や上司と仲が良ければ「顔がいいから可愛がられる」
全く顔は関係ないし、自分が努力をしてやった・うっかりしてやらかしたことなのに、顔の話になりがち。
そして相手方にもその矛先が向く。
「可愛い(かっこいい)からって◯◯さんも鼻の下伸ばして甘やかしてさ〜」
「やっぱり△△さんもあの子には優しいしね、美人(イケメン)だと得だよね」
そういう発言を耳にするたびに本当に「どうしようもない発想だな」と心の中では白い目どころか白目で静観している私がいる。
母からプレゼントしてもらったものですら、殿方からのプレゼントだと思い込まれて話しかけられたときは、それはもうぶっ倒れそうになった。
なぜか完璧であると思われる or 完璧を求められる
これはあくまでも私の経験上での話だが、世の中、顔がいい人は何かにおいて、高レベルなことを求められる傾向にあるような気がしてならない。
以前お付き合いしていた相手に、仕事があまりにも辛くて毎日のように愚痴をこぼしていた時期に、こんなことを言われた。
なるほど、この人は私のキラキラして見える表面の姿だけが好きなのか。
そりゃ愚痴っぽくなってて申し訳ないなと思いつつも、少しくらい受け止めてくれたり、甘えさせてくれてもいいんじゃないか。
そのあなたの好きな姿の内側にある悩みや辛さは、蓋をしたいほどの激臭なのか。
思考が歪んでいるのかもしれないが、咄嗟にそう思ってしまった。
確かに人の愚痴や悪口は聞いていて気持ちのいいものじゃない。
だけどつい口を開けば出てしまう精神レベルのときだってあるし、みんなそういうことは何度かあるだろう。
知り合いのとあるイケメンは、ちょっと不満を漏らしたら
と言われたこともあるらしい。
そんなに容姿が良い人は常に完璧でネガティブ要素を持ってはいけないのだろうか。
いつになったらこんな世の中が変わるのか
芸能人でもよくある話だが、ミスやスキャンダルは許されない。
弱音を吐いても「頑張れ!」で片付けられてしまったり、炎上したりする。
ときには「可愛いから大丈夫!」と意味不明な応援をいただくこともある。
愚痴や悪口なんて言おうものなら叱咤され、悩みは時に贅沢だとすら言われる。
負の感情が爆発すると「性格悪い」「ネガティブ」「メンヘラ」とレッテルが貼られる。
一体こんな変な文化はどうやって出来上がってきたのだろう…と思うこともある。
美人、可愛い、カッコいい、などと言われたことがある人たちはきっと同じようなことを同じようなシチュエーションで言われているのだろう。
(単純に私に対人運がなかっただけなのかもしれないが)
とはいえ、喜怒哀楽を持ち合わせている人間なわけで、泣いたり落ち込んだり怒ったり…と負の感情を抱くことだって当然ある。
できることなら負の感情を持たずに、常に涼しい顔をしていたいのは人間みんな同じではなかろうか。
こんなにもルッキズムの格好の餌食にされていたら、そりゃ美人薄命という言葉もできるわけですわ。
とはいえ、自分の顔に自信がない人やコンプレックスがある人も同じなのだろう。
「あの顔だから仕方ない」
「仕事ができなさそうな顔」
「犯罪やりそうな顔」
とかいうフレーズを聞くこともしばしば。
ビジュアルが結果を引き起こしているわけではないって、みんな頭のどこかできっと分かっているはずなのに、そういう言葉が出てきてしまうのはなぜだろう。
「美しい」「可愛い」「カッコイイ」とかの基準はあって良いと思うけど、それが正義として扱われたり、そこで人に求めるものが変わったり、人の価値や人格を決めつけるようなルッキズムが世の中から撲滅されてくれたら良いと願うばかりだ。
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