臆病な女子にライセンスを! 第16話 カタルシス
三人の女子大生と、Tインストラクターが指導する複数教習が始まった
スタートはトラブルでバタバタしたけれど
Tさんの負担を少しでも軽くしてあげたくて、1番目の運転は私が名乗り出ちゃった
Tさんの様子は普段よりも少し硬いけれど、教習は順調に進んでる
私は努めて冷静に、いつもの通り安全運転を心がけるよ
(藤原)「いつもの順路で行けばいいですか?」
(T)「そうですね、いつもの順路で行きましょう」
ルームミラー越しに、教習車をぶつけた矢倉が目を合わせてくる
いつもよりも明るい表情で目を合わせると、矢倉さんは済まなさそうな目をしている
(藤原)「矢倉さんと佐藤さんと私は、同じ女子大学なんですよ」
(T)「ああ…そうだったんですね」
(藤原)「矢倉さんは、高校も同じだったんですよ」
(T)「仲良しさんですね」
(藤原)「私は放送部で、矢倉さんはバスケット部だったんです」
(矢倉)「藤原さんバラしちゃった」
(藤原)「矢倉さんはダッシュが早くて、ポイントゲッターだったんですよ」
(佐藤)「矢倉さん、今でもバスケットやってるの?」
(矢倉)「大学には部がないから、社会人のクラブに入っているよ」
(佐藤)「おお!それは初耳だったぞー」
(藤原)「私も、初耳だよー」
(矢倉)「そういう藤原さんだって、高校の時はアナウンスコンクールで優秀賞とったよね」
(藤原)「地区大会の優秀賞だから、大したことはないって」
(矢倉)「アナウンスだけじゃなくて、歌も上手いよね」
(藤原)「矢倉さん、そんなことバラしちゃったら駄目だよー」
(佐藤)「藤原さん、歌ってるときは別人だから」
(T)「みなさん、そろそろ運転交代です、次は佐藤さんですよ」
(佐藤)「はーい」
(T)「コンタクトは、つけていますか」
(矢倉)「佐藤さん、カラコンなんですよ」
(佐藤)「カラコン無いと、生きていけないでーす」
(T)「そうですか、準備はオッケーですね」
ルームミラー越しに、矢倉さんの様子を確かめてみると、顔色が良くなったみたい
運転の順番を代わってて正解だったね
それに、いつものTさんに戻ってる…
本当に良かった…
矢倉さんが起こしたトラブルの時のTさんは、ちょっと怖かった
停車可能な場所に停めて、佐藤さんと運転を交代する
佐藤さんが右手を挙げて私のほうに歩いてきた
ハイタッチ!
(佐藤)「ナイス トーク!」
(藤原)「イエス!」
何とか、雰囲気回復と運転を乗り切った
残る時間は、後部座席でみんなの運転を見守る
左側に矢倉さんが座っている
矢倉さんの視線が突き刺さる…
高校時代のこと、話しちゃダメだったかな
(矢倉)「初対面のTさんに、高校時代のこととか話しちゃ、恥ずかしいじゃない」
(藤原)「私の高校時代のことも、はじめてTさんに話しちゃったよ」
(矢倉)「ええ?ずっとTさんと教習していて、そんな事も話さなかったの?」
(藤原)「うん、訊かれなかったし」
(矢倉)「うそー!私なんかIさんに初日から訊かれたよ」
いや、訊かれるとかじゃなく、単にTさんが教習熱心で優しい人だからだよ
きれいな指に見惚れてたなんて…口が裂けても言えないよ
(T)「佐藤さん、なかなか良い運転ですね、速度が安定しているし、危ない所はきっちり速度を落として、危険を予測できてますね」
(佐藤)「そうですか!初めて運転を見てもらって、緊張してます」
(T)「そう言えば、佐藤さんは高校時代は何か部活動をしていたんですか?」
(佐藤)「まあ、器械体操を少々…」
(T)「なるほど、距離感やタイミングのつかみ方が良いわけですね」
(佐藤)「そうなんですか、自然にやってるだけですよ」
(T)「この調子で、運転してくださいね」
ちょっと、Tさん!
初対面の佐藤さんを褒め過ぎてはいませんか!
私の運転は、そこまで細かく分析してくれてないのに…
次の時間は、私のことも分析してください!
(T)「矢倉さん、佐藤さんの運転をどう感じますか?」
(矢倉)「安定感があって、乗り心地がいいです」
(T)「矢倉さん、藤原さんと佐藤さんの運転を見て、気がついたことはありますか?」
(矢倉)「ミラーの確認が少ないかなって思います」
(T)「ミラーの確認が少ない感じがするんですね、なかなか鋭い観察をしています」
(矢倉)「担当のIさんに、横断歩道の前で減速する前に、ルームミラーを見なさいって教わりました」
(T)「減速の前に、ルームミラーを確かめるのは、なかなか高度な技術ですよ」
(矢倉)「そうなんですね!」
(佐藤)「矢倉さんから良いこと教わっちゃったな」
(藤原)「さすがバスケット部、目配りが鋭いね」
矢倉さんの目がキラキラし始めた
いつもの矢倉さんが戻ってきた
トラブルのことは浄化されたみたい
これなら、次の運転は大丈夫そうだね
Tさんの優しい指導のおかげだね
やっぱり、Tさんを担当に選んで良かった!