胎水譚
詞:Sagishi 曲:とーず
[序章]
『あなた』と浜辺を見ていた……
波は幸せな穏やかさで後染(あとず)さり、
存在の影は椰子の木へ もたれかかり、
悩みは死者の暗がりに支へられて、安らいでいる。
[一章 皮膜の記憶]
「自己満足を継承したか?
事故安息の敬称略な警鐘を鳴らしていたか?」
形而上学の名刺交換を済ませ
白詰草を集めて存在の倫理を問い
灯台の灯りを失明し、概念卓上を筆がまさぐる
『去年マリエンバアトで…会いましたつけ…
ほら…ヒヤシンスの畑を駈けて…』
2人のいとこがゐて「わたし」は畳の上
『あなた』を思考してゐた
夏、湾内には風が吹いていて
岬には《非実在の都市》
空腹を満たす虚栄の生存
お弁当袋を開けて「ごめん」と瞑想
しでゆん、昼、薄い皮を剥いて卵を食べた。
《命》を食べて「わたし」が《命》になってゆく…
「突き放されて理解したこと?」
――『生まれてきて…×××なさい…』
何も感知せずに笑つてゐた過去を
静かなる執行人が顔を出して
死の勾配を下つてゐつた…
[間章]
《どうせ他人事だから
《わたしの代わりはいくらでもいる
《あなた以外 誰もいない
《現世 死ぬ前の自由に
棹を立てる
[二章 皮膚の念慮]
"あたし"のことを見てほしい
"あたし"のことを訊いてほしい
"あたし"のことを知つてほしい
だのに 星籠のなかに溢れた彗星は
水性マジックで引いた線のやうに消えやすくて
脆くて、弱くて、ひとりきりで
明けるのを待つてゐた午前三時の夜の
暮らがりのやうに、奇妙だ
あとは
不可思議な好奇心が『あなた』を不幸にさせた
生命の死生線上に生きる抑圧された性性だ
充分とは言えない見えない《未来》が重圧してきた
重量のある何かを抱えてゐる、これはなんだ
慌てることはない、これは《赤子》だ
「わたし」はそのぺたりとした《肌》を拭う……
《愛しい》稚い糸のようにか細い命か?
――まず『卵』があり、それから「びんた
を生成し、外胚葉、そして脊索が始まる、」
『わたしたちのもっとも深い場所』――
原初、思考、苦悩、感情、恋慕心、嫉妬、
全ての深さはわたしたちの外胚葉から生ずる
電気信号に過ぎない。
出涸らしの茶を飲んで軒先で幽霊と対話する
「あなたは生かされてゐる、
あまりに一方的な一方の有限の方向で」
可笑しいと思うのは最初だけで
あとは
[三章 室外の光]
夏、湾内には風が吹いていて
岬には《非実在の都市》
椰子の実が…潮の循環に永らえて、
沖より流れ着いてゐました。
《肌》に接着する気温、湿度、記憶、
皮下に押し込めていた水圧が上昇する、
種子の永劫、そして花粉の飛行。
映日果の実、通草、山査子が生垣に成り、
烏賊に棒をくくりつけ火にくべて穴に蓋し、
深草では不確かな狐の声…がしてゐた。
いとこは川に入り、『冷たいよ!
『去年マリエンバアトで…会いましたつけ…
ほら…ヒヤシンスの畑を二人で駈けて…』
浜辺の種の死霊の波となる
さふさふ さふさふ 波の皮膚のなか
揺られ 室内の鍵穴の奥から
「光が 見えた……」