逆算マーケティングで仮説力を!
先日(3月24日)日本マーケティング協会九州支部主催オンラインワークショップで「仮説力・企画力トレーニング講座」を開催した。逆算マーケティングというやり方でヒット商品を勝手に分析し、仮説力企画力を身に付けようという内容である。ここに簡単に整理してみたい。
1.マーケティングのプランニングの基本型
マーケティング計画は、➀目標設定のための環境分析⇒➁商品/サービスのSTPの設計⇒➂商品/サービスのコンセプト開発⇒④マーケティングミックス4P(あるいは7P)への展開という流れで進む。
ただ、実際に企画を考えようとしても、どこから始めたらいいのか、どこに着目するのか、何に注意するのか、見当がつかない、ということが多いのではないだろうか?
2.逆算マーケティングのすすめ
そこで、私が薦めるのが「逆算マーケティング」である。簡単に言えば、世の中のヒット商品を探してきて、勝手に「4P⇒コンセプト⇒STP⇒環境分析」と逆からたどって、提案ストーリーを妄想・想像して作ってしまうというトレーニングである。
他所の会社の中で、どんな風に企画が練られ、どんな風に会議で議論されてきたかを想像(いや妄想に近い)をするのである。このトレーニングでは、自分の仕事とは関係のない商品/サービスを選定するため、必然的にユーザー視点、消費者視点で商品を見ることになり、それが学びに非常に有効となる。自身の仕事がBtoBやサービス業で一般消費財とは関係ない場合も多いだろうが、むしろ、そういう方々にとって市場志向の発想に立つよい学びの場となると考える。(今回の講座でも、サービス業や代理店、マスコミの方々の参加が多かったが、楽しんで取り組んでいただけた、と思う)
巷のヒット商品やサービスを持ってきて、どんな所で世の中の変化を感じ仮説を作ったのか、それを具体的な商品/サービスにつなげて企画に仕上げたのかを、思考実験という形で疑似体験するエクササイズになるので、お金もかからず場所もいらないトレーニング方法である。
3.逆算マーケティングの実際(セミナーでの取組)
今回の講座で取り上げたヒット商品は、文響社の「うんこドリル」。「うんこドリル」は2017年の日経新聞ヒット商品番付で前頭に輝いた学習ドリルである。受講者には事前に一冊ずつ配布し、中身を見てもらい、時間があれば店舗やサイトで調べてもらう宿題を課した。(16冊位購入しましたので、引用お許しください!)
4.逆算のスタート(市場観察からコンセプトへ)
身近な所からヒット商品/サービスを探してくる。スーパー、コンビニ、ドラッグストアなら普段の生活の中で、無理なく題材を選べると思うし、なぜそれがヒットしたのか、消費者視点で考える事ができると思う。
逆算なので、市場観察を通してマーケティングミックス4Pをピックアップする必要があるが、そこまで無理することはない。TVCMや雑誌やHPなどで目についたらチェックする程度で十分だと思う。それらをざっくり踏まえて、まずは、コンセプトを作ることが最初の関門となる。
コンセプトについては、筆者がライオン時代に開発したフォーマットを活用した。(コンセプトに関しては、過去のnote記事「マーケティング・コンセプトとクリエイティブ・ブリーフ」参照)
実際の講座でのディスカッションの結果で、筆者の方で整理した「うんこドリル」のコンセプトが以下のようになる。
(まあ、いい線いっているかと思っているが、もし、「うんこドリル」関係者の方がおられたら、感想を聞いてみたい!)
5.コンセプトからSTPを逆算
次にコンセプトからSTPを類推する作業を行う。STPとは、セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングの略であり、マーケティングの戦略を端的に示すものとなる。
「うんこドリル」の場合は、割とコンセプトから素直にSTPを類推することができた。それが以下のようである。
言語化するとシンプルなものとなるが、ここに「うんこドリル」が成し遂げたイノベーションが隠されている。従来の学習ドリルは、勉強して知識を得るためのものであったが、「うんこドリル」は勉強したくなる面白いドリルなのである。その意味で”新ジャンル創造”、いままでのドリルとは一線を画す新商品であったことに気付く必要がある。
フレームワークの落とし穴はまさにそこにある、穴埋めゲーム的に作業してしまうと見過ごしてしまう危険性がある。すでに市場が創造された後に分析しているので、そこにあるのが当たり前の商品になっていて既に新ジャンルではなくなっているので、その意義や大変さに気付けない事が多いのである。
6.企画の本質を問う質問「我々が本当に提供しているものは何だ!」
そんな時、筆者が有効だと考えているのは、「我々が本当に提供しているものは何だ!」という問いである。ここで「我々は」はもちろん「うんこドリル」を発売している文響社になる。
これは、マーケティングの教科書に必ず載っている「お客様はドリルを買っているのではなく、穴を買っているのだ」というアレである。スターバックスに客が来るのは、コーヒーが目的ではなく”第3の場所”だからだという提供価値の事である。
「うんこドリル」の場合は、知識ではなく、”勉強するきっかけ、機会”とい うことになる。これが、どれだけイノベーティブなことか? これまで勉強嫌いな子にとってドリルは苦痛でしかなかった。それが「うんこドリル」と出会うことで、うんこうんこと言いながら夢中でドリルをやって机に向かう事が苦しくなくなり、やがて知識が増える喜びに気付く、勉強する習慣ができるのである。これが、ヒットの本質的理由ではないだろうか?
このように、戦略やコンセプトを考えることは、ヒットという事象を抽象化して捉え直すということである。この練習をこのエクササイズでは行うことが重要。そして、今度は世の中や環境の変化から次に来る兆しを捉え直して戦略やコンセプトを発明できるようになるのだ!
逆算マーケティングのエクササイズも、この具体と抽象のハシゴを行き来することで、仮説力・企画力が醸成されるのである。
7.逆算の最終コーナー(環境分析の想像)
コンセプト、STPを推理できたところで、この企画を提案する背景に迫っていく。文響社で何故、「うんこドリル」を作ろうと思う事が気付くことが出来たのか? それを考えるのである。実は、当事者だって、それを理路整然と説明することはきっと難しいと考える。一本道ですっと企画が出来ることなどないし、出来上がった後では成功ストーリー的に整理されてしまうからである。だから、ここは妄想の世界である。
ただ、考えるツールとしては、ビジネスフレームワークはたくさん世の中にある。PEST分析、3C分析、5フォース分析、SWOT分析などなどである。それらを使いながら、当時起こったであろう社内議論を想像して考えるのである。当然、今とは違う時代なので、その時代背景も調べる必要がある。(電通がまとめている「広告景気年表」は、当時のニュースや流行したものが網羅されていて参考になる。)
さて、「うんこドリル」である。受講者とオンラインホワイトボードを使って、KJ法的に、背景分析をした結果を示す。
三人寄れば文殊の知恵である。たくさん意見が出て、いろんな事を想像することができたと思う。出版業界の置かれている状況、ドリルの課題、小学生の学力の二極化現象(本当かどうか裏はとれていないが、おそらくそうだろう!)、などなど。
ここで、このトレーニングをより濃密なものにするコツを紹介したい。その会社のマーケッターになったつもりで、社内会議や社長との企画会議を頭の中で展開するのである。
社長「こんな変なドリル誰が買うんだ?」
私「今、世の中では“お受験”のようなより高い受験校を目指す教材ばかりが注目されていますが、実はその一方で、勉強に付いていけない子も多くいます。その子たちはなかなか勉強する習慣が作れず、勉強が苦痛なんです。そして、それを心配している親もたくさんいます。今回の商品は、そんな勉強嫌いを治す新しい市場開拓型のドリルなんです!」
社長「“うんこ”を使った変な例文なんか、先生たちから怒られるんじゃないか?」
私「先生たちだって、勉強嫌いな子どもたちの教育には困っているはずです。」
社長「販売店(本屋)の協力は得られるのか?」
私「今、教材市場は塾やネットなどへ、本屋からシフトしているので、本屋さんも新しい一手を欲しがっています。勉強嫌いの子とその親という新しいターゲットへの提案を打ち出せば、きっと乗ってくれます。」
社長「うんこなんて連発したら、PTAとか怒り出すんじゃないか?」
私「これが、旺文社のような参考書ドリルの大手だったら、やり玉に挙がる可能性はあるかもしれません。幸いに我が社は参考書業界ではチャレンジャー、ニッチャーの地位にあります。最初は静観されるはずです。勉強嫌いな子たちに先に支持されるブームを作れれば、納得してもらえると思います。もちろん、差別や汚い感じにならないように、例文作りは明るく楽しいものにしていきます。」
これは、勝手に筆者の頭の中で繰り広げられた社内会議である(自作自演)。こういう事が本当にあったかどうかは分からないが、商品作り・マーケティング開発に必要な気づき力を鍛える訓練になると思うので、ぜひ試してみて欲しい。
8.(おまけ)4Pアイデアを考えてみよう!
逆算マーケティング開始時に、ヒット商品のマーケティングについて若干の市場観察はするのだけれど、業界の人間でない限り、そうそう全てを網羅できるものではない。だからこそ、考えたコンセプトから、自分だったらこんなマーケティングミクス(4P)を展開するというエクササイズもできる!今回のワークショップでも、メンバーでアイデアを出し合ってみた。
すでに文響社が実施しているアイデア(うんこ先生キャラなど)もあるが、こんな事やったら面白いというアイデアも散見された。これも、マーケティング企画力向上のよいトレーニングになると思う。
9.仕上げ:提案ストーリー作り
以上で、勝手にヒット商品逆算マーケティングの作業は終了であるが、仮説力・企画力向上のために、これを提案ストーリにまとめていくとよい。
マーケッターや企画者は、自分の仮説に基づく企画を、まずは社内に提案し、開発や具現化を進めていく。そのためには、「➀目標設定のための環境分析⇒➁商品/サービスのSTPの設計⇒➂商品/サービスのコンセプト開発⇒④マーケティングミックス4P(あるいは7P)への展開」というマーケティングプランニングの流れを上手にストーリーにして語る必要がある。社内だって、企画に納得し期待し共感して、初めて動くのである。もちろん、商品サービスを社外へ発表し発売していく時も、そのストーリーを持って営業マンが伝道していくことになる。マーケッターや企画者は”語り部”にもなる必要があるのである。
どうしても、アイデアに力を入れがちになり、HOWを中心に語りたくなるが、実は、人はWHYで動く。提案ストーリーで最も重要なのは、”なぜ”をしっかり語ることである。
電通報に『「アイデア」と「ロジック」の二刀流でビジネスの未来をデザインする』という記事がある。提案で人を動かすポイントは、しっかりとしたストーリー(ロジック)とアイデアなのである。
さて、”うんこドリル”の提案ストーリーである。ワークショップでディスカッションしたものを筆者なりに整理したものが次の表である。
いかがでしょうか? 「うんこドリル」というヒット商品の要因に迫れただろうか? 本当は業界や市場の特性を知らないと理解できない苦労や工夫がもっともっとあるのだと思うけれど、大きな本質は捉まえる事ができたのではないだろうか?
10.逆算マーケティングで思考実験のすすめ
マーケッターとして企画者として、仮説力や企画力を高めたいという思いは多くの方が持つと思う。実際の仕事こそが、それを鍛える最大の機会であることは間違いないが、多くの商品/サービスは、1年~数年、場合によっては10年位の開発期間を要するものも多い。身の回りにある商品やサービスを使って、時々でもこのような思考実験をすることで、世の中の見方や人の行動の読み方を追体験し、常に自らのアンテナを錆び付かせない、そんなトレーニングとして”逆算マーケティング”をお勧めしたい。