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鴨川デルタ 〜夏〜
もう、最悪や
京阪電鉄 淀屋橋駅のホームで梅田方面の
電車を待ちながら私は唇を噛んだ。
今日は入社希望の広告会社の二次面接
10社以上の会社にエントリーシートを
送りやっと筆記試験と面接に辿り着いた会社
ネットでは今年も売り手市場と言ってるが
私だけは違うらしい。
筆記試験はなんとかなった。
だが面接が駄目だった。
単独面接では面接官が何となく私の受け答え
には退屈で気が乗らなさそうだった。
それもそうだ、就職マニュアル
面接篇みたいな喋りしかできなかったし
グループ面接では同じグループになったのは
同志社と立命館の男子。
体育会系、押しの強さにディスカッションの
主導権をとられ、意見もあまり言えない。
曖昧な笑顔が張り付いただままの
就職対策マニュアルで言うところの
グループディスカッションではもっとも駄目なパターンに陥ってしまつた。
一人で練習してた時はうまくいったのに
本番に弱いのは小さい時から。
何となく自分の大学に引け目を感じたのかな?
普段は学校のレベルなんて気にしないフリを
しながらも関関同立や国公立の人達と一緒に
なると妙に卑屈になってしまう
どうせうちらの大学は偏差値アッパー50ですよ
それがどうかしたん?と普段は開き直っているつもりでいるし
この開き直りが私の強さなんだと思ってたけど、すごい中途半端なものだったのかなと今更ながら気づく
終了した後の面接担当の社員の方の対応も
来た時と比べてやけに事務的で冷たいなあと
感じたのは私の僻みのせい?
駅に向かうタイミングで青木からLINE
面接どやった?
再度深くため息
このタイミングの悪さ
付き合って1年ほどになるが
こういうことは今まで何度もあった。
この男のタイミングの悪さは天才的だ。
優しいし、面白いし、顔はまあまあ好みだし
いい人だと思うが今は何も話したくない
既読のままスマホをカバンの中に入れて
駅に向かってとぼとぼと歩いた。
折り返し発車する京阪電車の特急に乗って
家の最寄り駅の京都の五条まで行く。
幸い席が空いていて、二人がけのシートの
窓際に座れた。
何をする気にもなれず、ボーっと窓の外の
風景を眺める。
前の晩緊張して眠れなかったため
寝不足だったのか
そのうち眠ってしまった。
起きた時には電車は樟葉のあたりを
走っていた。
ボーっとした頭でカバンから
スマホを取り出す。
L I N Eの通知が何件かあり
青木からのメッセージもあった。
開けてみると
えっ!もしかして既読スルーですか?
というメッセージとよく分からないアニメ
の男性キャラクターが泣いているスタンプ
もう、何やねん、こいつ
と、小声で呟く。
結局自分が可愛いのかよ
試験終わった後、何も返信が無いと
いうだけで、気持ち察してよ
と、毒づく。
ただ放っておいたら、際限なくメッセージが
続くので
また、話すね
というメッセージと
申し訳程度の「バイバイ」と
いうスタンプを送る。
本当にバイバイしてやろうかなと一瞬考えた。
ただ、私がうんざりきているのは、
青木ではなく自分自身。
全てにおいてダメダメ 全然イケてない。
京阪電車は五条に着いたけど、
何となく降りる気にならなくて
そのまま終点の出町柳まで行くことにする
鴨川デルタでも行こうか
京都の北の方から流れてくる賀茂川と
高野川の合流地点。それが鴨川デルタ。
ここから下流が「鴨川」になる
小学校の遠足で行って以来
私は何か嫌なことがあるとこの場所にきて
ぼんやりと過ごすことが多い
川沿いの気持ち良い風に吹かれて
ベンチに腰掛けてぼんやりしたり
飛び石近くの鴨川に足を浸したり
1時間もすると何となく元気になってくるような気になる
私にとって魔法の場所
今はそこでの気分を何とかしたい
出町柳の駅を出たら初夏の午後の日差しが
押し寄せてきた。
ここ何年かは6月でも十分真夏のように
暑い日がある。
特にここ京都の暑さは特別だ。
日差しの下はちょっときついかな
木の下でちょっと涼んでこ
鴨川デルタは初夏の陽を浴びて
穏やかに輝いていた。
川沿いに涼しい風が吹いている
ちょうど木陰になるところに
ベンチがあったので
そこに座り周囲を見渡す
平日だけど鴨川デルタには大勢の人がいた
私のように木陰で休憩していり人もいれば
ズボンをまくりあげて
川につかっている外国人の人たちや
トランペットを吹いている年配の男性もいる。
中間試験期間で午後から休みなのか
制服を着た女子中学のグループが何やら喋っては大声で笑っている。
皆それぞれがそれぞれの時間を楽しんでいる。
私は鴨川デルタのそういうところが大好きだ
私もできれば鴨川に足をつけたかったが
リクルート用のスーツにパンプスを履いているので諦めた。
「すみません、
ちょっと隣よろしいでしょうか?」
と声をかけられた。
声に独特のアクセントがある。
振り返ると女性が立っている。
身長165センチくらい
年は私と同じくらいかな
細身で足が長く、顔が小さい
髪は金髪に染めて、ショートカット
色白、一重の切長の目、すっと通った鼻筋
なかなかキレイな人だ。
韓国の人かな?
ただびっくりしたのはその服装(?)だ。
上下揃いの赤のラインが入った黒のウエットスーツの上にライフジャケットを着て
手には釣竿を持っている。
「ごめんなさい、ちょっと道具の準備をさせてください」
というと腰にベルトをつけて、アウトドア用のハットを被り
水の入った小さな舟形のバケツのようなものの中を確認している。
それから竿を伸ばし始めた。
青木と遊びで何回かサビキ釣りは
経験したことがあるので
釣り竿は見たことは何回かあったけど
その人が伸ばし始めた釣竿は今まで見たことがないほど、長かった。
大体6メートルはあるんじゃないかな。
その人は釣り竿の先に糸を結び、
釣り針を先につけると
鴨川の方に降りて行き、
そのままじゃぶじゃぶと
川の中に入って行った。
私は呆気に取られて
しばらくその人の姿を見ていた。
その女の人は15メートルほど下流に歩き
そこで立ち止まると、長い竿で釣りを始めた。
ここで私も気づいた。
小学校低学年の頃、おじいちゃんと鴨川沿いを散歩していて
同じような釣りをしている人を見て
あれは何を釣っているのと聞いた時
おじいちゃんに教えられたことを思い出した。
あの女の人は鮎釣りをしているのだ。
この釣りは特殊で普通の釣りのように
餌で釣るのではなくて
ナワバリ意識の強い鮎の習性を利用して
おとりの鮎を泳がせて、
怒って攻撃してくる鮎を
引っ掛けて釣る釣りだ。
おじいちゃんは「むつかしい釣りやで」と言っていた。
遠目で見ても、そして素人の私が見ても
その人の竿さばきは
慣れている人のそれだった。
しばらく見ていると、その人はたちまち
鮎を釣り上げた。
釣った鮎を網ですくう動きも無駄がない
すごいなあ
私は呟く
背筋を伸ばし鴨川の中で長い竿を操る
その姿に女の人ながら
かっこいいなあと思う
惚れそうだ。
その人はそれから鮎を3尾ほど釣り上げた。
最後に釣った鮎はなかなか大きいみたいで
釣り上げるのに時間がかかったが
無事、鮎をたも網の中に収めた。
釣りが終わってその人が帰ってきた。
「お疲れ様でした」
と声をかけた。
その人は少しびっくりしたようだったが
「あれ、まだいたのですか?」
少し笑った。
やはり少しイントネーションが違う
おそらく韓国か中国の人だろう
でも、その人の笑顔は素敵だった、
男前な笑顔
女の人に言うのは不適切だが、こう言わざる
を得ないほど格好良かった。
「釣り、上手いんですね」
「ありがとうございます。最近ようやく
コツが分かってきました。
「鮎 釣っていたんですよね?」
「はい、鮎を釣ってました」
「すごいですね」
「いえいえ」
「鮎を釣るのは食べるためですか?」
なんか、私まで喋り方に影響されてしまう。
「いえ、食べるためだけではありません。
私は大学で鮎の生態を研究しています。
釣った鮎はこれから大学に持ち帰って
解剖します。解剖して鮎の生育状況を
調べるためです。
解剖して残った身は
焼いて食べることもあります」
「研究ですか、、」
「はい、鴨川は大阪湾から登ってきた
天然の鮎が多いところなので、とても
興味深い研究結果が得られます。
養殖の鮎が多い関西では貴重な場所です」
「釣った鮎を見せてもらっていいですか」
「はい、どうぞ」
底がバケツみたいになっている網の中で
泳ぐ鮎を見せてもらった。
20センチほどの鮎だ。
薄緑色の背中に黄色のグラデーション。
キレイな魚だ。
正直解剖されるのは可哀想な気がした。
「大学はこの近くなのですか?」
「はい、そこの京都大学です」
うわ、京大か、、、すごいな、、
鎮まっていた学歴コンプがまた再燃しそうだ。
流暢に喋っていた同志社の男子を思い出した
「何故釣りを、、」
「遡上して川の流れの中で生息しているアユを
捕獲するには一番合理的な方法だからです」
「そうですか、
誰かに教えてもらったのですか」
「最初は鴨川漁協の人に基本的な動作を
教えてもらいましたが、後は自分で本とか
インターネットの記事とかYoutubeとかの動画を見て覚えました」
「釣り道具は?」
「大学の研究費で買ってもらいました。このウェアとシューズは自分でamazonで買いました」
「とてもお似合いです」
「ありがとうございます」
ニコっと微笑んだ。
なかなか可愛い笑顔だ
でも、私もまるで中学校1年生の英語の教科書のみたいな会話 自分でも笑えてくる。
「いつも、ここで釣りをしているのですか?」
「いえ、ここより下流や上流の賀茂川で釣ることもあります。でもこの場所で釣ることが
多いです。大学からも近いし、、そして私はこの場所、鴨川デルタが何となく好きです」
鴨川デルタが好き聞いただけで私は嬉しくなった。
そして日本語に慣れていないせいもあるかも
知れないが、この人の喋り方は気に入った。
嘘、隠しごとのない真摯なものを感じる。
この人と仲良くなりたい、そう思った。
「次はいつここで釣りをする予定ですか?」
「えーっと、」と言ってスマホを取り出し
確認していた。
「来週の金曜日の朝 6時くらいですね」
金曜日なら一日空いているはずだ。
「また、見に来てもいいですか?」
その人は少しびっくりしたみたいだ。
まあ、鮎釣りに興味を示す女性は少ない、
ただ私は釣りよりもこの人にまた会いたいと
思った。
「はい、、いいですよ」
さらに私は一歩踏み込む。
「私は竹井志穂といいます」
その人はさらに面食らったみたいだ。
それはそうだ、いきなり名前を教えて
と言ってるようなものだから。
大学で習った個人情報保護の観点からも
とてもおすすめできる行動とは言い難い
「私はパク ソユンと言います」
やはり、韓国の方か
「パクさんは、韓国から来られたのですか?」
「はい、そうです 留学生ですね」
「そうなんですね」
「あの」とパクさん
「何でしょう?」
「竹井さんは同性愛の方ですか?」
と、いきなり斜め上からの質問が来た。
同性愛?レズビアン
「いえ、違いますけど、、、」
「そうですか、失礼しました
えーっと何て言えばいいのですか、、
グイグイ、、来るので、、ナ、、ン、パ
かと思いました。」と笑う
「ごめんなさい、、そうですよね」
私も声を出して笑う。
「すみません、日本語が上手じゃなくて」
と細く長い指で髪の毛をかきあげる
おそらく癖なのだろう。
ただ私は何故かドキドキした。
指のカタチとか仕草が素敵だ。
「いえ、とてもお上手ですよ」
「ありがとうございます」
「女の人にモテるのですか?」
「いや、まあ、はい、、そういうこともありましたね、、」
「そうですか、でもそれは分かる気がします
パクさんはカッコいいですから」
また、髪をかきあげている。
かなり照れているのが分かる。
「そろそろ大学に戻ります」とパクさん
「ごめんなさい、引き留めてしまって」
「いえいえ、ではまた」
「金曜日に」
パクさんは帰って行った。
何か自分でもかなり大胆に行動してしまった。
何故この積極性が面接の時に出なかったのかと思う。
「まあ、、素敵な人にも会えたし、いいっか」
何か気持ちが軽くなった。
鴨川デルタは初夏の日差しの中、輝いている
今日はこれから、さらに暑くなりそうだ。
(続く)