【NPO書評】火星からの侵略―パニックの心理学的研究
以前、「流言のメディア史 (岩波新書)」を読んでFacebookに投稿した時に、藤代さんにコメントで教えていただいた本を読んでみました。
「流言のメディア史」では、1938年のアメリカのラジオ番組「宇宙戦争」(朗読劇)の火星人来襲のエピソードでアメリカ国内でパニックが起きたという話はフェイクニュースだったということが書かれていました。
その火星人来襲のラジオ番組のエピソードについて、実際にどのようにパニックになったのかを調査した、世論調査などの大家である研究者がまとめた研究の書です。
ラジオ放送は1938年、本書の最初の出版は1940年。2005年に新たにアメリカで出版されたものの日本語訳です。
二つの本を読み比べて、ようやく理解しました。
本書「火星からの侵略―パニックの心理学的研究」では、実際にラジオを視聴した人を対象にしたアンケート調査とインタビューをもとに分析したものです。
ラジオ番組を聞いて、パニックになった人と、ならなかった人の違い、パニックになった人はなぜパニックになったのか、あるいはどこの時点でパニックから作り物のラジオドラマだと気づいたのかなどを調査したものです。個人の心理面を対象にした調査研究で、パニックになった集団心理は調査対象になっていませんでした。
一方で、先の「流言のメディア史」でフェイクニュースとして取り上げているのは、ラジオ放送について、その後、新聞記事になって、数週間にわたって、新聞で報道されていた状況をもとにしていました。
「火星からの侵略―パニックの心理学的研究」を読むと、パニックに陥った方も結構早い段階で真実に気づいて、アメリカ国内で集団的にパニックになったという事実は書かれていません。しかし、ラジオ番組の反響が大きく、各地の警察署などに電話が殺到したことや、パニックになって何かしらの行動をした人をインタビューした記事を新聞が取り上げたことで、あたかもアメリカ国内ですごいパニックが起こったというような形でこのラジオ番組のことが広がっていったということでした。
なるほどでした。
ちなみに、本書のAmazonの紹介文で、「その結果、少なくとも百万人の米国人が恐怖に駆られ、数千人がパニックに陥った。」とありますが、集団的なパニックが生じたようなイメージですが、実際はそれぞれの家庭でラジオ番組を聞いて、個々で恐怖を感じて、その一部がパニックになったということですね。
火星からの侵略―パニックの心理学的研究
2017/11/27
ハドリー・キャントリル (著), 高橋 祥友 (翻訳)
さて、本書自体は、人がどのような情報を、どんな風に得て、どんな風にパニックになるのかを丹念に研究していったもので、とても、面白かったです。
また、パニックになりやすそうな層の統計分析などもあり、興味深いです。
ハドリー・キャントリル は、ラジオ放送があって、一部の人間がパニックになったということで、すぐにパニックの心理学的研究に着手したというのが、すごいですね。
なので、インタビューに答えたラジオ視聴者も新鮮な記憶のうちに回答をすることができています。また、ラジオ放送局が行った視聴者アンケートの結果も著者に提供されています。そういったものを活用して、統計的分析から個々のインタビューからのケーススタディまで、総合的な分析で多面的に知ることができました。
また、実際のラジオ放送の、H・G・ウェルズの手になる脚本も掲載されているのもとてもよかったです。脚本を読む限りでは、最初は思わず信じてしまいそうですが、後半の展開が急すぎるので、ラジオドラマだとすぐに気づきそうだなと思いました。
フェイクニュースなどに興味がある方は、読んでおくべき古典として、お勧めします。