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無理に明るくなくていい――そんな優しさが心をほどく
はじめに
こんにちは。キャリアカウンセラー・ライフコーチ、そしてAI小説家として活動している多和田泰久です。今回の記事のテーマは「ポジティブシンキングがしんどくなってしまう人へ」。特に30~40代の日本の女性は、仕事や家事、子育て、あるいは介護など多方面の役割を担うことが多く、いつも“前向き”な姿でいられなくても当然なのに、「もっと頑張らなきゃ」「もっと笑顔でいなきゃ」と自分を追い込んでしまいがちです。
「ポジティブシンキング」自体は悪いものではありません。気分を切り替え、前向きな行動を促す大切な考え方です。しかし、ポジティブでいることを“強要”されたり、“自分に強制”したりすると、逆に疲れてしまうこともあるのが現実です。うまくいかないときに「もっとポジティブに!」と自分や他人から言われると、その言葉がプレッシャーに感じられ、本来の自分を見失ってしまう方も少なくありません。
第1章――“いつも笑顔で”のプレッシャー
朝の出勤電車。34歳の秋月麻里(あきづき・まり)は、SNSを眺めながら小さくため息をついた。タイムラインには、「朝からテンション高め! 今日も頑張る」「小さなことに感謝してポジティブに」という投稿がずらりと並び、“キラキラした世界”がそこに広がっているように感じる。
「そうだよね、私ももっと笑顔でいなきゃ……」
そう呟くと同時に、胸の奥にズシリと重いものが残る。この数ヶ月、仕事は忙しくなるばかりで、以前は楽しかった職場の仲間との時間も余裕がなくなった。家に帰れば一人暮らしの部屋でやるべき家事がたまっており、週末に少し寝坊をすると「これじゃだめだ」と自分を責める。頭では「ポジティブに考えて前向きに行動しよう」と思っているのに、心は追いつかない。
そんな麻里は、周囲からは「明るくて何事にも積極的」と見られている。そのイメージは決して嘘ではない。もともと彼女は人と話すのが好きだし、新しいプロジェクトにも積極的に手を挙げるタイプだった。だからこそ、「私が落ち込んだり暗い顔をしたら周りに迷惑だよね」というプレッシャーを常に感じているのだ。
“いつも笑顔で”――この言葉は、一見優しくて素晴らしいアドバイスのように聞こえる。実際に、ポジティブな姿勢が成果や良い人間関係をもたらすことは多い。しかし、その“笑顔”が自分の本心とは裏腹に作り上げたものだったとしたらどうだろう? 自分の辛さや悲しみを見ないふりして、ただ“前向きな人”を演じ続けていたら――いつか心が悲鳴をあげてしまうかもしれない。
この章では、ポジティブシンキングがしんどくなる一つの理由として、“自分の本当の気持ち”を押し殺してでも“明るいイメージ”を守ろうとしてしまうプレッシャーを取り上げた。麻里もその一人だ。SNSや周囲の「もっと前向きに!」という声に背中を押されながら、内心では「私はこんなに疲れているのに……」と小さな叫びを抱えている。
第2章――そもそもポジティブシンキングって何?
仕事終わりに同僚の夏美(なつみ)と飲みに行った麻里は、ポジティブシンキングの話題を切り出した。夏美は「いつでも落ち着いていて頼りになる先輩」で、麻里にとっては憧れの存在だ。
「夏美さんって、いつも前向きに見えるんです。落ち込んだとこ見たことないし……。なんでそんなにポジティブでいられるんですか?」
そう尋ねると、夏美は苦笑いを浮かべ、「私、そんなにポジティブに見えるかな? 実は私、ポジティブシンキングってあんまり得意じゃないのよ」と返した。意外な答えに麻里は驚く。
夏美は続ける。「“ポジティブシンキング”っていう言葉に憧れる気持ちは分かるんだけど、あれは本来“物事を違う角度から捉えてみる”とか“困難を乗り越えるための心構え”ってだけで、無理やり笑顔でいることじゃないと思うの。私も一時期は『ポジティブにならなきゃ』って思い詰めてたけど、結局それが負担になって落ち込んじゃった。だから今は、ポジティブになろうとするんじゃなくて、『どうしたら今の状況を受け入れられるか』を考えるようにしてるかな。」
なるほど、と麻里は頷いた。確かに、言葉の表面だけを見ると「ポジティブシンキング=いつもニコニコ明るい人」と思われがちだが、夏美の言葉によれば、「ポジティブシンキング」は状況を客観的に見直し、可能性を探ったり、解決策に目を向けたりするための考え方に過ぎない。つまり、本来のポジティブシンキングは「無理に落ち込まない・悲しまない」ことではないのだ。
思えば、麻里は「落ち込むのは悪いことだ」「つらい表情は周りに迷惑をかける」と思い込んでいて、無理に明るさを演じ続けてきた。でも、ネガティブな気持ちを抱くこと自体は自然なことで、それを一方的に排除しようとすると、逆に心が悲鳴をあげる。「状況を変えられないなら、自分が変わるしかない」という言葉も一理あるが、それが“ネガティブを全部隠す”という極端な行動に走らせてしまうケースも少なくないのだ。
この章では、「そもそもポジティブシンキングとは何か?」という問いを見直した。無理に明るさを装うことではなく、“状況に飲み込まれずに前を向く視点を持つ”という柔軟なアプローチであるべき。しかし、私たちはその本質を取り違えやすい。次の章では、ポジティブシンキングをこじらせる要因を深掘りしていこう。
第3章――こじらせる原因:自己否定と周囲の圧力
週末、麻里は実家に帰省し、リビングで母と談笑していた。母は昔から「人生は気合いと笑顔よ!」という言葉が口癖で、落ち込んだ麻里を励ましてくれる時も「笑ってれば運気が上がるから!」とよく言っていた。たしかに、そのおかげで助けられた面もある。しかし、今はなぜかその言葉が重荷に感じられるのだ。
「最近、なんだか疲れちゃってて……。笑わなきゃって思えば思うほど、つらくなるんだよね。」
麻里が正直に打ち明けると、母はちょっと困ったような表情を浮かべ、「でも笑顔が大事っていうのは本当だし……」と口ごもる。母としても、娘を思うがゆえの言葉だったのだろう。ただ、“笑顔”という価値観が絶対化されすぎると、「笑顔じゃない自分はダメなんだ」と自己否定へと繋がってしまう。
同じようなことは職場でも起こり得る。上司が「もっと積極的にポジティブに!」と声をかけると、一見は良い励ましの言葉に思えるが、心が弱っている人には「今の状態じゃダメだ」と攻撃されているように聞こえることもある。周囲の好意的なアドバイスが、逆にプレッシャーとなり、自分を追い込んでしまうのだ。
こうして“ポジティブでなければならない”という環境下では、ネガティブな感情が“悪”とみなされ、やがて自分を責めるようになる。「こんなに落ち込む自分はおかしい」「前向きに考えられないなんて、弱い人間だ」といった自己否定が深まっていく。すると、ますます本音を出せなくなるばかりか、“ポジティブシンキング”を押し付けられる状況から逃げたくなってしまう。
この自己否定感と周囲の圧力が重なると、無理に笑顔を作り続ける“仮面”を被り、結果的に心を消耗させる悪循環に陥る。麻里は、母や上司の言葉を否定する気持ちはないが、今の自分には“もっと笑おう”“もっと前向きに”というメッセージが苦しく感じられる。ネガティブな感情を抱くこと自体が、人間として自然なプロセスだという視点が抜け落ちているのではないか――麻里はそんな疑問を胸に抱くようになった。
第4章――ネガティブな感情を否定しない
そんなある日、麻里は学生時代の友人・香織(かおり)と再会を果たした。香織は以前、大きな失恋や職場でのトラブルを経験し、一時期うつ状態に陥って休職した過去がある。ところが今はアルバイトをしながら少しずつ生活リズムを整え、自分らしさを取り戻している最中だという。
「私ね、ネガティブになることを責めるのをやめたら、結構楽になったんだよね。」
香織はそう言いながらホットコーヒーを啜る。周囲の励ましやポジティブな言葉も当時は逆効果で、「私はこんなにもできない人間なんだ」と自分を追い詰めてしまったそうだ。しかし、カウンセリングに通ううちに「自分が落ち込むのは当然の反応であり、あってもいい感情」と認められるようになり、少しずつ心が軽くなったらしい。
「実際、落ち込まない人なんていないんだよ。“頑張りすぎちゃう人”ほど、ネガティブを悪者にしがち。落ち込んでもいいし、泣いてもいいし、怒ってもいい。それが分かったら、逆に前より落ち込みにくくなったっていうかね。」
香織の言葉は、麻里の心にスッと入ってくる。ポジティブであろうと頑張り続けるより、ネガティブも受け入れるほうが自分に優しいのかもしれない。“ネガティブはダメ”という前提があるからしんどいのだ。そもそも感情に“良い・悪い”はなく、悲しみも怒りも、人間にとって必要な反応なのだと香織は言う。
思えば、麻里は自分の悲しみや疲れを見ないようにしてきた。落ち込みそうになると「こんなこと考えちゃダメ」と蓋をし、どこかで「笑顔でいればなんとかなる」という信念を追い求めていた。しかし、その蓋を開けてみれば、いろいろな感情が自然に存在している。その“いろいろ”を認めることが、実は本来のポジティブにつながる道なのかもしれない。
ネガティブな感情を否定しない。これは簡単そうで難しい。私たちは子どもの頃から「泣かないで」「怒っちゃダメ」というメッセージを受けがちだからだ。しかし、それを少しだけ“いいんだよ”と許してあげると、心がリセットされ、ありのままの自分を受け止められるようになる。ポジティブシンキングに疲れた人ほど、まずはこの“ネガティブを否定しない”アプローチから始めてみるといいのかもしれない。
第5章――セルフケアの大切さと“小さな幸せ”の見つけ方
香織との会話をきっかけに、麻里は自分を少しずついたわる行動を取り始めた。たとえば、週に一度は早めに帰宅して、ゆっくりバスタイムを楽しむ。寝る前に日記をつけて、嫌なことも正直に書く。朝起きて調子が悪い日は、思い切って少し遅れて出社できるように予定を調整してみる(もちろん周囲への調整は必要だが)。
これまでは、どんなに疲れていても「やるべきことをこなしてからでないと休んじゃだめ」という呪いに縛られていた麻里。しかし、心と体が悲鳴を上げているときは、むしろ先に休むことでその後のパフォーマンスが高まることに気づいたのだ。頑張り屋ほど休むのが下手だが、これを克服することで、ポジティブの押し付けから解放される一歩を踏み出せる。
また、麻里は意識的に“小さな幸せ”を探すようになった。大きな目標や画期的な成功ではなく、日々の中にある些細な嬉しさ――たとえば「朝のコーヒーがおいしかった」「駅までの道で季節の花が咲いていた」「帰宅途中に好きな音楽を聴きながら歩いていたら、ちょっと元気になれた」など。そういう些細な体験を書き留めることで、“無理にポジティブでいよう”とするのではなく、“ネガティブとポジティブが混在していい”状態を自然に味わえるようになる。
多くの自己啓発書では「ポジティブな言葉を繰り返す」「成功イメージを具体的に描く」といった方法が紹介されるが、麻里の場合はむしろ“自然体”に価値を置き始めた。ポジティブな言葉を無理に使うのではなく、自分が本当に感じることをそのまま捉える。落ち込むときは落ち込む。泣きたいときは泣く。だけど、一日の終わりには「今日はこんな楽しいこともあったね」と自分に言ってあげる。これが彼女なりのセルフケアになりつつある。
ここで大切なのは、“小さな幸せ”を見つける行為が、押し付けのポジティブではなく、自分の本当の感覚に目を向けるという点だ。自分の体や心が欲しているものをしっかりとキャッチし、それを満たしてあげる。それだけで、知らない間に生きる活力が戻ってくることを麻里は実感していた。
第6章――周囲との関係を見直し、“我慢しすぎない”勇気
ポジティブシンキングに疲れている背景には、周囲との関係も大きく影響する。麻里はこれまで、どんなに忙しくても同僚や上司の依頼を断れず、深夜まで仕事に追われる日々を送っていた。家族や友人の前でも、「弱音を吐いちゃいけない」という意識が強く、常に“できる自分”を見せようとしていた。
しかし、セルフケアを始めて少し心に余裕が生まれると、「私、もっと“NO”を言ってもいいんじゃないか?」という考えが浮かんできた。仕事量が限界なら、正直に上司や同僚に相談する。友人との約束も、疲れているときは遠慮せずキャンセルさせてもらう。彼氏や家族の前でも、自分が本当にしんどいときは正直に言葉にする。
最初は周りからどう思われるか不安だったが、意外にも「もっと早く言ってくれれば手伝ったのに」「麻里が無理してるの知ってたけど、言い出しにくそうだったから遠慮してた」といった声が多かった。周囲は察してほしいと思っていても、当の本人が「大丈夫、余裕だよ」と言い続ける限り、誰も助け舟を出しにくいのだ。
さらに、仲のいい同僚の夏美からは「最近、少し表情が柔らかくなったよね」と言われた。以前の“頑張りすぎる麻里”も素敵だったが、今のほうが“自然で好感が持てる”という。仕事も不思議とスムーズに進むように感じる。無理やりポジティブを演じるより、“我慢しすぎない”ほうが結果的にパフォーマンスが上がる――それを麻里は肌で感じ始めた。
こうして周囲との関係を見直す中で、“ポジティブでいよう”と力む必要が薄れていく。本音を少しずつ伝え合い、お互いに支え合う関係が築かれると、無理な笑顔を作る必要はなくなる。ネガティブも受け止めてくれる相手がいるからこそ、心は自然に柔らかさを取り戻していくのだ。
第7章――“本当の前向き”は自然に生まれる
小さなセルフケアや周囲との関係調整を重ねるうちに、麻里はふと気づくことがある。以前よりも“前向きな気持ち”が湧いてきやすくなっているのだ。あんなに「ポジティブにならなきゃ」「笑わなきゃ」と頑張っていた頃より、無理なく前向きでいられる時間が増えている。
これは、押し付けられたポジティブシンキングではなく、“本当の前向き”だろう。ネガティブな気持ちを無理に封じ込めるのではなく、ありのままに受け止めたうえで、できる範囲で行動を起こす。すると、少しずつ状況が変わっていくことに気づき、心が自然と軽くなる。結果として、「まあ、これくらいなら乗り越えられそう」と感じる場面が増えてくる。
このように、“無理をしないポジティブ”は自分に優しくすることで育まれる。そして、それは決して弱さではない。むしろ、自分の感情を正直に認めながら、必要な助けを求めたり、休息を取ったりする行為こそ、本質的に強い生き方だと言えるだろう。
ポジティブシンキングに疲れたときは、自分を責めるのをやめて、ネガティブな気持ちにも居場所を作ってあげる。そうすると、“頑張らなきゃ”と必死に思わなくても、自然とやる気が戻ってくる瞬間が訪れるかもしれない。
「ポジティブじゃない私なんて価値がない」という思い込みを手放すことで、私たちは“人間らしい在り方”を取り戻し、むしろ強くしなやかに生きられるのだ。
おわりに
いかがでしたでしょうか。ここまで、ポジティブシンキングに疲れてしまう人のケースを、小説風のストーリーに乗せて見てきました。
• 「いつも笑顔でいる」「ポジティブに考える」といったアドバイスは決して悪意のあるものではなく、多くの場合、周囲の善意や自己啓発的な考え方から来ています。
• しかし、それを“義務”や“強制”として捉えてしまうと、本音を押し殺すことになり、逆に自分を追い込み、疲弊させる原因となってしまいます。
• 落ち込むときは落ち込み、悲しむときは悲しむ。それを悪いことだと思わず、自然な人間の感情だと受け止めることが、実は“本当の前向き”を育む土台になるのです。
• セルフケアをしながら、自分のできる範囲で小さな幸せを見つけ、周囲とも正直にコミュニケーションをとることで、無理なく前に進めるようになります。
ポジティブであろうとすることは否定しませんが、それが“自分を傷つけるほどの無理”になっていないか、いま一度振り返ってみてください。自分に優しくし、ネガティブも含めて認め合える環境を作ることで、心の自然な回復力と前向きなエネルギーが生まれます。
あなた自身のペースで大丈夫。焦らなくていいし、泣きたくなるときは泣いていい。そこから始まる小さな変化こそが、“偽りではないポジティブ”につながる道なのだと、どうか忘れずにいてくださいね。
―― 多和田泰久
(キャリアカウンセラー・ライフコーチ・AI小説家)
(※本稿は、ポジティブシンキングという言葉に疲れてしまった方へ向けて、「ポジティブ強制から解放されるヒント」をストーリー形式でまとめました。30~40代の女性に多い仕事や家庭のストレスを背景にしつつも、男女問わず参考になる内容となっています。ぜひご自身の心に寄り添いながら、お読みいただければ幸いです。)