自由に生きるためにやるべきこと
自由に生きたい。
自分の好きなことを仕事にしたい。
人に指図されるのはイヤだ。
こういったことは誰しも思うことだと思います。
では、自由に生きるためにはどうすれば良いのか。
僕なりの考えを書きます。
目標を明確に決める
まず大事なのは「将来どうなりたいのかを明確に決めること」だと思います。
自分の目標を持つとはよく聞く話ですが、実際によく聞くのは「目標がわからない」「自分が何をしたいのかわからない」といった声です。
一方、「目標はあります!」という人に目標を聞いてみると「営業で〇〇円の売上をあげる」「プログラミングのスキルを身につけて転職する」「会社で責任ある仕事を任されるようになる」「英語のスキルを上げる」などを言います。
では、その人に「なぜそれを達成したいのか」と聞くと、答えに詰まる人が多いです。そういう人は会社や周りの人に決められた目標を追っているだけで本当に自分にとって必要なことを認識していないのかもしれません。
過去の延長線上を生きていた自分
僕が25歳の時に持っていた目標は「ライフサイエンス分野の研究者として年収1000万円を稼ぐ」でした。
その時に出会ったとある方(Gさん)に「なんでそれをやりたいの?」と聞かれました。
「世の中の多くの人の病気の治療に役立つ研究がしたいから」と答えます。にさらに「それはなんで?」と聞かれます。
そうすると僕は答えに詰まってしまいました。
「年収1000万円を稼ぎたいのはなんで?」と聞かれても明確に答えることができません。
なんとなく仕事ができる人というイメージから言っていたもので具体的な理由はありませんでした。
「過去の経験やスキル、自分に向いてることを全部まっさらにして岸谷くんが描く理想の人生はどんな人生?」と言われて、自分でもよくわからなくなりました。
僕はもともと医者になることを目指していました。その理由は「親に勧められたから」です。自分で決めたわけではなく、人に勧められたからです。結局、医学部には合格できずにすべる止めでうけた生物工学の学科に入り、そこで研究にのめり込み、研究者になりたいと思ったのです。
いつしか僕は人に勧められたレールを進み、自分にできること・できそうなことにしか取り組まなくなっていったのです。
こういったことは多くの人が経験することだと思います。今の職業を選んだ理由を振り返ると「親に勧められたから」「先生に勧められたから」「周りの友達で人気のある職業だったから」がきっかけだったりします。これは果たして本当に自分が望んでいる生き方につながっているのでしょうか?
目的が先、手段は後
改めて、どんな人生にしたいのかを考えたときに、
・年を重ねても成長し続けたい
・家族や大切な人を守れる収入がほしい
・自由に自分の時間を使いたい
・素敵な仲間と一緒に挑戦して目標を達成したい
こういったことが思い浮かびました。
その時にGさんに言われました。
「目的は変わらないもの、でも手段は変えられる。岸谷くんが大事にしているのは目的なの?手段なの?」
僕は目的(理想の結果)を大事にしたいと思いました。だったら手段はいくらでもある。過去の自分の経験や人に勧められたことで人生を決めてしまうのはもったいないと感じました。
目的=望むこと、理想の姿。
手段=目的を達成するための計画。
自分が理想の姿に近づいている感覚がなかったのは手段が間違っていたからです。
それから僕は目的に近づくために時間とお金を優先して使うようにしました。自分の人生は少しずつ良い方向に進み始めました。
つまり自由に生きていくために必要なのは「やりたいこと・自分に向いてることをやるのではなく、目的のためにやるべきことを選択する」ことだったのです。
25歳の時の僕は自分のやりたいこと(研究)を選択していたので、目的である「年を重ねても成長し続けたい」「家族や大切な人を守れる収入がほしい」「自由に自分の時間を使いたい」「素敵な仲間と一緒に挑戦して目標を達成したい」に近づいていなかったのです。
目的を達成するための手段は必ずしも自分のやりたいことではないかもしれません。僕もやりたくないこともやってきましたし、今でもやってます。
でも、自由になるためには不自由さを感じながらやらなければいけないことがあるということがわかりました。
自由になりたいのか、自由にやりたいのか、その順番によって人生は大きく変わります。
僕は自由に生きるためにやるべきことを選択して豊かになります。