就労弱者を知っているか。Vol.2
「制度の狭間」という社会問題
現在、日本の医療・厚生・福祉の世界では、多種多様化する社会問題を要因とする生活困窮者のための様々な公的支援措置(セーフティーネット)が施行されています。
それは、私の主戦場である労働市場もよろしく、就労に困難な求職者向けの支援や、障害者雇用を軸とした、使用者に対する援助策など、双方に様々な制度設計がなされています。
当然ながら、私も必要に応じてセーフティーネットに関する情報をクライアントに紹介する機会も多く、然るべき支援を受けることが出来て安心していただいたというケースも多く経験してきました。
しかしその反面、支援制度の要件に該当せず、必要な支援を受けられないという「制度の狭間」に置かれる若者にも、多く出会ってきました。
私は、そういう若者のことを、「就労弱者」と表現しているとうのが、前回お伝えした内容でした。
就労弱者は、見た目には非常に分かりにくい発達障害や精神疾患、またはその疑いがある若者の可能性が高く、本人は違和感を抱いていても専門医の診察を受けていないため、就労に向け専門的な支援の必要性があっても、その制度を使えないというケースは、決して少なくないのですが、このような現状はあまり一般には知られていないように感じています。
最近では、「発達障害」という言葉自体は、その認識に差はあるにしても、広く世間に知られてきたと思いますが、就職においては未だ大きな壁が立ちはだかっています。
例えば面接の場面で、「私は発達障害者ですが…」などと話した途端に、面接官が固まるというのが、今の就職市場の実情です。
どんなに有名タレントが発達障害だとカミングアウトしたとしても、歴史上の偉人の中には発達障害者が多いという事実をTVが放映したとしても、日本の就職市場だけは、未だに発達障害者への理解不足が解消せず、偏見や差別が横行している、というのが私の認識であり、少なくとも私が出会う若者は、そういう体験をして離職した、または就職できないという理由で相談にやって来るのです。
そして、就職や転職に向けての支援が始まる段階で「制度の狭間」という問題にぶち当たる、というわけです。
「制度の狭間」とは、発達障害の疑いのある人、精神疾患の疑いのある人、さらに難病にもかかわらずその症状が軽度な状態、または難病指定されていない原因不明の病気を患った人、さらには、複雑な家庭環境の渦中にいて経済的にも困窮している人など、様々な要因により就労や生活に困っている人が、必要なセーフティーネットの要件に該当しないため、いくら希望してもそれらを受けられない状況に陥ってしまうという社会問題のことです。
聞きなれない言葉だと思いますが、こういう問題があることは、たとえ支援に携わる人でも、その実情を知る人は少ないと思います。
実は、制度の狭間に置かれる可能性のある人は老若男女を問わず、いつでも誰にでも起こり得る、身近な社会問題です。
実際に、2020年2月頃から大流行した新型コロナウィルスの感染拡大に伴う数度の緊急事態宣言や蔓延防止措置の影響で、私たちの働き方や生活様式は一変しました。
その中でも飲食業、旅行業、販売サービス業など、人流に直接影響を受ける業界とその関連業種に従事し非正規雇用で働いていた人の大半は、一挙に生活困窮者に追いやられたのです。
当然ながら、国や自治体も救済のための措置を矢継ぎ早に打ち立て、次々に施行して来ましたが、やはり規定を設けている以上、そこには必ず数量的な境界線と、複数の要件というものが設定されます。
そして、中にはそれらの要件に満たないという理由で「制度の狭間」に陥る人たちも大勢いると予想されます。
パンデミックでなくとも、震災や自然災害など、過去にも似たようなケースは沢山ありますが、このように、自身の力が全く及ばないところで起きた現象であっても、気が付けば自分も「制度の狭間」に置かれているということは起きうることを、まずは認識してほしいと思います。
制度の狭間という社会問題は、セーフティーネットの範囲に比例するので、広範囲に及びます。
そのため、これ以降は、“就労に関する制度の狭間”という観点に絞って話を勧めます。
ここで、前回紹介した「就労弱者の位置付け」の図をイメージしていただけると、より分かりやすいと思います。
前回も触れましたが、就労において、福祉制度の利用を希望する際の要件は、やはり「障害の有無」が決め手となります。
前回は、まず「診断の壁」があるという話でしたが、今回は「障害者認定の壁」に近い話しです。
現在、障害は、身体障害・精神障害・知的障害の3つの分野に区分されており、それぞれに詳細な判断基準が設けられ、その度合いによって受けることのできる支援内容も詳細に設定されています。
そして、障害を持つ人も、そうでない人と同じように職業選択の自由と就労の機会を得る権利を保障することを、事業主や公的機関の責務として制度化されたのが、1960年に施行された「身体障害者雇用促進法」です。
障害者を取り巻く日本の労働市場は、この法律をセーフティーネットとして進められ、障害者が働きやすい社会の実現を目指して来たのです。
その後1976年には、それまで努力義務だった法定雇用率は、実際に達成すべき義務に改正され、それに合わせて雇用給付金制度が設けられました。
この制度は、障害者の法定雇用率を達成していない企業から納付金を徴収し、それを財源として、障害者雇用に積極的な企業に調整金や助成金を給付するというものです。
これを機に、法定雇用率の義務化と雇用給付金制度は、現在の障害者雇用促進法の基本骨子になっています。
そして1987年には、身体障害者雇用促進法は、「障害者雇用促進法」へと改名され、その対象となる障害者の種類も拡張されます。1998年には知的障害者、そして2018年には精神障害者が、この法律の適用対象となったのです。
さらに、2016年4月から、障害者差別解消法により「合理的配慮」の義務化も始まっています。
今後も社会状況の変化と共に、障害者を対象とする法律の改正は続いていくことが予想されます。
他方では、障害者の就労を、その障害の程度によって手厚く支援するための障害者福祉施設も多く開設され、その利用者も年々増加しています。
そして、福祉労働とよばれる働き方や、長短時間労働など、障害者が社会参画する機会と場所も増えており、その恩恵を受ける障害者も大勢いることも事実です。
しかしながら、先ほどと同様に、そこに規定がある以上、やはり要件というものが設定されます。
つまり、要件に満たない人は、どんなに希望してもそれらの対象にならないことを忘れてはいけないと、私は思うのです。
ではなぜ、要件に該当せず、制度の狭間に置かれてしまう人がいるのでしょうか。
発達障害の疑いのある若者を例に説明すると、幼少期から違和感や困難さに悩んで来たため、専門医院で検査を受けたとしても、複数の診断基準の中でいくつかを満たしているだけでは不十分で、全て満たしていなければ、発達障害という診断がなされません。
したがって、障害者には認定されないのです。
しかし、その若者にとっては、幼少期から抱えてきた困難さがあることに変わりはないので、今後の生活や働いていく上で、障害者雇用をはじめ、相談や支援を受けたいと願っても、障害者向けの専門性の高い公的支援を受けるための絶対的条件である「障害者である」という要件に該当せず、一般の人と同じ扱いになるのです。
そして、一般の人が利用するハローワーク等の相談窓口で就職に関する困り事を聴く相談員も、その若者の抱える問題を詳しく知るほど、この人は専門機関にリファーするべきではないか、と考えるようになるのですが、やはり要件に該当しないため、それも出来ず、どうしたものかと頭を抱える事態になるのです。
こういう状態になってしまうケースを、「制度の狭間に置かれる」と表現します。
さらにこの問題を深くしているのが、そういう人は、健常者と同じように働く一般就労しか選択肢がないという現実です。
他にも、精神障害の疑いのある人や、軽度の症状しか現れない難病患者も、やはり障害者に認定されなければ、一般の人として就労するしかありません。
もともと困難さを抱えていると自覚している人にとって、そうでない人と同じように働かなければならない職場は、私たちの想像をはるかに超える辛さを伴います。
それが、制度の狭間という社会問題の深刻さだということを、認識してほしいと思います。
次回は、「障害者になることの是非」ついて述べます。
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