今更ですが佐々木康彦はこんなフリーランスです
飽き性でたいへん申し訳ないのですが、久々の投稿はこの件。
EX風林火山 IKUSA-2024 SSP決定戦-決勝進出!
いやまあ自分が驚いた。こんな大チャンスに巡り会う機会が来るとは。
ただ「誰やねんこのオッサン」と思っている方も多いでしょう。
というわけで、フリーランスで47歳までうっかり生きてしまった私の身上書を。
もしよろしければお仕事ください。本当に。本当に!本当に!!
佐々木康彦
北海道札幌市出身
1977年1月7日生まれ・AB型
北海学園大学人文学部日本文化学科卒業
●クイズ
3歳のときから好んでクイズ番組を視聴(最初に観たのはスーパーダイスQ)。
若い頃はクイズ番組にもいくつか出場し、テレビ・ラジオで優勝2回(拡大解釈気味)、獲得賞金賞品はあわせて60万円程度。
25歳の頃からクイズ作家業も始める。高校生クイズなどのテレビ番組やクイズゲームの問題作成を請け負う。
あわせて大小様々なクイズイベントに携わる。自身で立ち上げた「不正解は即失格」のイベント『BAD』は様々な面のクオリティにこだわり、有り難いことに評価をいただけた。
また学生No.1を決める大会『abc』にも、2010年頃まで深く関わる。
2014年12月からニコニコ生放送にて、オリジナルクイズ番組専門「クイズLIVEチャンネル」に携わる(現在はYouTubeでも配信)。
不正解は即失格の早押しサバイバル『LOCK OUT!』は放送回数200回を超える長寿クイズ番組。ぜひ一度ご視聴ください!
2022年からは全日本クイズリーグ「AQL」の会長に就任。実施するだけでも大変なイベントをどう動かしていくか頑張っている。
●麻雀
そもそも点数計算もろくにできなかったが2010年頃から家で観られるようになった「MONDO TV」の影響でのめり込み出す。
2013年に「最高位戦日本プロ麻雀協会」に入会(38前期)。
リーグ戦で最高でB2に上がるもその後降級、
家庭の事情もあり2024年からはリーグ戦を欠場しタイトル戦・オープン戦の参加をメインにする。
2024年7月、EX風林火山「IKUSA」の決勝に進出。打ち手として最後のチャンスかもしれない。
一方、プロ雀士になったことでクイズの経験を活かそうと「スリアロチャンネル」に売り込み、
2014年にプロ雀士によるクイズ番組を立ち上げる。これがまあまあヒットし、前述の「クイズLIVEチャンネル」立ち上げに繋がる。
またクイズ作家として「近代麻雀」からもオファーをいただき、『麻雀最強戦』の幕間でクイズコーナーの問題を担当したり『近代麻雀』の付録で雑学クイズを大量に作成したりする。
麻雀とクイズを本格的に絡めた番組を作りたかったが、2019年に念願の『闘牌列伝クイズ王祭り』をスリアロチャンネルで配信。2023年には第2回も行い、有名クイズ王では永田さん、道蔦さん、古川さん、伊沢さん、プロ雀士はMリーグでおなじみの多井さん、松嶋さんなど豪華メンバーに出演していただいた。
一方、偶々ではあるが最高位戦の同期だった沖ヒカルさんがきっかけで漫画家の浜田ブリトニーさんが配信していたニコ生の麻雀番組に出入りするようになり、じんわりと実況のポジションを得る(その後、マックスむらいさんのニコ生チャンネルでも同様に実況のお仕事をいただいた)。
最近はめっきり実況をしていなくて寂しいが、伸びしろのある若い方を見て自分が出しゃばるものではねぇよなぁと実感。
2022年からは『クイズ勢の麻雀大会 Ron of 20XX』と題し、クイズが好きな人を主体とした麻雀イベントを不定期に開催。
毎回、素晴らしいゲスト・運営と多くの参加者に恵まれている。
●パチンコパチスロ
大学に入ってからあっという間にのめり込み出す。
インターネット経由で大手雑誌のライターさんとご縁もでき、
大学卒業後1年のプーを経てライター稼業をするために上京。
転がり込んだ某M誌では一時期結構なページ数をいただくも、
年々上手くいかないと感じ始めだんだんと縮小。
しかし後述の「クロスワード」が作れることがきっかけで、休刊まで10年近く1ページをもらい続ける。たまにクイズも作らせてもらう。
M誌の仕事が縮小する一方で、クロスワードの仕事の関係から某G誌とも接点ができる。
こちらは幸いなことに雑誌の凄く偉い方に気に入っていただき、徐々に仕事がいただけるようになる。
閉じかけた道に新たな光が…
そんな矢先に大事件が勃発、私を買ってくれていた方がみんないなくなる。
絶望しかない。
このころ、パチ系の仕事はほぼ諦めの領域に。
●クロスワード
作り方をクイズ王・長戸さんの著書でちょっと身につけていた程度ではあったが、上京後にパズル誌編集の先輩の伝手でクロスワード作成の仕事もするようになる。
気づけば22年、毎月必ず2本は作っている。
前述のG誌と接点ができたのも、「パチンコわかるパズル作家いる?」と声がかかったことがきっかけだった模様。
改めて思うが、2つ絡んだことで得られた仕事って結構ある。
こういうのってやっぱり大事。