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Sabel Hillsのアジアツアー中止について考える

セイブルヒルズという日本のヘヴィメタルバンドのアジアツアーが中止になりました。中国政府とタイ政府から入国許可が降りなかった、と。

Xリンク切れ対策として画像も

経緯を整理すると、過去に「731」という数字をプリントしたマーチャンダイズをリリースしていた、と。で、上記の公式発表画像によれば、「SlayerのUnit 731という曲にインスパイアされただけで詳しく知らなかった」とのこと。この曲ですね。

問題のマーチャンダイズがこちら。

分かりづらいが、黒地に青で731とプリント

で、たいていの方には「これの何が悪いの?」だと思います。僕も調べるまで忘れていた。

unit 731というのは731部隊、つまり第二次大戦中に中国で人体実験を行っていた部隊です。「石井部隊」「マルタ」「東郷部隊」と聞くと繋がる方も多いのでは。

で、これを9年前、2016年に出していた。それが問題となり(発見され)、おそらく中国のネット空間で炎上して(中国内のSNSは日本からは見づらいので推測ですが)当局が動き今回の入国停止処分となったと思います。

いや確かに、日本(加害者国)人がこういうマーチャンダイズ出していたらそりゃ怒られますわな。ドイツのバンドがナチ関連のグッズを出したらイスラエルから入国拒否喰らった、みたいなもの。

さらに言えば、このスウェット、「731」の他のデザインは「SS」です。SSはナチス親衛隊のこと。もう真っ黒なわけです。当人たちが意識していなかったとして(直接存じ上げないのでわかりませんが、おそらく本当にそんなことは意識していなかったと思います、単に「尖ったデザイン」だと思って採用した)、極右主義者だと思われることは間違いない。

そもそも、日本最初のハードコアパンクバンドの名前が「SS」なんですよ。

1979年の映像。由来はわかりませんが、多分「SS」はナチス。これ、リアルタイムで活動していたら今はそれなりに問題になりそうなバンド名です。ただ、当時の他のバンド名を考えると

ザ・スターリン
赤痢
死ね死ね団
猛毒

等々…

要は、こんなノリだったと思うのですよね。何か危険なキーワードとして使っていた。もちろん、スターリンの場合はきちんとそこに主義主張を載せて、「共同主義の幻想」とかをテーマにしていった。だから、「なぜわざわざソ連の独裁者名を日本のバンドが名付けたのか」に表現上の必要性が得られていったのですが、SSの場合はどうだったのかなぁ。結成年齢も考えると、学生バンド、あるいはそれに近いノリであり、そこまで深く考えていなかった可能性も高いと思います。

で、Sable Hillsについてはバンドの公式声明で「軽率な思い付きでとられたもので、それが何を意味しているのか誠に理解不足でありました」と書かれています。ノリだった、と。

9年前、2016年当時のことは逆に僕はあまりライブハウスシーンとか、ロック系ファッションに触れていなかったのでわかりませんが、2000年代初頭とかは確かにロックファッション(西新宿にそういう店がいくつもあった)の店にいくとナチっぽい紋章とかモチーフがあったんですよね。パンク、ハードコアの記号として機能していた。さすがに日章旗はあまりなかった気がしますが(国外に対して責任を感じていた、というより、右翼活動している人と間違われたくなかったのだと思う)、そこまで深い考えはなく「なんとなく反抗的、社会のタブーを恐れない=ロック、パンク」みたいな連想だったのだと思います。

こんな感じのファッションが普通に売っていた

ところが、時代は変わった。欧州では極右政党が台頭し、ナショナリズムの分断が深刻化しています。昔から「既存の価値観、社会体制に反抗的な歌詞テーマを持ったバンド」というのはいたのですが、それがよりガチになったNSBM(National Socialist Black Metal)というジャンルも出てくる。社会主義、国粋主義的なテーマを持っており、ナチズムへの接近がみられる。これがだいたい1990年ごろから東欧を中心に広がっていきます。

さらに源流をたどると、1970年代後半からUKでRACというムーブメントがあります。これはRock Against Communismの主義で「反共産主義」を掲げたムーブメント。1978年にイギリスの極右政党「イギリス国民戦線」によってムーブメントとして注目されました。「反共産主義」だけだとそこまで問題がなさそうに聞こえますが、ここに「白人至上主義」「人種差別主義」も入ってくる。ナチズムの負の面と合体してしまったのですね。イギリスのSkrewdriverというバンドが著名。

ただ、Skrewdriver自身は「若者の失業など、社会問題に対して真剣に起こっていただけでナチズムへの傾倒はなかった」との説も。この辺りは本筋とは離れるので割愛しますが、下記に詳しいブログがありますので興味のある方はどうぞ。

この辺りの歴史的経緯はブラックメタルにも近いものを感じます。最初はギミックとして「悪魔崇拝」「反キリスト」的なものが70年代、UKハードロックの中で出てきたけれど、80年代に欧州でKing DiamondやCeltic Frostといった「反宗教」「悪魔主義者」がよりシリアスな表現として行うようになり、そして90年代に入るとノルウェジアンブラックメタル、インナーサークルが教会への焼き討ちなど、実際にキリスト教への攻撃を行うようになる。一つの思想が熟成し、過激な若者たちがその思想を自分の行動の正当化のために用いるわけです。

ただ、こうしたムーブメントは自然発生的なものなので、別に誰か黒幕だったり中心的な組織があるわけではありません。同時発生的に、音楽スタイル、あるいは表現のトレンドとして発生する。その中にはシリアスな人もいれば、あまり深く考えずトレンドとして参加する人もいる、ということなのでしょう。「ヘヴィメタルは悪魔の音楽」というのが「ネタだろ、わかってるよ」だった70年代UKが、「本当に聞いた若者が自殺したじゃないか!」と訴えられる80年代US、そして「ブラックメタルは悪魔の音楽だ」と犯罪集団化した90年代ノルウェーと、この間には一切の直接的関係はありません。時代によって、人によって極端な人もいればキャラクターとして行う人もいる。たいていのミュージシャンは「表現のテーマとして」取り上げますが、一部活動家、思想家も出てくるわけですね。

ただ、そうした事件が起きると社会としてはそうしたジャンルの危険度を上げざるを得ない。ロシアがウクライナに侵攻する際「ウクライナではナチズムが蔓延している」的な理由もロシア政府は述べていたと記憶していますが、実際、ウクライナはNSBMなどが盛んだったのですよね。これはおそらく、「反共主義」が「反ロシア」の運動と結びついていたのだと思う。それがどれだけ白人至上主義、人種差別主義に結びついていたかは個々のバンドによって差異がありそうですが、ひとくくりに「NSBM、極右ムーブメント」がウクライナでも盛んだったのは事実。このメタルムーブメントはかなりアンダーグラウンドなものですが、音楽に限らずナチSSの制服を着た集団であったり、そうしたものがウクライナで発生はしていたようです。なので、NSBM的なものに対するシリアスさ、反発や危険視の度合はここ数年で跳ね上がっていた※。

そうした中でこうした国粋主義、人種差別(含む人権蹂躙)的な意味合いを含む表現を行うのはある意味燃え盛る中に突っ込むようなもの。このマーチャンダイズを出した9年前に比べても現在はこうした問題に対する国際社会の眼は厳しくなっているのでしょう。特に731については日本と中国が当事者ですし、神経質にならざるを得ない。タイミングが悪かったのでしょう。


先ほど軽く「ザ・スターリン」について触れましたが、彼らは「独裁主義者」の名前を冠した上で、そうした様々なものに対して反発してみせた。表現の一環として「スターリン」という名前に必要性を与えた。

Slayerにしても、Unit 731は上述した通り731部隊の歌だし、Reign In Bloodはアウシュビッツの歌です。だけれど、彼らはそれを表現的必然性として取り上げた。だから(今のところ)炎上はしていません。今回の件で言えば、表現の必然性があって行ったことなら良かったのでしょう。唐突であったし、また、その表現によって「NSBM、人種差別的バンドではないか」と思われてしまったのが悲劇。

Sabele Hills自体はそういう色合いは基本的になく、新世代メタルバンドの有望株だと思っています。本人たちからしても寝耳に水だったのだと思う。

教訓としては「表現として世に問う以上、意味について考え、主義主張を細部にまで込める」ということかなぁ、難しいけれど。これが今の時代にとって正しい結論なんだろうなと思います。

僕もこのブログを書いていますが、10年後とかに「お前こんなこと書いてたじゃないか」と言われるとなかなか厳しい。気は付けていますけれど。

この辺りがセンシティブになると戦争や紛争をテーマにしてきたメタルバンドはなかなか危ないですよね。昨今のキャンセルカルチャーもそうですが「かつてはグレーだったけどまぁ騒がれなかったもの」が「これはダメだろ」になる。Sable Hillsの場合は知名度の問題で「当時は知る人がいなかった」ということもあると思いますが、そうした過去のことまで掘り返されてキャンセルカルチャーに巻き込まれる。この当時、中心メンバーは21歳とか19歳ですか。ある意味黒歴史的な感じなのか。


僕はこういう事例を見たとき、最近はベルサイユ宮殿を思い出すことにしています。

ベルサイユ宮殿ってトイレほとんどないんですよ。知っていますか? ないわけではないんだけれど、当時の人数に比べて明らかに少ない。なぜか。

それは、基本的にトイレという習慣がなかったからですね。そこらへんで行った。庭にはさまざまなものが落ちていた。本当ですよ、調べて下さい。このころのヨーロッパはトイレの習慣もないし、入浴もキリスト教的に「裸は良くない」のでなるべく避けて沐浴。匂いは香水でごまかす。女性の幅の広いスカートは外で用を足しやすいようにです(ちなみにローマ時代までさかのぼると上下水道があった、一度破壊されちゃったんですね)。

で、たとえば当時のフランス貴族が今の日本に来たとしますよね。なんらかのタイムスリップで。当時最高の知識階級です。宮廷作法とかもしっかりしている。その人に「トイレに行ってください」というと、多分怒られるんですよ。「風呂に入ってください」も「何を無礼な!」となる。

何が言いたいかって、常識って時代と場所で変わるんですよ。ベルサイユは極端な例ですけど、本質はそう。それにあんまり逆らっても仕方ない。中世の貴族がいくら「無礼な!」って言っても、今の日本だと体を洗ってもらわないといけないし、どこででも用を足したら捕まります。理不尽だなぁと思うけれど、そういうものでしかない。そこは理屈じゃないんですよね。あとから「なぜそうなったか」を研究することはできるけれど、未来はわからないし、今現在「なんで急にこうなったんだろう」は推測しかできない。その変化が急か、一定の時間を置くかということも予測できなくて、変わるときは一気に変わる。変化には理由と経緯があって、基本的に世の中は良い方に変化している(と僕は考えている)から適応していくべきなんですが、過去の自分は変えられない。

もちろん、立場が変わっても変わる。今回の例で言えば、完全インディーズだった20歳そこそこの時に将来アジアツアーに行った時に自分たちがどう見えるか、海外の世論や温度感ということをリアルに想像できたか。理想論としてはその時から気をつけるべきでしょうけれど、かなり難易度の高い要求だと思います。

だから、気を付けていないといけないけれど、気を付けていてもどうしようもない、疑ってもいなかった前提が変わってしまうと、どこまで気を付けなければいけないのかすらわからない。「その時代、立場にいないと分からないこと」はたくさんあります。変わっちゃったときは運が悪かったと思うしかないのかなとも思います。多分どうにもならない。

ちなみに、今回のSable Hillsに関する英語圏の反応の一例。

https://www.reddit.com/r/Metalcore/comments/1icst36/sable_hills_cancel_tour_in_china_due_to/

・731と一緒にSS?これはダメだね
・中国はちょっと反応が極端すぎないか
・Sabel Hillsは好きだけど、ぶっちゃけこのグッズは狂ってるわ

等々。

ただ、ポジティブに考えるとこうした炎上って過去ビートルズがさんざん経験したことなんですよね。世界中で炎上した。USでは不買運動を起こされ、フィリピン(だったはず)では警察に追われ、各地でけっこうひどい目に合っている。その結果「Love And Peace」にたどり着いたから「頭お花畑のラリッた20代の若者の戯言」を越えて、なんだかこの世の真理みたいな妙な深みがある。この炎上をどのように表現にしていくか。そういう物語が、バンドのストーリーと深みになっていくんだと思います。

それでは良いミュージックライフを。


※なお、私の東欧ブラックメタルシーンの理解については「東欧ブラックメタルガイド」に拠っています。




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