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祖母の三味線

いつか子供たちに話してあげたいので忘れない為に記したいと思います。
ちょこっと長めですがお付き合い下さいませ。

この正月、家族で私の実家へ挨拶に行った折に聞いた父方の祖母にまつわる話し。

そんなに大層な話しではないけれど…
亡くなった祖母が京都で使用していた三味線の話しです。

ちょこっと不思議。


みなさん、目に見えない何かの導きを感じたことはありますか?

◈…◈…◈

「おまえに話したいことがあるんだ。」
幾分ワインが効いてきた父がニコニコ&ウズウズしながら話しかけてきた。

なんでも父は昨年亡くなった叔母(父の妹)から、預かっていたというのか譲り受けていたというのか、そのあたりはよくわからないが父は祖母の形見「三味線」を持っていたとのことだった。

私は三味線に詳しくないのだが、いくつか種類があるらしい。形見の三味線は棹(さお)が細い三味線。張っていた皮は破れた状態だったが猫の皮だったそうだ。

形見とはいっても父も今年で83才。自分がシルバーで働けているうちに皮の張り直しはしておきたかったそうだ。その上でこのまま持ち続けるよりは破れた皮を張り直して売ることを選んだ。

おそらく、その上で売るかどうするかは改めて考えたかったのだと私は思った。

三味線修理のお店に連絡をして張り直しの値段を聞き、予約はしなかったが近いうちに行くことだけは約束したそうだ。
父は張り直しに10万はかかると考えていたが、お店は5万を提示してきたらしい。父はあまりの安さに疑問を感じたようだった。

私はスマホで三味線について調べてみた。
現在、三味線に使われてる皮はいくつかある。皮の種類は、 猫皮(よつかわ)、犬皮(けんぴ)、合成皮の三種類。まれにカンガルーなどの動物の皮も使用されることがわかった。

猫皮(よつかわ)は猫のお腹の皮を使用し、一匹につき三味線一丁分しか作ることができない。その為、とても高価だという。

父は三味線といったら猫皮を考えていた。しかし、お店が提示してきたのはおそらく犬皮や他の皮だったのだろう。何しろ父は三味線については深く話してなかったようだし…。

◈…◈…◈

形見としてある祖母の三味線は京都で使われてた三味線だ。
棹(さお)は細く、糸巻きの素材は象牙。
分かれている棹を繋ぐ部品部分には金が使われていた。
(三味線はギターとは異なり、管楽器の様にいくつかに分かれている)

素人が使うものではない。
祖母の三味線は明らかに高級品だ。

その昔、祖母は山本五十六の前でこの三味線を奏でたという。

そう、あの太平洋戦争のきっかけとなった真珠湾攻撃を指揮したあの歴史上の人物、山本五十六だ。

私の祖母の家は京都舞鶴で置屋を営んでいた。祖母は芸妓さんになる為に和楽器や舞踊を習い育てられたそうだ。三味線を奏でる手は大切。炊事などは一切教えられずに成長したらしい。

祖母は祖父と結婚するまでは芸妓として三味線を奏でるプロだった。そんな昔話しのある三味線だ。

◈…◈…◈

父はある日、近いうちに行くと告げていた三味線修理のお店へ向かうことにした。

東京にあるその店に向かう途中の電車で偶然にも父は懐かしい友人に出会った。父の生まれは東京の下町。その友人は地元の魚屋さん。

昔、父の小学校の同窓会に私も連れられて行ったことがあるが、多分その時にいた婦人だろう。流石に顔までは覚えていないが。

生前、父の両親と魚屋さんの両親は仲が良かったそうだ。電車で偶然に出会った幼馴染みの魚屋さんが祖母から三味線を習ったことがあったのかどうかはわからないが、魚屋さんの息子の奥さんが三味線を奏でるので、ぜひお嫁さんに見せたい!と言うのでお店に行く前に立ち寄ることになったそうだ。

初めて会った魚屋さんのお嫁さんは、父の持って来た三味線を見るなり笑顔になったそうだ。

「とても良いものですね。」

見惚れてしまうほどの三味線だったようだ。彼女はすでに自分の三味線を三丁持っているが自分で購入したものやヤフオクで購入したものなどで、良いと思う物はやはり高級品で手が出なかったそうだ。演奏する上で満足いく三味線をまだ持っていないお嫁さんにとって、祖母の三味線はどれだけ魅力的に映っただろう。

「ぜひ、この三味線を譲っていただけないでしょうか?」

父は皮の張り直しの話しはしていたが、その後に売りに出すことまでは話していなかった。

「今度、京都で演奏会があるんです。ぜひその席でこの三味線を弾きたいので、どうかお願いします。皮は私が張り直しますので…。」

京都…

父の胸の中でこの言葉が響いた。

私もこの話しを聞いた時に「京都」この言葉に何かを感じた。かつてどれほど華やかな席でどれだけの曲をその三味線は祖母と一緒に奏でてきたのか。

「ただ、ひとつだけ気になることがあるんです。実は…その演奏会には私の師匠も出るのです。そして、この三味線は師匠の三味線よりずっと良いものなんです!」

確かにお師匠さんより良いものをお師匠さんの前で奏でて良いものかどうか…きっと私でも悩みます。

父はこの方に大切な三味線をその時点で譲ることに決め、行く約束をしていた三味線の修理店名と自分の名を伝えれば大丈夫なことを告げて帰って来たそうだ。

皮は…猫になるか犬になるか、はたまたカンガルーになるのかはわからない。しかし、その三味線はまた京都へ帰ることができる。

祖母と三味線の願いと共に・・・


◈…◈…◈

私に話しくれている間、父は終始笑顔だった。よほど縁を感じたのだろう。それを娘と共有できることが嬉しかったのだと思う。

私は一連の話しを聞いて感じたままに伝えた。

「三味線が自分で行きたいところを選んだんだね。良かったね♫」

笑顔の父の目には涙が浮かび上がってきた。その笑顔のまま涙がポロポロポロポロ…

大好きな母の形見。
手放してしまった淋しさ。
おそらく後から押し寄せてきた他人に譲ってしまったことへの後悔。
祖母と関連のある方の下へ譲られていったことへの喜び。
口にこそしなかった胸の中に積め込まれていた様々な想いが、これで本当に良かったんだと安堵と共にポロポロ溢れてしまったようだった。

新しく皮を張り直した三味線がどんな音色を奏でるのか聴いてみたい。父もそう思ったがあえて口には出さずに帰って来たそうだ。


いつの日かまた導かれて、あの三味線の音色に触れることができることを願います。


2022/1/16 sun

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