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「理不尽なニヤニヤ」


人生は理不尽の連続だ。

社会に出て上司から受ける仕打ちだったり、ふと入ったお店で自分だけおしぼりをもらえなかったり、人それぞれだろう。

僕は明確に理不尽というものを覚えた日がある。

あれは小学5年生の頃だ。
8月だったと思う。

地元の少年野球チームに所属していた僕はセンターでノックを受けていた。真夏のグラウンドでの暑さは拷問以外の何物でもない。膝に手をつき肩で息をしながら次の打球を待っていると陽炎の中でバットを振っているコーチの口元が動いている。僕に向かってコーチが何か言っているようだ。

「ニヤニヤするな!」
コーチの怒号が僕の耳に届く。

「はい!」

してないけどなあと心の中で小さく反抗するが、精一杯返事をする僕。
そして、気を取り直して次の打球を待つがまたもコーチの怒号が飛ぶ。

「ちょっとこっち来い!」

訳も分からずバッターボックスに走っていくとコーチの言葉が追い打ちをかける。

「ずっとニヤニヤしてどういうつもりだ!」

灼熱の中、ノックを受けている僕は表情筋を緩める余裕はない。
コーチ自身も額から大粒の汗を垂らしながらその文言を口にしているのだからそんなことは分かるはずだ。
一体全体何を言っているんだ。

すると突然、お尻に強烈な痛みが走った。
何が起こったのか分からず呆然とコーチを見つめると怒りと汗を滲ませたコーチの表情筋が強張る。

「グラウンドで笑うな」

スパイクの土を落としながらコーチが言った。

笑えねえよ。
一生懸命ノックを受けてるんだから。
仮に笑っていたとして蹴るか。
コーチの虫の居所が悪かっただけじゃないのか。
まだお尻がジンジンする。
言い訳でもなんでもなくこのニヤニヤ顔は
笑顔の素敵な母親の遺伝である。
誇りに思っているぐらいだ。
僕のニコニコはニヤニヤなのか。
いやそもそも笑ってないけど。


なんだこの気持ち。



理不尽だな。




今でも鮮明に思い出せるほどには
当時の出来事は僕にとって思い出深い。


大人になって地元に帰ったときに
懐かしくなりグラウンドを見に行く。

「理不尽なことはなくなった?」

野球帽を被った小学生の僕がニヤニヤしている。

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