わからないことは聞こうよ
長く生きていると、いろいろなことを考えます。昨日、会社の人と話していていろいろと面白い話題があったんだけど、特に「あれ?」っていう気持ちになったのは、自分の生き方って誰かに習ったかということだったんです。
親に育てられた中で習ったということはあるかもしれないけど、「○○の時はこうするんですよ」ということの大半は、習っていないと思うけど、とりあえず生きてるなと思ったんです。
仕事をどうするか、資格を取るための勉強を自分でする時どうするか、休みの日にどう過ごすか、これ、全部自分で決めてますよね。わからないことなんて、今までたくさんあった。役所の手続き、会社の手続き、子供のこと、インターネットがない時代でも、人に聞いたり、調べたりしながら対応してきました。いまなら、インターネットで調べられるのだけど。だから両親がいなくてもちゃんと自立して生きていけているということです。若い時は、両親に頼って助けてもらったりしたけれど、いまは、両親のように掛け値なしに助けてくれる人はそういませんから。そうやって、いろいろと経験して成長していくんですよね。私の場合は、まだまだかもしれませんが(>_<)
なぜこんなことを考えたかというと、最近、人に質問をするということを極端に嫌がる人が目立つなと思っていて。これz世代に多いと思います。これだけネット世界に生きていて、オンラインゲームなどの世界は全く問題ないのだけど、実際に電話、Webツールの通話などを使っての質問が苦手な人が多いと感じるのは気のせいだろうか。すくなくとも弊社若メンバーには複数名います。昭和なことを言うと、「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」って言われて育ったので、「あー聞こうかな、聞くのやめようかな」なんて悩む時は、頭に必ずこの言葉が浮かびますが。今は、そんなことないんですかね。一瞬緊張するけど、聞かなければ自分が困る時間が延びるわけで、自分しか苦しくないのです。だから、聞いた方が良いのです。だけど、なぜ聞きづらいのか・・・相手の問題?うまく話せないから?なんて言葉で表現したらよいかわからないから?相手が忙しそうに見えるからの気遣いとか配慮な?、それとも質問をしたら叱られる?などなど考えたらきりがないぐらいの理由がでてきますね。本当のところはどうなんだろう。で、聞けないから仕事に詰まり、できないから納期に送れるという考えたらすぐ分かる方向にことが進んでしまうのです。良い方法には進まないのだから、自分の精神衛生上もやっぱり、質問をして、不明点を解決することが大切だと思うんです。おそらくこれができない理由がある。人それぞれかもしれないけど、でも聞いたらわかることってあるとおもう。自分のわからないことを聞く味方を作っておくこともビジネススキルの一つだと思う。もちろんなんでも聞いて済まそうというのは自分のためにはならないけど、どれをどう聞くかということができるようになれば、本当に仕事は進むと思います。仕事だけではなく、生活面でもとても助かると思います。
ちなみに、私は、はじめてのこと、ネットで調べてちょっと複雑そうなこと、やっぱりプロに聞いた方がうまくできると思ったことは迷わず聞きます。いまだと、分野ごとに、税務関係は税理士さん、労務関係は社労士さん、契約書関係は司法書士さん、なにか法的に困ったことは弁護士さん、システムなどで困った時には会社のエンジニア、PCの操作やちょっとした調べ物は、インターネット、最近はChatGPTも使っています(^.^)役所関係は、迷いなく役所に聞きます。「餅は餅屋」って、よく言ったもんで、プロに聞くのが一番勉強になるんです。私が好きな言葉で「我 以外は皆 我師なり」という言葉があります。吉川英治氏が著書『宮本武蔵』の中の宮本武蔵のセリフです。自分の勉強の幅が確実に広がると思います。実はわたし、この言葉大好きなんです。若いころは勘違いしていて、自信のない私のための言葉で私がわかることは、みんなわかっていて、私だけが分かっていることなんて世の中にないと思っていました(>_<)
成長とともにこの言葉の意味がわかり、大切にするようにしています。自分の世界を広げる言葉ですね。私は、知り合いであるか内科に関わらず、本当に周りに存在する人に様々なことを学ばせていただいていると感謝しています。この考え方、お勧めです!