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【汚れた手をそこで拭かない】苦虫を噛み潰した気持ちになる短編集【小説感想】

面白かった!1日で読み切ってしまった。
4.2/5.0

短編小説5本が載った文庫。
ただ運が悪かっただけ/埋め合わせ/忘却/お蔵入り/ミモザ

どの話も「自分もこういう考え方をしてしまうかも」みたいな嫌なリアリティがある。過去の過ちをずっと引きずってしまったり、小さなことから嘘をついて雁字搦めになってとり返がつかなくなったり...

ジャンルはミステリーとのことだが、大きな謎があったり探偵がいたりはしない。生活の中の些細な「嘘」を突き通せるのか?とか、ある嫌な出来事の真相が明らかになったり...という感じ。
前述の通り、全編人ごとと思えない生々しさがあり、苦虫を噛み潰しながら読んでいる気持ちになりつつ続きが気になり読む手が止まらなかった。

以下、各編のあらすじと感想と分析
(ネタバレあり!!!!)

■ただ運が悪かっただけ
借りた脚立から落ちて死んだ人と、脚立を貸したことを後悔する男、死の真相を暴く妻

あげた脚立のせいで死んだ...のではなく、死にゆく娘から試されたという真相。テーマとして死ぬことに必然的な理由なんてない、というのがありそう。落ちて死んでしまったおじさんの「なんで俺が」と、余命が短い「妻」とおじさんの娘の対比が綺麗。

■埋め合わせ
プールの水を大量に流してしまった教師が、その事実をどう誤魔化すか奔走する話

起承で主人公がプールの水を流してしまったのを隠蔽するため試行錯誤する→他の先生にバレるが口裏合わせてもらえることになる、転結でその先生に自分が利用されてしまう。ミスを隠蔽する動きは誰しも思い当たる節がある中で、人のミスを利用する狡猾な怖い奴に衝撃を受けた。読み手として、初めは嘘で雁字搦めになる主人公を冷ややかな目で見ていたが、最後に利用されてしまうところは「やられた...!」と思い主人公に同情してしまう。

■忘却
電気停止通告を隣人に渡し忘れたせいで、隣人が熱中症で死んでしまったことを気に病む男と、その真相の話

この話が一番衝撃的だった。着眼点が凄すぎる。
支払い書をめんどくさくて放っておく、というのは多くの人が心当たりあると思うが、そのせいで隣人が死んだ...というところに繋げる発想がすごい。伏線として記載額が安すぎる、最終通告が来るまでなぜ放置したのか、のような伏線の種が、最後のオチに繋がるところが気持ちいい
通告の紙を渡すのを忘却することから始まり、隣人が盗電してること自体忘却していたのだろう、で終わるのが綺麗。

■お蔵入り
殺人を隠す映画監督と、なぜか偽証をする女の子の話

前の3本に比べて衝撃は少なかった...。
話の核心としては「なぜ宿のスタッフは偽証をするのか?」なのか...?過去映像を見るところらへんで(こんなことされたら肉まんちゃんは絶対テレビ嫌いになるだろ)と思いながら見てたので、特に結末に衝撃はなかった。
監督が役者を殺すまでや、犯行時の描写はすごく生々しい人間が描かれていてとても嫌だった(いい意味で)
自分の作品をお蔵入りにしたくない監督と、自分の嫌いな俳優をテレビから消したい(お蔵入りにさせたい)女の子の対比は綺麗。

■ミモザ
軽い気持ちで元カレにお金を貸してしまい、ズルズル元カレに漬け込まれる女の人の話

これもストーリー展開というよりは人間の描写に重点が置かれている気がする。過去のアツい恋愛に引っ張られて少し隙を見せたが最後、そこに漬け込まれ後戻りできないところまで行ってしまう....というのがありそうで怖い。一つ一つの判断は「そうなっても仕方ないよね...」というものだが、雪だるま式にとんでもない状況になっている...。テーマとしては2本目の「埋め合わせ」と近い感じもした。
話の最後の「異常を感じているが、平静を良しとして特に触れない」という夫の動きも、すごく嫌悪感がありつつ自分にも思い当たる節があってすごく嫌な気持ちになる(いい意味)
ことが荒れないように異常を隠してしまう妻側と、明らかに異常に気付いてるのに何も言わない夫側の対比。

全編、今までにない読み味、テーマ、人間描写で大満足でした!

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