23/01/03 夢野久作完全攻略・序

はじめに

初めて読んだ夢野久作は、ご多分に洩れず、『ドグラ・マグラ』でした。
そして二番目に読んだ夢野久作も、『ドグラ・マグラ』でした。

どういうことかというと、最初に『ドグラ・マグラ』を読んだ時は途中で挫折したんですよ。
有り体に言ってしまうとこの作品、すっげ〜〜〜中だるみするんですよね。
しかしそこを乗り越えると終盤が凄まじく面白いのもこの作品。2周目にしてようやくそこへ辿り着いたときには熱に浮かされたように没頭して一気読みしてしまいました。

そしてその後、高校から大学にかけて、多くのミステリファンがやるように僕も古本屋に入っては知っている題名や作者の本をひたすら買い漁るようになりました。
そうしたときに手に取ったのが角川ホラー文庫の夢野久作短編集『人間腸詰』でした。いま思ってもこの選集のラインナップは素晴らしいの一語に尽きます。傑作揃いのこの短編集を読んだ僕は確信しました。夢野久作は短編だ!と。

そうなるともっと読みたくなるのは当然の流れ。当時の僕はちくま文庫から夢野久作全集が出ていることを知り、ある目標を立てました。
それは「就職したら、給料で毎月1冊夢野久作全集を買おう」というもの。全11巻のこの全集を1年かけて買い集め、独り立ちした本棚に並べてやろうと思ったのです。
しかしその夢は叶いませんでした。僕が初任給を手にする前に、ちくま文庫の夢野久作全集は絶版になってしまったのです…。

前置きが長くなりました。
今回何をするかというと、夢野久作全集を全部読みます。感想も書きます。
これを志したのは、あの時のリベンジを果たすためです。
それと同時に「夢野久作という天才作家の作品が今こそ読まれてほしい」という思いもあります。僕が夢野久作を楽しく読んでは感想を垂れ流すだけの文にはなるかと思いますが、なにか少しでも新しい読書のきっかけになれば幸いです。

なぜ今、夢野久作か?

夢野久作を読み、勧める最大の理由は「めちゃくちゃ面白いから」なんですが、もう少し言葉を補ってみます。

この企画を思いついたとき、最大の動機は「『ドグラ・マグラ』で挫折してしまった人に、夢野久作には面白い短編がいっぱいあると伝えたい」というものでした。今でもこの思いは強いです。

でも夢野久作全集を読み進めるうち、「現代の読者こそ夢野久作を一層楽しめるんじゃないか」という思いが強くなってきました。

夢野久作全集を読むうち、夢野久作はこの一世紀の間で発明されメジャーになったミステリの様々な技法を先取りしていることに気づいたんです。夢野久作は天才です。
そしてその中には当時は先進的すぎて読者がついていけず正当な評価がついてこなかったのではないかと思われるものもあります。

かつて叙述トリックを使った海外作家の作品が許せる許せないと論争を読んだことがあるそうですが、今ではミステリ読みでなくても叙述トリックを知っていて、触れていて、受け入れています。叙述トリックの存在だけに振り回されることなく作品そのものを楽しめるようになっています。

それと同様に、この一世紀の間に偉大なミステリ作家たちが創意工夫を凝らし様々なミステリの技法を一般化してきたおかげで、現代の我々はそれに舌が慣れて純粋に楽しめるようになっているはずです。天才・夢野久作が遺した才気煥発の作品群を、現代の読者だからこそ楽しめる…ということは少なからず「ある」と感じています。
より具体的には、第8巻に収録されている「瓶詰地獄」でお話しできると思います。

作品の評価について

…と、夢野久作の先見性について現代の視点から大それたことを書きましたが、この「完全攻略」では、先見性そのもので加点することはありません。

今回、全集に収録された全タイトルについて5点満点で点数をつけながら読んでいます。

古典を読むときによく評価軸となる「先見性」や「歴史的価値」…後の作品に与えた影響等…については考えず、あくまで「いま目の前にあるひとつの作品としての面白さ」のみ見ています。
各巻の「解題」を読むと作品の書かれた時代的・文化的、ないしは作者の思想的な背景が書かれてあったりするのですが、ここではあくまで「趣味の読書として読んだときに僕個人が感じた面白さ」で採点しています。
当然他の人が読めば全く点数付けは変わるでしょう。あくまで僕個人の感想であることをご承知おきください。

攻略対象

今回はちくま文庫から出ている「夢野久作全集」を攻略対象とします。
この全集には夢野久作が別名義で発表した作品も一部収録されていますが、それらも対象です。逆にこの全集に収録されていない作品(別名義作品に一部あります)は対象外とさせていただきます。

開幕式は以上です!
以降は各巻の収録作のリストです。

1巻

白髪小僧
正夢
猿小僧
三つの眼鏡
青水仙、赤水仙
白椿
黒い頭
若返り薬
クチマネ
虫の生命
雪の塔
キキリツツリ
お菓子の大舞踏会
先生の眼玉に
雨ふり坊主
奇妙な遠眼鏡
オシャベリ姫
豚吉とヒョロ子
ルルとミミ

2巻

街頭から見た新東京の裏面
東京人の堕落時代

3巻

猟奇歌
あやかしの鼓
押絵の奇蹟
童貞
鉄鎚
怪夢
ビルディング
縊死体
月蝕
微笑
人の顔

夫人探索
奥様探偵術
霊感!
悪魔祈祷書
白菊
髪切虫
けむりを吐かぬ煙突
涙のアリバイ
黒白ストーリー

4巻

いなか、の、じけん
巡査辞職
笑う唖女
眼を開く
空〈くう〉を飛ぶパラソル
山羊髯編輯長
斜坑
骸骨の黒穂〈くろんぼ〉
女坑主
名君忠之

5巻

犬神博士
超人鬚野博士

6巻

氷の涯
死後の恋
支那米の袋
爆弾太平記
焦点〈フオカス〉を合せる
幽霊と推進機〈スクリユウ〉
難船小僧〈S・O・S・BOY〉
人間腸詰〈そうせえじ〉
ココナットの実
戦場

7巻

暗黒公使〈ダーク・ミニスター〉

8巻

瓶詰地獄
一足お先に
狂人は笑う
キチガイ地獄
復讐
冗談に殺す
木魂〈すだま〉
少女地獄

9巻

ドグラ・マグラ

10巻

老巡査
衝突心理
無系統虎列刺〈コレラ〉
近眼芸妓〈げいしゃ〉と迷宮事件
S岬西洋婦人絞殺事件
二重心臓
継子
人間レコード
芝居狂冒険
冥土行進曲
オンチ
斬られたさに
白くれない
名娼満月

11巻

所感
ナンセンス
江戸川乱歩氏に対する私の感想
涙香・ポー・それから
挿絵と闘った話
路傍の木乃伊
書けない探偵小説
探偵小説の正体
スランプ
探偵小説の真使命
甲賀三郎氏に答う
私の好きな読みもの
創作人物の名前について
探偵小説漫想
近世快人伝
父杉山茂丸を語る
梅津只円翁伝
謡曲黒白談
能とは何か
鼻の表現