25/01/20 【感想】味の台湾

焦桐『味の台湾』を読みました。

担仔麺に小籠包、臭豆腐、茶葉蛋、豆花…。台湾を代表する現代詩人が民間に根づいた食べものを題目に冠し、その味わいを綴る六十篇。

味の台湾 | みすず書房

台湾で働いていた頃、同僚が「高い食べ物でうまいものは世界中に色々あるが、安い食べ物なら台湾が一番うまい」と言っていました。1年間食べ歩きまくった僕も全く同感です。
台湾の小さな店や屋台で出される一品料理のことを小吃シャオチーと呼ぶのですが、本書はそんな台湾の食文化を形成する料理たちについての本です。

筆者は台湾を代表する現代詩人であり国立大学の教授でもあるのですが、講義を終えるといそいそと屋台や町の小さな店に行って食べ歩きします。本書の大きな魅力はメニューごとに「この店がうまい」とたくさん店名が出てくることで、筆者の豊富な食べ歩きの蓄積が存分にあらわれています。
僕が行ったことのある店も結構載ってて嬉しかったですし、同時に行ってみたい店もガンガン増えました。駐在中に読むべきでしたね…!

台湾のうまい店ってクチコミでどんどん広がるので、「このメニューならこの店」ってかなり住民の間で共通認識みたいになってるんですよね。僕も「どの店の雞肉飯が一番うまいと思う?」と聞かれて店名だけ言ってわかるのかなと思いながら「方家雞肉飯」を挙げたところ「あそこは自分も一番だと思う」と通じ合ったりしていました。
台湾の人はうまい店について話すのが好きで、仕事で行ったオフィスビルの受付でこの辺りのおいしい店を教えてほしいとお願いしたところ退勤して降りてきた人達が次々参戦して大盛りあがりになったこともありました

そんなうまいもの、うまい店について語るのが大好きな人達の中の頂点ともいえる人が書いた本なんだからつまらないわけがない。

「虱目魚〈サバヒー〉」の回の名調子なんて特に痛快で、

このあたりは台南人の台所で、早朝に起き出してまず「阿堂」に行き、五目入りの鹹粥に魚腸、魚皮、蝦仁飯(えびめし)などを食べる。(中略)あまり腹をいっぱいにしないほうがよい、阿堂の隣は「包成羊肉湯」だから、そこでヤギ肉スープを一杯食べてから出る。続いて散步しながら国華街まで行けば、「葉家小巻米粉」がちょうど開店するところなので、またまた小巻米粉湯を一碗食べれば、その一日が希望に満ちたものになるだろう。

焦桐『味の台湾』みすず書房

朝食をハシゴして食べるなんてご機嫌すぎる。台湾の大衆料理は一品が小さくて安いのでこれが可能になっています。ひとつの店で出すメニューは多くないかわりにハシゴができるってことか。こうなるともう町全体がフードコートみたいなもんですね。

そしてこれらの料理は庶民の食べ物であるがゆえにその土地の生活の歴史や移民の生い立ちなどを背景に透かしてみることができ、その説明には文化人類学的な興味もあります。
甜不辣ティエンブーラーという台湾ではポピュラーな食べ物があるのですが、これは魚のすり身を油で素揚げしたものです。いわゆるさつま揚げ。西日本ではこれも天ぷらと呼ぶそうですが、甜不辣の語源もまさに日本語の天ぷらです。日本の「天ぷら」も元はポルトガルから伝わった小麦粉を衣にして揚げるtemporasが由来であると考えると長い旅路ですね。
この魚のすり身をを揚げたものを南台湾では黒輪オーレンと呼ぶことが多いそうですが、こっちの由来は日本語のおでんだとか。そうか、さつま揚げだもんね。

また中盤以降、特定のメニュー、特定の店を語るときに筆者自身の人生が重なってくるのも読みどころです。
兵役で本島から遠く離れた金門島へ飛ばされていたときのことや受験に失敗して鬱屈していたときのこと、愛する人との出会いや別れなど様々な思い出が一杯一皿に交差します。このあたりの生活に根ざした文章は人と料理の関係性や食べ物の在り方のようなものを感じられて、滋味深いものがあります。

文中で名前を挙げられる店のほとんどはその美味を讃えられているのですが、わずかながら名指しで貶されている店もあります。そのひとつが、僕が台湾で唯一と言っていい嫌いな店だったので「ざまあみろ」と思いました。

僕は台湾に行く前のごたごたと出発日がずっと決まらないストレスで精神的にかなり参ってしまっていたのと、一人ぼっちの外国ということで渡航してすぐの頃はかなりコミュニケーションに腰が引けていました。
その腰引けの原因のひとつがこの店で。渡航4日目に行ったら、頑張って注文を伝えようとしても全然聞き取ってもらえなかったんですよ。けんもほろろな対応で、迷惑そうに聞き返されたりして。それでもうすっかりビビッちゃって口頭での注文が必要な店を怖がるようになっちゃったんですよね。

ただその後は同僚や美食、町の人達の温かさに触れて食欲と好奇心を取り戻し、むしろ隙あらば食べ歩きをするようになっていきました。注文にも言語にも慣れ、飲食店の注文で困ることはほとんどなくなりました。というか僕の台湾華語のボキャブラリーはほとんどが飲食関連です。

1年間の台北駐在の最終盤、再びこの店を訪れました。そして注文を試みました。すると…全然通らねえでやんの! 1年前同様めちゃくちゃつっけんどんに「は?」と聞き返される。
そうか…そうだったのか! この店が特別無愛想だったんだ! 僕はよりにもよって最序盤に台北で最も不親切な店に当たったんだ!!
呪いが解けたような、むしろ不運を呪いたくなるような。一番精神が弱っていたときによくも~。
そんなことがあったので、上述の「ざまあみろ」になったわけです。

ただ、この店で売られていた蛤蜊雞湯(ハマグリと鶏肉のスープ)は飲むと熱中症が治る不思議な効用があり、へばったときは何度かお世話になっていました。おそらく僕が偶然体質的に合っていたのだろうと思うのですが、少なくとも僕は「熱中症が治る瞬間」というものを初めて知覚したというくらいたちどころに治ったんですよね…。

ありがとう、龍涎居Plus 南港環球店!!