25/02/16 【感想】TwitterからXへ 世界から青い鳥が消えた日

カート・ワグナー『TwitterからXへ 世界から青い鳥が消えた日 ジャック・ドーシーからイーロン・マスクへ、炎上投稿、黒字化、買収をめぐる成功と失敗のすべて』を読みました。タイトルなっが!

GAFAMになれなかったTwitter――
2人の天才が翻弄した1つのプロダクトの物語

世界中で5億人以上が利用する「Twitter」。
140文字以内の短い投稿文とリアルタイム性で多くのユーザーに愛される一方、Twitter社の経営は常に赤字続きだった。
(中略)
Twitter社を巡る数々の買収話、ドーシーが目指したTwitterの本来の姿と手放したワケ、マスクの見せた買収直前の裏切り、そして就任後に社員を驚愕させた改革の数々。
青い鳥が「X」になるまでのバックストーリーを一挙に物語る。

TwitterからXへ 世界から青い鳥が消えた日 ジャック・ドーシーからイーロン・マスクへ、炎上投稿、黒字化、買収をめぐる成功と失敗のすべて(カート・ワグナー 鈴木 ファストアーベント 理恵)|翔泳社の本

あらすじも長いので中略してます。140字にまとめてくれい。

タイトルにあるジャック・ドーシーはTwitterの発明者、共同創業者。イーロン・マスクは言わずもがな、Twitterを買収してXへと改名した現CEO。
本書はTwitter(現X)というプラットフォームの歩みを新旧CEOたちの関与を中心にまとめたドキュメンタリーです。
僕もTwitterのヘビーユーザーなので、ユーザー視点で見てきた各種機能の追加や削除、凍結を巡るポリシーの変遷などの内部事情を知れるというのは興味深いのですが、それ以上に「SNSの運営のままならなさ」が強く印象に残りました。

個人的にTwitter、特にここ数年のゴタゴタを評価するうえで大事にしているのが「そもそもイーロン・マスクが買収する前からTwitterは全然うまくいってなかった」「そしてTwitterの不快のほとんどはプラットフォームではなくそのユーザーから生まれている」という二点です。

以前「イーロン・マスク ツイッター買収の波紋」というドキュメンタリー番組を見たんですけど、その番組は悪辣な経営者マスクという印象の押しつけが強すぎて上記の二点がないがしろにされていると感じました。
僕個人としてはマスク氏はSNSを運営するセンスが全然ないしついでにマスク氏のツイートもスベってると思っているのですが、でも今のTwitterのよくなさを全部イーロン・マスクにおっかぶせてしまっていては正しい評価はできないとも思うのです。

本書はその二点がしっかり抑えられていました。
どこまで本当はわかりませんが元はジャック・ドーシーとTwitterについてのみで本を書こうと取材していたところあの買収劇が起きたのだそうで、ジャック・ドーシー時代の(つまり買収前の)Twitterの紆余曲折…もとい迷走がかなりクローズアップされています。

この「買収する前から全然うまくいってなかった」点についてはツイッターがとにかくマネタイズに苦労していたということはもちろん、大統領選に際して放言の数々をどう取り締まるのかという問題は日本で見ていた印象以上に深刻なものだったようです。

また二点目のユーザーの民度の問題については本書がプラットフォームと会社の舵取りに焦点を当てていることから表立って取り上げられることはありません。ただ2016年にディズニー社によるTwitter買収が持ち上がったものの、その時すでに「人種差別的発言、荒らしと誹謗中傷、スパム行為など、ツイッターはインターネットで最も広く利用されている『悪の掃きだめの一つ』という悪評を得ていた」ことから買収が立ち消えになったことが書かれています。

ジャック・ドーシーはとにかくツイートの規制やアカウントの凍結をしたくない、自由にさせるべき、という考えの持ち主で、彼がイーロン・マスクと共感したのもその点だったそうです。しかしひとかどの巨大ITプラットフォーム企業として運営するためには投資や広告を呼び込む必要があり、そうなるとヘイトスピーチのたぐいを許すわけにはいかなくなる。ただひとたび規制に手を付けたが最後「ユーザーによる発信を選択できる立場」という巨大な責任を負うことになってしまいました。

本書を読んで、Twitterの道程はある問題を提起しているように感じました。
それは「下水道は誰が管理するのか?」という問題です。

クリエイティブなコンテンツが投稿されたり、ビジネスを促進したり、陽キャがつながったりするようなキラキラした上水道のプラットフォームは進んで投資され所有されます。しかし、そうでないアウトプットも発生します。掃きだめのようなアウトプットだって出てくるでしょう。それらを流す下水道は誰も持ちたがりません。
ですが下水道もまたインフラです。上水道と下水道は分かれていることに意味があり、上水道の水質は下水道の存在によって守られています。
本当の上水道と下水道であれば公共サービスにできるのですが、言論のプラットフォームは公有と相性が最悪なので論外。
掃きだめのTwitterなんてなくなっていいという意見もあるでしょうし共感もするのですが、現Xが障害で使えなると途端にBlueskyの治安が悪くなるのを見ると「下水道が壊れると下水があふれだす」と感じてしまいます。でもこの下水道の管理はいつまで続けられるものなのか…。
いわゆる外部性の問題であり、市場経済が解決することは困難な問題なのかもしれません。

実は本書ではジャック・ドーシーがこの問題の解決策でありTwitterが本来取るべきであった道であると信じるものが語られているのですが…それが何か、それをどう受け止めるかは実際読んでのお楽しみということで。

ちなみにこの記事を投稿してXにツイートしたら、即座にスパムアカウントからいいねがつきました。