25/02/06 【感想】ヒエログリフを解け
エドワード・ドルニック『ヒエログリフを解け』を読みました。
めーっちゃくちゃ面白かった!!
早くも個人的2025年ブックオブイヤー候補!
本書はヒエログリフ――"神々の文字"とも呼ばれた謎の言語――がどのように解読されていったかを語るノンフィクションです。
副題になっている「ロゼッタストーンに挑んだ英仏ふたりの天才と究極の解読レース」ももちろんアツいのですが、個人的に本書で一番面白かったのはヒエログリフという言語そのもの!数多の言語の天才がヒエログリフに挑んでは跳ね返されていくさまが描かれているのですが、「そりゃわからんよな」という説得力がすごいんですよヒエログリフ。
あえて極端な言い方をすると、本書は「ヒエログリフは体系立った言語で資料も多く残されているにも関わらず、なぜ言語の天才たちの挑戦を退け続けることができたか?」というミステリ的な面白さを多分に含んでいます。あ、ここからはヒエログリフのネタバレがあるので注意してくださいね。
ヒエログリフを初めて目にした研究者はまず左右どっちから読めばよいのかすらわかりません。ちなみに正解は「左右どっちから書くかは書き手が自分で決めて良い」です。縦書きでもいいそうです。もう難しすぎる。文中に出てくる人や動物の頭が向いている方が行頭になります。
こんな風に近代主流言語に慣れていると盲点を突かれるような難しさが次から次へと出てくるのですが、さらに古代の言語であるということそれ自体も解読を困難にします。
暗号解読であれば、解いて出てきた文章が意味の通らないものになっていたら「この解法は誤っている」と判断できます。しかしヒエログリフの場合は書かれている内容が解読時点でも意味が通るとは限りません。「天秤を用いて死者の罪を量る」とか「神官セトは青眼の白龍でダイレクトアタックした」とか意味のわからない文章が出てきたとしても本当にそう書かれている可能性があるのです。
また書かれている事物が既に無くなっている可能性だってあります。書き表されている動物が既に絶滅していたり表された職業や身分が既に無くなっていたら何のことかわかりようがありません。
ちなみにヒエログリフにはツノのある蛇が描かれるのですが、これは神話動物のようなものかと思いきやエジプトには本当にツノのある蛇がいた(というか今もいます)というオチだったこともあるそうな。
つまり「文字も文章も読み方がわからないし、その書かれてることもよく知らない」という取っ掛かりのない状態だったわけです。
そんな状況において天啓のような大発見がロゼッタストーンだったのです。
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エジプトに遠征したナポレオン軍団が発見したロゼッタストーンには、3種類の言語で文章が書かれています。ヒエログリフとデモティック(民衆文字)、そしてギリシア文字。ロゼッタストーンが彫られた当時はギリシアのアレクサンダー大王がエジプトを征服したあとその後継者が統治していたプトレマイオス朝だったのでした。
ここで重要なのが「ギリシア語なら読める」ということ。つまりこの碑文が同じ内容を3言語で書いているのだとしたら、ついに「何が書かれているかはわかった状態で解読を試みることができる」のです!
…というロゼッタストーンの何がすごいのかってことぐらいは広く知られていますしさすがに僕も知っていたんですが、やっぱり改めてロゼッタストーン以前のヒエログリフ解読の難しさに思いを馳せるとその発見の大きさをひしひしと感じますよねえ。
かくして幕を開けたのが「英仏ふたりの天才」、トマス・ヤングとジャン=フランソワ・シャンポリオンによる解読レースでした。
ここからが本書のメインになっていくわけですが、何が書かれてるかわかっててもやっぱり解読はめちゃくちゃ難しい。
最大の盲点はなんといっても、こんなに絵文字なくせに大部分が表音文字ということ。「息子」という単語はハゲワシの絵で書かれ、ハゲワシが息子を表す象徴的な意味を解釈されたりしていたのですが、実はハゲワシそのものは別に何の関係もなく息子という言葉の音を表す文字がハゲワシなだけ。数千年の時を超えた肩透かし!!
表音文字として読むという発想に最初に辿り着くくだりがとても良いんですよ。ヤングはあるとき中国語に興味を向け、中国語には何万もの漢字があることを考えます。しかし、と彼は気づくのです。
「中国語に幾万の漢字があろうと、ニュートンを表す漢字はないはずだ」
「ならば彼らはどうやってニュートンを表すのか?」
そして表意文字を表音文字として使うことに思い至り、ギリシア人の王プトレマイオス5世がいわゆる「当て字」によって書かれていることを解き明かすのです。
私的な話になるのですが、仕事で1年間台湾へ駐在したとき町中にあふれる言葉も漢字で書かれているために大体の意味を推測することができたのですが、最初の方は外来語の当て字が強敵でした。
漢字を見れば「燙青菜」がゆがいた青菜だということはわかるのですが、「吐司」がトーストだとはとてもわからない!
ある程度いると「これは当て字だな」なんとなくわかって音で解読するモードにスイッチできるようになるんですが、最初は本当にわかりませんでしたね。ちなみに僕も繁体字と英語が併記されているところを見るたびに解読が進んでいたので、ロゼッタストーンのありがたみを深く感じられるようになっていたのかもしれません。
台湾へ行ってすぐの頃、ティースタンドで適当に選んだ飲み物を注文したところ僕が言葉のわからないまま注文していることに気づいた親切な店員さんがパッションフルーツを持ってきて「これだけど本当に良い?」と確認してくれたことがありました。そこでパッションフルーツは「百香果」であることを学びました。
その後駐在を終えて昨年の2月末に帰国したのですが、年末にまた台湾へ旅行で行きました。そこで再びパッションフルーツの飲み物を頼んだのですが、そこでおもむろに「百香果」はパッションフルーツの当て字であることに気づきました。百の香りの果物ってなまじ意味的にもそれっぽいから当て字であることに全然気づいてなかった…。
閑話休題。
プトレマイオス5世の名前が当て字であることをヤングが発見してからも、外来語以外を書くときもヒエログリフを表音文字として書くこともあれば逆に発音しない文字もあったりと研究者泣かせの要素があり続けるのですが、読んでいて「日本語も結構そうだよな」と考えました。
漢字は基本的に表意文字で、ひらがなカタカナは表音文字ですがこれらは元々漢字の草書体から派生したもの。
中国語から着想を得てヒエログリフの解読が進んだわけですが、日本語も知っていたらさらにヒントになったかもしれませんね。
長くなってしまいましたが本書はこれらの「魅力的な謎としてのヒエログリフ」が本当に面白く、冒険推理小説のようなロマンにもあふれる1冊でした。超オススメ!!
いつ鎖付きブーメランでラーの翼神竜を奪ってもいいように、ちゃんとヒエラティックテキストを読めるようになっておかないといけませんからね。
※ラーの翼神竜のテキストに書かれているヒエラティック(神官文字)はヒエログリフと並行して発達したものですがロゼッタストーンに書かれていないため本書では扱われていません。
※ちなみにマンガ「遊☆戯☆王」の中で闇マリクが唱えているヒエラティックはちゃんと意味が通るものになっているそうです。