23/01/10 夢野久作完全攻略(7)
ちくま文庫版「夢野久作全集」第7巻には長編『暗黒公使』が収録されています。
暗黒公使 ★4.0
ここへきて初の1巻1作収録、長編『暗黒公使』です。そしてこれを読んで僕は5巻で抱いた「夢野久作は長編が上手くないのではないか」という仮説をすぐさま取り下げることになりました。このミステリ長編、上手いです。
尻切れトンボになる「白髪小僧」
エンジンがかかるまでが長い「犬神博士」
中だるみする「ドグラ・マグラ」
と比べると、序盤・中盤・終盤と隙の少ない構成になっています。
実は本作は読んだ直後に興奮してネタバレ感想を書きたくなり、既に感想記事を上げています。
本作の主人公である名警視・狭山九郎太の視点で描かれるのはいかにもな「探偵小説」。彼は捜査し、推理します。そして捜査のたびにどんどんそれらしい情報が入ってきてそのたびに仮説が立てられるのが読み応え抜群。コリン・デクスターのモース警部モノの初期作品みたいな面白いミステリです。
ですが、本作の更にすごいところはその語り手兼探偵役の使い方です。
夢野久作は既存の探偵小説の枠組みに囚われない展開でいくつもの傑作ミステリを書いているのですが、本作は探偵役を主人公とした「既存の探偵小説」のフォーマットを借用しているために展開のアクロバットが実にきれいに決まっています。
これは本編を読んだ上で上記のネタバレ感想を見てもらいたいところなのですが、本作の探偵の使い方は時代を先取りした非常に先進的なものです。このマラソンの中で、昭和ゼロ年代に夢野久作が数十年先のミステリを書いていることにたびたび驚かされましたが、本作はその衝撃の中でも特にビビッドなものでした。
今見ると、勢いで配置されただけに見える登場人物たちのキャラクター造形…特に主人公の狭山九郎太のキャラが、本作のアクロバットを成立させるために必須なものであることがわかります。書き出しから既に結末のための緻密な仕込みが行われている本作が、計算によるものなのか天才によるものなのかはわかりませんが、夢野久作が長編ミステリにも並々ならぬセンスを持っていたことが伺えます。