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#003 2016年度特別賞「トーコーキッチン」

インタビュー取材をしたこともあり、個人的にも思い入れのある事例です。デザイン的には「仕組みづくり」がとても面白い事例です。

「トーコーキッチン」とは?

トーコーキッチンとは淵野辺の不動産会社である東郊住宅社が運営する「東郊住宅社で管理する物件の入居者"のみ"が使える食堂」です。より正確に表現するならば「"入居者とその仲間たち"のみが使える食堂」です。なんのことやらさっぱり分からないという方が大半かと思いますので、もう少し丁寧にご説明したいと思います。

まず、東郊住宅社ではすべての管理物件の鍵が以下の画像のような「カード型の鍵」になっています。

カードキーの詳しい仕組みまでは分からないのですが、どの鍵でも形状が同じなので、ICチップか何かが埋め込まれているのだと思います。で、この食堂の入り口には入居者の家と同じくして鍵がついています。画像でいうところの扉ハンドルのちょい上です。

(画像はグッドデザイン賞受賞対象のページより引用)

そして、この食堂に入るためには鍵を使って扉を開けなければなりません。つまり、この食堂を利用するためには「鍵」が必要になります。でもって、東郊住宅社管理物件の入居者の方々が持っている「自宅の鍵」を使うとこの扉は開きます。すなわち「この扉を開けられる=東郊住宅社管理物件の入居者である」という構造がここに生まれます。

でもって、ルールは「食堂を利用するには鍵を使って扉を開けてください」という一点なので、入居者の方と一緒に来れば利用できますし、なんなら入居者の方を街で探して開けてもらって「ありがとうございます!」って言いながら扉の向こう側に行ってもいいんです。

というのが、トーコーキッチンです。ちなみに扉の向こう側はいわゆる食堂なので、お金を払ってご飯を食べる感じです。朝食100円、昼食・夕食は500円です。むかーし、インタビュー取材に行った時に撮った写真を探してみたらあったので、載せてみます。こんな感じです。

いい感じですよね。超おいしかった記憶があります。

そもそもは「食堂付き賃貸物件」に関する悩み

普通に考えれば

「何故、入居者限定にする必要があるの?ごはんも美味しいんだから、普通に食堂にすればいいじゃん。」

という疑問が湧いてくるかと思います。実際、私もインタビューに行くまではそう思っていました。ところが、話を聞いてみると全く違う像が見えてきました。

そもそも淵野辺近辺は大学生が多いそうです。たしかに淵野辺近辺には青山学院大学、桜美林大学、麻布大学などがあります。また、数駅内にも首都大学、多摩美術大学、北里大学などがあります。実は八王子近辺は大学の宝庫でもあります。東郊住宅社さんが取り扱う物件にも、学生向けの物件が多々有りました。

で、一人暮らしをする学生に多いのが「地方から上京してきた」というパターンです。そうなってくると、親御さん達の心配事は「あの子はちゃんとご飯を食べているのかしら・・・」だったりします。東郊住宅社さんでも、こうした心配事になんとか対処できないものか?ということを考えたそうです。そこで考えたのがいわゆる「食堂付き賃貸物件」です。

でも、世の中に食堂付き賃貸物件が少ない理由はとても明確で「学生って食堂があったとしても、必ずしも食堂でご飯たべないよね」という話です。つまり、運営側のスタンスで考えたら「需要が極端にばらつくモノを運営するのは難しい」という理論です。

「食堂をつける」ということは、その運営費は家賃に乗っかってきます。もちろん食材等の手配も需要に応じて用意するので、必ずしも食堂でご飯を食べないということは、ロスも出やすくなります。そう考えると、食堂付き賃貸物件は実質的にはかなり難しいのです。

つまり「なんで普通の食堂ではなく、入居者限定なの?」という話は「元々のスタートラインが違う」という話なんですね。

「カードキー」が生んだトーコーキッチン

そんな時にふと思いついたのが「物件につけるのではなく、共同食堂みたいな感じで食堂ができないか?」という発想だったそうです。で、これはたまたまだったそうですが、東郊住宅社ではセキュリティの観点から冒頭の写真にあったカードキーを古くから採用していました。それとこれが「ピーン」と繋がったそうです。

「このカードキーを使って共同食堂を街なかに作っちゃえばいいのでは?」

という発想です。そして生まれたのがトーコーキッチンなのです。「そして生まれた」と簡単に言ってますが、本当に来るかどうか分からない「入居者限定の食堂」に投資するのは並大抵の覚悟では出来ないと思います。

「やっぱ入居者限定ってリスク大きいからやめようかなぁ・・・」といったようなことが何回も頭をよぎったことと思います。

やってみて分かった副次効果

これは動画でも一部語られていますが、実際にやってみたところ、様々な副次効果があったそうです。

例えば小さい子どものいる共働き家庭の場合、子どもの食事や安全がとても気にかかるところだと思います。でも、トーコーキッチンがあれば子どもの食事や安全に対する心配が少し軽減されます。つまり、共働き家庭にとってトーコーキッチンは「安全な食事提供の場」かつ「安心の場」になっているそうです。

他には「入居者の方と様々な情報交換をする場」にもなっているそうです。よくよく考えたら、入居後に不動産屋さんに行く用事ってそうそう無いですよね。でも、トーコーキッチンがあれば、そこに入居者さんがいるのですから「最近どうっすか?」に始まり、色んな意見や要望も聞けるようになるわけです。そんなこともあり、現・社長の池田さんは時間さえあればトーコーキッチンに顔を出し、色んな入居者の方と会話しているそうです。

もしかすると、トーコーキッチンに行ったら会えるかもしれませんね。

まとめ

「最初から狙っていたか?」と言われると、恐らくそこまでの確信は持っていなかったかもしれませんが、トーコーキッチンが色んな意味でコミュニティ形成の一部となっていることは間違いありません。

そして、それを作るデザインの中核が「鍵が無いと開けられない食堂」というルール、すなわち仕組みなワケです。つまり、トーコーキッチンは「仕組みのデザイン」と考えると、極めて秀逸な事例だと言えます。

もちろん「鍵が無いと開けられない食堂さえ作ればトーコーキッチンとおなじになるか?」といえば、答えはノーです。他にも様々な秘訣的要素があります(気になる方はトーコーキッチンへGO!)が、「仕組みのデザイン」として学ぶところは大きいと思います。

(ヘッダー画像はグッドデザイン賞受賞対象のページより引用)

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