(一話紹介)パンプキン博士とチキン氏
ロバート·スティーブンソンの『ジキル博士とハイド氏』は、ジキル博士が自分の発明した薬を飲んだことにより、二重人格の人になってしまったことでよく知られていますが、その陰で、パンプキンという名の博士も二重人格になれる薬を研究していました。
パンプキン博士は、まれに見る親日家で、日本人が大好きで、日本語や日本の文化に精通している日本人的な博士で、自称「かぼちゃ博士」と言っていました。
パンプキン博士は、頭がかぼちゃのように中身がぎっしり詰まっていて、記憶力がすばらしく、抜群に頭のいい博士でした。
性格はどんな逆境にいても決して挫けない人で、礼儀正しく、人に優しく、自分には厳しい人でした。
そんな博士ですから、自分があるテーマで研究を始めた時には、何回失敗しようと、諦めずに、研究を続け、自分が納得するまで、別の方法でなどとは考えることはありませんでした。
毎日、毎日、休むことなく、頭の中から、「研究」という文字が離れることはありませんでした。
パンブキン博士が研究していたのは、二重人格になれる薬でした。
博士自身、自分が研究漬けになっていて、頭の休まる日がないことを自覚していたので、たまには、頭の中から「研究」という文字が離れ、忘れることができる日があってもいいのではないか、研究に没頭することを忘れる日があっても、いいのではないかと思いました。
親日家のパンプキン博士は、英語の「チキン」は日本語では「鶏」で、「鶏」は日本語では「忘れっぽい」という「代名詞」と聞いていたので、「そうだ、一時的に、忘れられる薬を発明して、研究熱心でありながらも、その反面、忘れっぽいところもある人間になれるような薬を発明しよう」と、研究し始めました。
100冊にも及ぶ大学ノートに化学記号や化学式、計算式などを書きながら、博士は試行錯誤を繰り返し、仮説を立て、理論をまとめつつ、ついに人格や性格を正反対に変える薬を作り出しました。
博士は、臨床実験、つまり人体実験をする前に動物実験を沢山行なおうと、ドラム缶一本分の薬を作りました。
博士はマウスで実験しました。
しっぽのところから注射をしました。
すると、マウスは落ち着きのある、おっとりした性格になったのですが、行動を観ていると、猫にだけは闘争心をむき出しにして、襲う動物になりました。博士はうまくいったと思い、次は犬で実験しました。
ドーベルマンに薬を飲ませたところ、ラブラドール·リトリバーのように大きいながらも、頭が良くて、おとなしい犬になりました。
実験結果に、ワクワクした博士は、「次は、ライオンだ」と言って、ライオンにも薬を飲ませました。
すると、ライオンはミケ猫のようにおとなしくなり、「ミャオミャオ」と鳴いて、人懐つこくなり、人に対して、前足や後足を当てるようなことはなく、勿論、噛みつくような仕草さえなくなり、頬擦りするようになりました。
ワニにも試してみました。
ワニは人を見ると、穴を掘って逃げて行くようになりました。
決してしっぽを振って、威嚇したり、大きな口を開けたりしなくなりました。
博士は、「今度は、ホオジロ鮫に試してみよう」と思い、餌の肉に薬を注射して、食べれせたところ、歯は全部、抜け落ちて、仰むけになって泳ぎ、臆病で、小魚を見ただけで逃げだし、血の臭いがする物から、逃げて行く魚に変わりました。
ピラニアもそうでした。
鋭い歯は全部抜け落ちて、金魚のように、ただ口をパクパクさせ、藻しか食べない魚に変身しました。
スズメ蜂は性格がおとなしくなり、ミツ蜂に協力する蜂になりました。
それならと思い、博士がスズメ蜂の巣に薬をかけると、巣の中にいた蜂は全部、おとなしい蜂になりました。
実験を重ねた末、「ひょっとして、成功かも。では、人体実験だ」と思いました。
でも、誠実な博士は、人体実験は自分の体でしなければと思い、コップに薬を注ぎ一口飲んでみました。
すると、天国に昇るような快感がありました。
そこで、一気にコップに入った薬を飲み干し、コップを洗いに流し台に向かいました。
そして、ちょうど三歩歩いた時でした。
博士はどうして自分がその場にいるのか、ここはどこなのか、どうしてコップを手にしているのか全く分からず、自分の名前も何もかも忘れてしまいました。
博士は、鶏は「忘れっぽい」という意味の代名詞ということは知っていても、本当は「三歩、歩けば、忘れてしまう」という意味であることを知らなかったのです。
おまけに、博士は、人格や性格を変えることのできる薬ができたことがあまりにも嬉しくて、元に戻す薬のことは全く考えていませんでした。
実験室にはドラム缶があり、その中には博士にはすでに何だか分からない薬が、満タンに入っていました。
パンプキン博士は、チキン氏、つまり鶏氏になってしまったのでした。
博士は、実験室に100冊もの大学ノートがあるのを見つけました。
何もかも忘れてしまった博士ですが、文字や化学式まで忘れてしまった訳ではなく、ノートに書いてある文章や化学式や計算式は、読むことができました。意味もよく理解できました。
ノートを読んでドラム缶に入っている薬が何であるかも理解できました。
でも、博士の記憶は、「三歩歩いた」ことだけでした。
博士は椅子に座って、丁寧にノートを読んでゆくと、最後の結びの所に二行に分けて、正反対の人格、性格、パンプキン博士→チキン氏という文章が書かれてあり、それぞれ赤枠で囲んでありました。
博士は、「この文章の意味は、何だろう」「このドラム缶に入っている薬と、何か関係があるのかな。ひよっとして」と呟き、コップに薬を注ぎ、一杯飲みました。
すると、元のパンプキン博士に戻りました。
博士の実験は、成功したのです。
元に戻すには、同じ薬を使えばいいのです。博士は良い薬を発明したのです。
博士は、人格や性格を正反対にする薬として、論文を書きノーベル賞を受賞しました。
博士は論文の最後に、絶対に悪用してはいけません、と書き、「凶暴な人間や動物に飲ませて、穏やかな性格に変えるためにのみ使うこと。
そして、善良な科学者は絶対に飲まないように」と結んであったので、刑務所で服役している囚人全員に飲ませたところ、全員、善良な人に生まれ変わりました。
パンプキン博士は、パンプキン·チキン善良事業団という社会福祉法人を立ち上げて、薬を管理して国で一番偉い人になりました。
(おわり)