(一話紹介)ここ掘れニャー

昔、たろべえという名の爺さんが、タマという名の猫を飼っていました。
ある日の朝、たろべえ爺さんが、タマをリードでつないで散歩をしていた時のことでした。
タマがたろべえ爺さんが手にしていたリードを振り払い、川沿いに咲いている桜の並木の方に走って行きました。
八分咲きほどの桜が多い中で、一本だけ、六分咲きの桜の木がありました。
タマは、その六分咲きの木の下で止まりました。
後を追いかけ、やっと追い着いたたろべえ爺さんに向かって、タマは、「ここ掘れニャー」と言いました。
たろべえ爺さんは、タマに確認しました。
「ここを掘れって言うのか」
「ニャーー」と、タマは鳴いて答えました。
たろべえ爺さんは、タマと散歩する時には、タマの糞の後始末用に必ず、シャベルと少し大き目の古い瓦版と袋を持っていたので、手に持っていたシャベルで、穴を掘りました。
すると、50センチぐらい掘った所に、千両箱が埋まっていました。たろべえ爺さんは、ちょうどその時、土堤の上を歩いていた役人を大きな声で呼びました。
「お役人様。あつ、近藤様。ここに大変なものが埋まっています」
役人は、たろべえ爺さんのその声に驚いた様子で、たろべえ爺さんの所に駆け寄りました。
「どうした。たろべえ」
「はい。これです。千両箱です」
そう言って、たろべえ爺さんは役人にことの経緯を話しました。
「そうか。たろべえ。よく知らせてくれた。お奉行様に知らせねば。じろべえ。すまぬが、このことを伝えに泰行所に行ってくれ」
役人は、一緒に連れていた岡っ引きのじろべえを奉行所に向かわせました。
しばらくすると、江戸の西町奉行所の役人が数名と配下の者が10人ぐらい、シャベルを持って現場に駆け付けました。
役人の近藤は配下の者たちに穴を掘らせました。
すると、何と千両箱が70箱も埋まっていました。
お奉行は、ぎっしりと小判が詰まった千両箱を70箱、奉行所に保管し、江戸域まで行き、将軍にことの経緯と額の大きさを伝えました。

それから半年が経ったある日、たろべえの家に江戸城から老中が配下の者を連れてやって来ました。
「たろべえ、とやらは、お主か」
「はい。私が、たろべえでございます」
「お主は、桜並木の桜の木の下で、七万両もの小判を見つけた、と聞いたが、それに間違いないか」
「はい。その時、ちょうど、西町奉行所の近藤様が通りかかったので、お知らせしました」
「そうか、お主は正直者だ。よって七万両のうち、一割なら七千両だが、一万両をお主に授けるとのことで、上様よりお預かりしてきた。この金で新しい家を建て、お手伝いさんを雇い、良い余生を送れ。ひよっとして、若返りの薬を買って、今までの知恵はそのままで、若返ることが出来るかも知れないな。きっと出来るぞ。何かの本に書いてあった。本屋に行ってみなさい。お金は大事に使うんだぞ」
「はい。ありがとうございます」
たろべえは、深々と頭を下げて、答えました。
その時、道を挟んでたろべえの真向かいの家の玄関の扉を少しだけ開けて、人に気づかれないようにし見ていた爺さんがいました。
その爺さんの名は、ちんべえでした。
本当の名はごんべえでしたが、人の手助けなど大嫌いで、人に何かをあげたことなど全くなく、自分の舌を出すことも惜しむほどけちん坊だったので、上の「け」を取って、ちんべえと呼ばれていました。
ちんべえは、ボチという名の犬を飼っていて、いつも朝一回だけ散歩に連れ出していました。
でも、ちんべえはけちなので、ボチの糞の処理をするために、たとえ古くても瓦版などの紙を持って出ることはありませんでした。
勿論、袋やシャベルなどは持っていませんし、買うつもりなど、さらさらありませんでした。
ボチが糞をする時などは辺り構わず、さすがに道の真ん中でさせたら、役人に捕まると思い、人が見ていない時に糞をさせていました。
ボチの糞を持ち帰ったことなどありませんでした。
たろべえがお金をもらった日の夕方でした。
ちんべえは、心を入れ替えた振りをして、たろべえの家に行き、たろべえに言いました。
「俺はよう、いろいろ考えたんだ。俺はけちで、悪いことばかりしているってね。俺は、たろべえさんみたいに人や動物に優しくて、偉い人になりたいよ。だから、これからは、朝は俺のボチを散歩に連れ出して、夕方はたろべえさんのタマを散歩に連れて行かせてもらいたい、と思っているんだよ。まずは、出来ることからな。きょうの夕方、俺、タマを散歩に連れて行ってもいいかい。朝だけじゃなくて夕方も散歩したら、タマも夕食がおいしいと思うんだけど」
たろべえは、タマに「おい、タマ。どうする」と聞きました。
すると、タマは、「ニャー」と、「たまには、夕方の散歩も、いいか」と言うように答えました。
という訳で、ちんべえは夕マと散歩をすることになりました。
ちんべえは、けちなくせにタマを二人抱いて歩きました。
ちんべえの魂胆は、タマには見え見えでした。
ちんべえが、田んばの近くを歩いていた時でした。タマはちんべえから飛び降りて、走り出しました。ちんべえは、「しめしめ」と思い、タマの後を追いました。タマは、田んぽから森に入る入口の迎りで止まりました。ちんべえは、「しめしめ」という気持ちで、半ばほくそ笑んで迫って行き、追い着くと、わざと息を切らした振りをして、タマに「どうしたの」と聞きました。
すると、タマは、「ここ掘れニャー」と言いました。ちんべえは、タマに確認する振りをしました。
「ここを、掘れって言うのか」
「ニャー」と、タマは鳴いて答えました。

ちんべえは、心の中は大喜びで、いつもなら手に持ったりしないシャベルと、袋と、新しい瓦版を腰に携えていたので、腰から大きなシャベルを取り、穴を捆りました。
そこは、昔、肥溜めだった所で、木の棒を数本渡し、葉のついた木の枝を載せ、古い瓦版を載せ、土を被せただけの所でした。
ちんぺえは思い切り、力強く穴を捆ったので、肥溜めの蓋は簡単に壊れてしまい、七メートル四方で深さ五メートルの肥溜めに落ちてしまいました。
タ方だったので、近くには誰もいませんでした。
朝になり、お百姓さんのじんべえが、肥溜めの中で泳いでいるちんべえを見つけて、西町奉行所へ知らせに走りました。


(おわり)


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