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七ヶ宿で風を感じる

東京へ向かうため、仙台から下道で米沢を経由し、喜多方へ向かった日があった。
下道なのは、高速深夜割の開始を待っている間にも、なるべく高速代を節約して南下しておきたい、というだけの単純な経済的理由だ。だが仙台から米沢という、東京方向にしてはあまり合理的ではない道を走っているのは、経済的制約があるといえど、高速と同じルートで行くのは面白くないなぁと思ったからだった。

仙台を出発したのが17時。緑が眩しすぎて青い輪郭の見える水田を横目に、徐々に森が深くなる宮城蔵王を越えていく。
上り坂にエンジンが頑張っている。窓を開けると、水の香り木の香り栗の花、時々生き物の気配が、車内を通り過ぎていく。

18時を過ぎたころ蔵王の森が薄くなり、再び街が始まった。
通り過ぎる看板には七ヶ宿と書いてある。初めて通る街だった。

コープとファミリーマートが合体したお店の看板が見えてくる。広い駐車場にはなんとバス停まであった。大きなトラックも休憩している。
飯を食べ損ねてお腹が減っていた私も、その駐車場に車を停め、エンジンを切って、車内を整理していた。

どぅん、と風が吹いた。

夕刻の落ち着いた空の中を、おじいさんと孫娘であろうか、二人が何か楽しそうに話しながら、手をつないでコンビニに向かってくる。曇り空からは夕焼けではなく、少し紫がかった光が町にゆっくりと届いている。
ほんの少し前まで静かな街道だったのに、風が吹いた。

どぅん、と風で車が揺れた。

今まで、それでも少しは色々な風を感じてきたと思う。沖縄の台風も少し経験したし、あるいは無風の京都盆地の夏も味わった。しかし、たった一回の風がこんなに印象に残ったのはこれが初めてだった。

ひゅーっと風切り音がするでなく、何かしらのはっきりした質量を持って突然吹いてきた風は、すぐに通り過ぎて行き、あとはそれっきりであった。