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連載小説《Nagaki code》第29話─だから、待っててくれ

 《前回のあらすじ》
 湊斗への恋心を洋介に打ち明けた茉莉花。
 しかし、自分は高校生だし、湊斗は自分のことを友達としか思っていないだろうと悲しげに話す。
 それを見た洋介は、「気持ち、手紙にしてみない?」と茉莉花に提案するのだった。


 茉莉花ちゃんが薬師岱郵便事業局にやってきたのはそれから1週間後のことだった。搬入口の戸をノックする音に、僕は区分けの作業をやめてその戸を開く。
「長岐さん、こんにちは」
 手を後ろで組んで、茉莉花ちゃんが微かな笑みを浮かべていた。心なしか、その頬は赤く染まっているように見えた。
「こんにちは。手紙、書いてきたのかな」
「……うん。時間かかっちゃった」
 それだけ、石垣のことを想っているのだろう。それだけ、石垣のことが大好きなんだろう。僕はそれ以上何も言わず、茉莉花ちゃんに微笑みかけた。
「これ……」
 茉莉花ちゃんは、後ろ手に持っていた手紙を差し出す。ピンクを基調とした、メルヘンチックな封筒。
「石垣湊斗さんに、お願いします。郵便屋さんっ」
 少女らしい笑顔で、茉莉花ちゃんはニコッと笑った。

 *

「いらっしゃいませ、こんばんは」
 その日の夜。客足が減った10時頃、僕はいつものコンビニに来ていた。入店してすぐ、レジに立つ石垣の姿を見つけた。
「石垣」
 僕が声をかけると石垣は即座に反応し、「おー」と右手を挙げた。
「夜勤マジだりーよ。早く帰って寝てぇぜ」
 大きなあくびをする石垣の前に、僕はピンクの封筒を差し出した。石垣は目を丸くしている。
「何だよ長岐、俺にラブレターか!? やめてくれよ! 俺にそんな趣味はねーぞ!」
 相も変わらぬオーバーリアクションを無視して、僕は口を開いた。
「半分正解で、半分はずれ」
「は?」
「これは恋文だけど、僕からじゃない。茉莉花ちゃんからだ」
「へっ、茉莉花……?」
 ふざけていた石垣の表情が、戸惑いの表情に変わる。
「茉莉花ちゃんが、時間をかけて書いた手紙だ。ふざけないで、真剣に読んでほしい」
 真っ直ぐ石垣の目を見て、僕はその手紙を石垣に差し伸べた。

 *

 次の日の夜。僕は石垣に誘われて薬師岱公園に来ていた。約束の7時に15分前。切れかかっていたあの街灯は新しく取り換えられ、LEDの強く白い灯りが辺りを照らしていた。
 神社の鳥居の近くに人影が見える。石垣と茉莉花ちゃんだ。ふたり見つめ合っているが、いつものような笑顔が見えない。僕はとっさに物陰に隠れた。
「手紙、読んだぞ」
 静かな、石垣の声。
「……」
 沈黙する茉莉花ちゃん。
「お前はまだ高校生だ。俺と付き合ったらいろいろ言われるだろ」
「……」
「それに……俺はまだまだ未熟者だ」
「えっ?」
「いっつもふざけてばっかで、お前の話も、長岐の話も、ちゃんと聞いてなかった。大事な話だって、俺はふざけて流してた。お前の気持ちにも気づいてやれないなんて、俺はまだ人間的に未熟だ。だから……」
 次の瞬間、石垣は茉莉花ちゃんを強く抱き締めた。

「お前が高校卒業するまでに、俺は変わる。もっと人間的に成長する。だから……待っててくれ」

 突然抱き締められた茉莉花ちゃんは驚いた表情を見せたが、石垣の言葉に表情がほぐれていく。
「えへっ……」
 そしてゆっくりと腕を伸ばし、石垣を抱き締め返す。
「変な湊斗さん……。『待っててくれ』なんて、どっちかって言うと私のセリフなのにね……」
 茉莉花ちゃんの声は少し震えていた。

「大好きだよ……湊斗さん。私が高校卒業するまで待っててね」

 海から吹いてくる夏風に抱かれながら、ふたりはそれ以上何も言わず抱き締め合っていた。遠くでコオロギの鳴き声がする。それに重なって、ウミネコの声も聞こえてきた。まるでふたりのために歌っているかのようだ。胸を焦がす夏風を抱いたまま、僕はフッと微笑んでその場を後にした。



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