連載小説《Nagaki code》第4話─郵便配達員・照内千里
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さっきまで降っていた雨がピタリと止む。
逃げる男の前に立つ、何かを脇に抱えた小さな影が、男の頭部を横殴りに蹴りつけた。よろめいた男は壁に強く体をぶつける。
「うっ、この野郎!」
すぐに体勢を立て直した男が、小さな影に殴りかかった。素早く繰り出されたパンチを難なく潜り抜けたその影は、屈んで地面に手を付く。
「邪魔だ」
そう呟いた小さな影の右足は斜め上に伸び、男の胸を蹴り上げた。
「これはお前宛ての郵便物じゃない」
小さな影が言う。
くぐもった声と共に、男は地面に倒れた。そして小さな影は、何事もなかったかのようにこちらへ近付いてくる。
「大丈夫か?」
しゃがみ込み、倒れている僕に手を差し伸べながら、小さな影──男の人は言う。
「あ……はい……」
男の人の手を取ってゆっくりと起き上がる。立った瞬間、殴られた腹部が痛んだ。僕が「うっ」と小さく呻くと、男の人は「ほんとに大丈夫か?」と苦笑いを交え僕の顔を覗き込んできた。
「長岐、洋介君だね?」
だいたい30代前半くらいであろう黒髪で小柄なその人は、黒縁眼鏡のブリッジを中指でくいっと押し上げ尋ねてきた。ちらっと見えたけど、八重歯だ。いや、八重歯というか、歯並びはいいけれど、犬歯がその歯並びからやけにはみ出しとがっている。まるで本物の吸血鬼みたい。形のいい耳たぶには十字架のピアスが揺れている。腰には手錠と警棒、そして拳銃。
「あっ……はい、そうですけど……」
「郵便です」
「へ?」
男の人は、抱えていた大きめの封筒を両手で僕に差し出した。それを両手で受け取ったはいいけど、突然過ぎて、というか、何が何だか、全体的に訳が分からない。
「あなたは……」
「ああ、別に怪しいもんじゃないよ」
そう言うと、男の人は首から提げた身分証を僕に見せてきた。
「薬師岱郵便事業局、責任者の照内です」
男の人──照内千里さんはニコッと笑った。