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ことごとく評判と違うフィンランド・ネウボラの現実
「ネウボラ(Neuvola)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?フィンランドの子育て家庭支援サービスのことです。この「ネウボラ」がどのくらい日本で認知されているのかよく判りませんが、ネットでこの言葉を検索すると、熱心に、ときには熱狂的に支持している人たちがいることが判ります。
支持する方々によれば、このフィンランドのネウボラは、乳児死亡率を減らし、出生率を伸ばし、児童虐待死をゼロにした、という評判で、育児施策のサクセス・ストーリーなのですが、その評判を一つ一つ調べてみると、まるでフィンランド教育のように、怪しい情報や虚偽が多いことに気づきます。
ここでは、過去に別の所で書いたことや新しい発見を整理して、ネウボラについてまとめておきたいと思います。
赤ちゃんをダンボール箱に寝かせたら乳児死亡率が下がった??
フィンランドでは、ネウボラの妊婦検診を受診した妊婦は、赤ちゃんが生まれたときに、オモチャやベビー服などの育児用品が入った育児パッケージ(ベビー・ボックス、または、マタニーティー・ボックスとも言う)をもらうことができるそうです。
この育児パッケージはダンボール製の箱に入っているのですが、この箱は赤ちゃんを寝かせるときのベビーベッドとしても使えるようになっています。そして、"フィンランドでは赤ちゃんをこの箱の中で寝かせてきたおかげで乳児死亡率が低下した"、という根拠のない説が実しやかに伝えられたことがありました。
Why Finnish babies sleep in cardboard boxes handed out by the state http://t.co/dbQom7QpVB pic.twitter.com/HpTv2xBHnW
— BBC News (World) (@BBCWorld) June 4, 2013
2013年6月に掲載された上記のBBC の記事がこの説を載せていますが、これは知っている人が聞いたらびっくりするようなトンデモ理論と言わざるを得ません。というのも、育児パッケージなどなくても、先進国の乳児死亡率はどこも下がっていて、それは医療技術や衛生環境の改善によるもの、というのが定説だからです。フィンランドの乳児死亡率だけは育児パッケージのおかげで下がった、と言うのはなんとも奇妙な理屈というわけです。
案の定、BBCは2018年10月に「ベビー・ボックスの安全性について専門家から疑義」という記事を出して、この説を事実上撤回しています。撤回したとはいえ、こんな明白な間違いを訂正するのに5年もかかっている、というのも驚きですね。
Baby box safety doubts raised by experts https://t.co/4xE6xOtwkz pic.twitter.com/SpdxCjIP1M
— BBC Scotland News (@BBCScotlandNews) October 18, 2018
ネウボラが出生率を伸ばした??
2015年、ハフィントンポスト日本版は「ネウボラが出生率を伸ばし児童虐待死を激減させた」という記事を掲載しました。
【北欧の育児】出生率を伸ばし、児童虐待死を激減させた「ネウボラ」とは つながる育児支援に日本も注目 https://t.co/VKkUhI5jgb pic.twitter.com/DP2mC7UIUB
— ハフポスト日本版 / 会話を生み出す国際メディア (@HuffPostJapan) December 5, 2015
この頃は日本政府内にも、"フィンランドに学べ!"、と言う人達がいたようで、内閣府がフィンランドのネウボラを少子化対策の成功例として取り上げていたこともありました。
しかしながら、その後フィンランドの出生率は日本と同じぐらいのレベルに下落しています。
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最近は、フィンランドでも急速な少子化が進んでいるという事実が知れ渡ったためか、「ネウボラが出生率を伸ばした」と言う人はさすがにいなくなってしまいました、当然ですが。
出生率は多くの要因を巻き込む因果関係の結果であって、ひとつの政策(例えば育児手当)がズドーンと出生率の増大(あるいは減少)に直結にすることなどありえません。今後も、"〇〇が出生率を上げた"、という人がいたら疑ってかかるべきでしょう。
ネウボラが児童虐待死をゼロにした??
「ネウボラがフィンランドの児童虐待死をゼロにした」と主張する人も後を絶ちません。以下の弁護士ドットコムの記事は、フィンランドでは子供の虐待死はほぼゼロ、と主張しているのですが・・
フィンランド国営放送YLEは2020年4月の記事で、毎年児童虐待死が少なくとも1件は起きている、と明言しています。
Since 2003, at least one homicide of a child has occurred in Finland every year. In total, more than 80 children have been killed.(Google翻訳による英文、原文はフィンランド語)
(2003年以降、フィンランドでは毎年児童虐待死が少なくとも1件は起きている。トータルでは80人以上の子供達が殺害されている。)
また、同記事にはフィンランドにおける児童虐待死数の推移を表すグラフがあったので参考までに載せておきます。
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2003年から2019年までの17年間で虐待されて死亡した児童が80人いるということは、年平均にすると4.7人となります。人口約550万人のフィンランドにおいて4.7人ということは、人口規模が22倍の日本に置き換えれば100人超に相当し、年間50~60人という現在の日本の児童虐待死数のほぼ2倍になります。
ネウボラはサクセス・ストーリーなのか?
これまでネウボラの成果とされてきたのは、「乳児死亡率の減少」、「出生率の増大」、「児童虐待死の減少」の3つですが、一つ一つ検証すると、乳児死亡率の減少は因果関係が怪しく、出生率は増大しておらず(むしろ急減)、児童虐待死は日本のほぼ2倍、ということが判りました。
結局、喧伝されている成果は一つも成就されていないわけで、これを成功例のように吹聴するのはいかがなものでしょうか?
(以下は2024年7月1日に加筆しました)
今年(2024年)2月には、フィンランド国営放送YLEが、"子供に対する家庭内暴力は警鐘を鳴らすレベル、止めるのは最後のチャンス"、という記事を出していました。
この記事は、フィンランドにおける子供を巻き込んだDV(家庭内暴力)の現状を示す情報が豊富なので、以下、参考になる箇所を抜粋しておきます。
Five percent of children in a recent survey reported having experienced serious physical violence at the hands of their primary carer — either a parent or guardian
(最近の調査は、5パーセントの子供が、主な養育者 - つまり、親または保護者 - の手による深刻な身体的暴力を経験したと報告しています。)
Between two and three children aged 1-9 die every year in Finland as a result of violence.
(1歳から9歳の子供が毎年2人から3人暴力で死んでいる。)
Data provided by Statistics Finland shows that 31 children, under the age of 15 years old, have died a violent death over the last 10 years.
(フィンランド統計局が提供したデータによると、過去10年間で15歳未満の子供31人が暴力により死亡しています。)
A Finland-based study from 2014 found that 6 percent of mothers admitted to committing severe violent acts against their own children.
(2014年にフィンランドで行った調査で、6パーセントの母親が自分の子供に対して深刻な暴力行為を行ったことを認めていたことが判りました。)
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