太陽の匂い
我が家には昔、もう1人家族がいた。
彼はウサギで、私の弟だ。
いろんな思い出がある。
我が家に来た時、私も彼も小さかった。
ずっと一緒に育ってきた。
一緒の布団に入って昼寝したのを覚えてる。
一緒のニンジンを食べたことを覚えてる。
一緒にお風呂に入ったことを覚えてる。
家族全員で一緒に寝たことを覚えてる。
私たちの上をよく飛び跳ねていたことを覚えてる。
ソファの上で運動会をしていたことを覚えてる。
一緒に公園を散歩したことを覚えてる。
私の寝袋のあまりの心地良さに、嬉ションをかましたことを覚えてる。
母が畳んだ洗濯物を片っ端から崩していたことを覚えてる。
父の愛情表現をウザがって喧嘩していたことを覚えてる。
可愛い寝顔をたくさん覚えてる。
数えきれないほど素敵な思い出がある。
私も彼も成長する。
アイツはクールなウサギに成長していた。
アイツは空腹時、食事用のお皿を歯で持ち上げ、小屋の格子にぶち当て音を鳴らしていた。
それはもうワイルドに腹が減ったと訴える。
あの音が聞こえると何故か嬉しかった。
私の手は舐め、父の足は噛み、
母の言うことは聞く。
家族の力関係をアイツは決めていた。
彼はよく、お気に入りの窓から外を眺め黄昏ていた。少し大人びた彼と私はあまりはしゃがなくなっていたが寂しくはなかった。
くつろいでいる私の上に時々彼は飛び乗ってきた。心はずっと繋がっていた。
家族全員、奴にデレデレ。
夏は常時クーラー、冬は適温ストーブ。
毎年毎年快適な我が家。
幸せな毎日はどんどん過ぎてゆく。
私たちは成長した。
私は若いが、彼はおじいちゃん。
少しづつ衰弱していく彼を見るのはとても辛かった。
なんで、よく窓の外を眺めていたのかな。
本当は、外に出たかったのかな。
本当に、これで幸せだったのかな。
人間の、エゴだったんじゃないかな。
私は、密かに罪悪感を抱えていた。
ついにその日を迎える。
ある朝、父に起こされる。
アイツが呼んでる。
ウサギは鳴かない。
だがその日、彼は最後の力を振り絞り、
キューーッと鳴いて俺たちを呼んでくれた。
俺たちに別れの挨拶をしてくれた。
俺の杞憂だった。
アイツは俺たちを
ちゃんと家族だと思ってくれてた。
とても悲しくて、涙が止まらなかった。
だが同時に、とても嬉しかった。
アイツは俺を安心させてくれた。
アイツの生き様は、
俺にいろんなことを教えてくれた。
愛、優しさ、命、人生。
人生とは、後ろに残していくことだ。
アイツは死んだけど、時々俺に気付かせる。
アイツは俺の中に残ってる。
彼の骨は、まだ埋葬してない。
彼からしたらたまったもんじゃないが、
私たちの誰かが死んだら、一緒に埋めようと思う。
順当にいけば、父と眠ることになるだろうが、あの世でまた喧嘩しないことを祈ってる。
彼のライオンのような立髪の太陽の匂いを、僕はいつまでも覚えてる。