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メキシコの魔法っぽい瞬間50【その2】
#6 サパトース(靴落としたひとーっ)!
ソカロで無料ライブあるよマリコも行く?
カミロくんが誘ってくれた。カミロくんは背が高くダルビッシュに似たコロンビア人の男の子。宿代を浮かせるためにここのバイトをしている。初日にドアを開けてくれたときは表情が読めなくて少し怖かったけれど、面倒見がよく宿泊している人たちにことあるごとに声を掛けてくれ、みんなのお兄ちゃん的に頼りにされている。フランス、スペイン、韓国など多国籍チームでライブに出陣。
広場からスカが聞こえてくるが一向に近付けない。なぜなら路上が人で埋め尽くされているから。
いたるところに靴がかたっぽ落ちてて、男の人たちが街灯によじ登って「サパトース(靴ー)!」と靴を振り回している。親切だし面白い。
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圧死が頭をよぎるほどの混雑で、「この先は危ないよー」と言いながら引き返してくる人たちの波も生まれていた。波と波が出会い対流が起こり我々ははぐれる。探しに戻る。みんなで手をつないで歩く。
ふいに周りの人が歌い始めて、合唱が始まった。路上で歌声に包まれて泣きそうになった。カミロくんは煙草じゃなさそうなものを吸ってチルしていた。
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#7 なにあれ、レイシストだよ!
この宿は鐘の音がする。たぶん大聖堂の鐘の音。
コロナがあってか中国人差別を感じた。私もすれ違いざまに「チノ(中国人)」と言われたりした。スペイン人の女の子カルロッタと一緒に歩いていたとき、また「ニーハオ」と言われた。カルロッタは憤慨して男に何か言い返した。男はニヤニヤしながらそのまま去って行った。
「なにあれ、レイシストだよ!」
カルロッタがまぶしかった。そういえば私も昔は偏見や無理解にいちいち怒っていた。キリがないからスルーしがちになったけどそれはちがうな。怒る必要はなくても「それは差別です」と表明するべきなんだ。すくなくとも。
町からは音楽が聞こえる。誰かが盛り上がっている。メキシコシティに来たんだなと思いつつ、2段ベッドの下でいつの間にか寝ていた。
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#8 文化って人の心を支えるからさあ
誰よりも早く目覚めてしまうしずっと寝ないし疲れない。どこも痛くない。私は健康だ。
昨日、同室になったラウラの仕事はライター。同じじゃーん。ラウラの守備範囲はカルチャーときどき政治。私はカルチャーときどきビジネス。同じじゃーん。
「エンタメって人の心を支えるから」とラウラは言った。
わかる。私も地震の時ほとんど失業だったけど、取材して伝えることで文化も守られるんだって雑誌のチームで東北に行ったよ。
そう、自粛したらだめだよね!
文化の大切さについて熱く語った。
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#9 DUALIDAD(二元性)
私はどちらかというとガリ勉タイプ。メキシコの歴史や文化の本を図書館で借りてきて予習しておいたら博物館がやたらと面白い。
出会ったのが「二元性」という考え方。二つの対立項から世界を理解している。善悪ではなく、バランスや均衡で物事を捉えている。世界に存在するすべてのものは、対立的でありながら相互補完的で、そのバランスの上にあらゆることがらが成立しているという考え方だ。アステカ人にとって創造とは、二者の対立や均衡の結果として起こる現象だった。
中国の陰陽に似ているけれど少し違う感じだ。私っぽいぞ。私の中にはやさしさと暴力が同居している。それって当たり前だしそれが創造力の源だ。なーんだ、いいんじゃんそれで。私このままでいいんじゃん。
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#10 Toda Luna, Todo Año(すべての月、すべての日)
探していた小さな緑の像はなかった。なんで。でもこういうことには意味がある。たぶん必要ないから見つからないんだ。 実際、心は燃えていた。
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ふと見上げればこの詩があった。ルシアベルリンの本では「すべての血はたどり着く/それが静まる場所に」と訳してあった。私もたどり着いたのかは分からない。短歌にするならこんな感じかな。
月、年、日、風は来たりて過ぎゆきてすべての血はその望みに届く
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