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メキシコの魔法っぽい瞬間50【その6】

#26 運転できる?

「運転できる?」と聞かれて「できる」と即座に答える。私の半分は勢いでできている。残りの半分はマンゴー。見つけたらすぐ買う。
友はカギを投げてよこした。バイクのキーだ。やった。イタリカというメーカーの150cc。ふだん乗っている500ccに比べると格段に軽い。アクセルとクラッチの硬さ、ブレーキの遊びを確認したら準備完了だ。友の先導でメキシコの道を走る。けっこうな飛ばし屋だ。類は友を呼ぶと言うが私もそうだ。
ケレタロでは世界遺産のアクエドゥクト(水道橋)沿いに大通りが伸びている。橋のふもとをバババと飛ばす。橋のアーチから吹く風はこの橋ができた18世紀から同じように吹いているのだろうか。気持ちいい。路面の穴にだけ気をつける。ケガさえしなければなんだっていい。

#27 持ってみて。

ある日、友につれて行かれたのは、友の妻の母の家だった。つまり他人の家。だけどすごく居心地が良い。とくに中庭は、めずらしい植物と大小さまざまな石が飾ってあって素敵だ。盛り上がる私にママがいろいろ解説してくれる。
この植物は何ですか。
コラソン・デ・クリスト(キリストの心臓)。毒があって、トゲが刺さった時は1週間ぐらい痛かったわ。
石がいっぱいありますね。
石が好きなの。種類はまったく知らないけどなんか好きなのよね。これは〇〇で拾った。これは〇〇に行った時の――

これ持ってみてと大きな石を渡される。どうせ軽いんでしょと思いながら持ってみる。ああ、軽いですね。でしょ?火山の石。
これも持ってみてと同じぐらいの石を渡される。重っ。笑うぐらい重い。よく持ち上げましたね。重いでしょ?じゃねーよ。

遅めのランチをごちそうになる。すべてがおいしくすべてが辛かった。ママははっきりものを言うタイプ。友の妻の妹の彼氏、つまり娘の彼氏を「嫉妬深くて話が長いのよ」とこき下ろしていた。もう一人の娘の夫、つまり私の友のことも何やらこき下ろしていたが友は華麗にスルーしていた。

#28 できないじゃない。まずはやってみるんだ

この家の2Fにはリングがあり、週に何度かルチャリブレ教室をやっている。この日は大人が10人ちょっとと子どもが3人。練習はかなり厳しいが終わるとみんな笑顔だ。リングの外には老人が一人。孫のお迎えですか。違うよ。後で分かったが引退した元選手だった。
「あんたもやんなさい。見てたから分かるだろう」
え、いやいや、ムリですよできないですよ。
「できないじゃない。まずはやってみるんだ」
この言い方は断れないやつだ。決意してリングに上がる。
「よし、じゃあ前に回れ」
ハイと元気よく返事をして前回りをする。ゴロン。できた。前回りなんて何年ぶりだ。
「よし、もう1回だ」
ハイ! ゴロン。
「次は後ろ」
ゴロン。
「もう1回!」
ゴロン。
「前!」
ゴロン、ゴロン。私は回り続けた。前に2回、後ろに2回。何往復かしたところでゲロの予感がしてぱたりとやめる。目が回りました。見ていた生徒さんが笑いながら助け舟を出してくれる。おれも最初は目が回ったよ。慣れるまではしょうがないんだ。
「よし、いいだろう」
ジジイの許可が出てリングをおりる。転ばないようにそうっと。でも不思議な気持ちだ。目が回っているけれど、体の中で魔法のようなエネルギーが渦巻いている。なんだこれは。超人パワーか。
「面白いだろう」
ジジイが言う。しわだらけの顔の中で口元は口角が上がっている。はい、すごく面白いです。
「そうだろう。続ければいい」
続けるという選択肢があるのだろうか。わからない。でも今、この体に渦巻くエネルギーは心地良い。練習すればするほど、このエネルギーは大きくなるんだろう。そして猛烈に空腹だ。
「お腹すいたの、マリー」
「うん」
ママがバター風味のマカロニとハッシュポテトみたいなおいしいやつを出してくれて、実家みたいに食べて、寝た。

練習のない日は洗濯物干しになる

#29 腐ったパイナップルね

友の弟は買い物のたびに私を連れ出してくれる。犬の散歩に行く感覚だろう。市場で「テパーチェためしてみる?」と聞かれ「うん!」と元気よくこたえる。テパーチェが何かは知らない。

屋台のおじさんが大きな容器から赤い液体を出してカップに注ぎ、ふたを閉めてストローを挿してくれる。これがテパーチェか。一口飲んでみる。おいしい。しかし何味かはまったくわからない。甘くて、冷たくて、少し辛くて、少し酸っぱい。かすかにとろみ。ごく小さな固体の存在も感じる。甘酒ではない。つぶつぶジュースでもない。シェークでもない。なんだろうこれは。結局、おいしい意外のことはわからなかった。
家に帰って「テパーチェ飲んだよ」と友に報告すると「ああ、腐ったパイナップルね」と言った。ハァッ。

ティアンギスという定期市には日用品から家電、服まで何でも売っている。何千曲も入ったUSBとREYESのボクシンググローブを買う。USBを見た友は「それ入ってないことあるよ」とメキシコシティの友と同じことを言ってノートPCを取り出した。でも日本に帰ってから確認するからと遠慮する。これは賭けだから。入ってなければ私には運がなかったってこと。入っていれば、私の勝ち。

#30 老人たちの静かなダンス

友の妹と弟がケレタロの街を案内してくれる。日の暮れかかった街は息をのむほど美しい。

ここでも公園でダンスをしている。社交ダンスのような雰囲気で年輩の人が多い。向かい合って手をつなぎあい、ゆっくりと回っている。私の日本での生活は超忙しくて仕事ばかり。友だちに会うのもままならない。公園でダンスするような老後を送るためには何かを変えなきゃいけないことは確かだ。
見上げると頭の上には葉っぱが茂っていて、空は真っ黒に見えて明るい黒も暗い黒もあり、美しく移り変わる色の境目を見ながら音楽を聴いてしばらく座っていた。

バイクの帰り道、妹のメットが飛んで、3人で息ができないぐらい笑った。帰ったらママに「笑い事じゃない」と怒られた。


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