ラーメン二郎というビジネスモデル
「ニンニク、ヤサイ、アブラ、カラメ」「マシマシ」
で有名なラーメン二郎のビジネスモデルを考察する記事。
前半は僕の思い出話です。
僕はラーメン二郎が好きだ。
はじめて二郎を食べたのは中学生のとき。
僕の地元は港区三田だが、20年以上前からラーメン二郎三田本店は行列の絶えない店だった。
初二郎を誰と一緒にいったかすら覚えていないが、初見の感想としてはあまりいい印象はなかった。
その後も積極的にお店に行くことはなく、友達が食べたいと言い出したときに案内してあげるくらいだった。
当時はまだインターネットが普及し始めたばかりだったから、ネットでラーメン二郎にたどり着くような人はほとんどおらず、通りがかったときに行列を見てお店を認知する人が多かった。
10代の頃の友人も、行列を見て好奇心を抱いて食べたがる人がいたので、そういったときに案内していた。
もちろん当時からあの独特のコールと緊張感は存在したので、初見で一人で二郎に入るのは10代のガキにとってハードルが高かったのだろう。
中学生で初めて二郎を食べてから、18歳ごろまでは片手で数えられる程度しか食べに行くことはなかった。
その後、ラーメン二郎にハマるきっかけとなったのは、僕がレンタルビデオ店でアルバイトをしているときの同僚の影響だ。
当時アルバイトながらも、なぜか僕は18歳でお店の店長代理をやっていて、そのアルバイト先にいた二歳年上の慶応大生(Uさん)がジロリアンだった。
レンタルビデオ店はかなり自由なお店で、ぶっちゃけ売上もクソだったし、顧客サービスなどみじんも考えていない店で、僕も適当に仕事をしていた。
新作が入荷されたらまず従業員が無料でレンタルするし、やりたい放題の環境だった。
なんならアダルトビデオの発注は完全に僕好みのものに偏っていたし、10代の僕が選ぶAVに熟女は入らないので、熟女ラインナップが全然揃っていないお店だったことは言うまでもない。
そんな昔でいうガキの溜まり場みたいなお店で、スタッフ同士ダラダラと会話をしているときにラーメン二郎の話しになった。
二郎好きのUさんいわく、「二郎は三回食ったらハマる」とのことだったが、僕は友達のアテンドで数回いったけど全然ハマっていないことを告げると、Uさんは熱心に二郎の良さを熱弁してきた。
当時から二郎の熱狂的ファンは存在したし、「ジロリアン」という言葉も存在した。まるでMLMを熱心に勧めるように、ジロリアン達は二郎の良さをこれでもかと言わんばかりに発信する。
そこまで言うなら、という気持ちになりかけていたその数日後、たまたま友達から二郎に行ってみたいというオファーが舞い降りた。
そこで僕は、今回ばかりは二郎と向き合って食べようという気持ちになり、友達と一緒に二郎に並んだ。
いつものように行列に並びながらアテンドする。
めちゃくちゃ量が多いから小ラーメンを買うこと
並んでいるときにスタッフに食券を見せてラーメンのサイズを申告する必要があること
麺の量を少な目にしたいときや、硬めに茹でて欲しい場合は食券を見せるときに申告すること
着席後、「お客さん、ニンニクは?」と聞かれてからコールすること
何人かの友達にアテンドした内容だが、僕も何度か来たことがあるとは言え、注文時に緊張しなかったことはない。
そのときに連れて行ったNくんは絵に描いたような適当なやつで、部屋はきったねぇし、タバコをおかずに白米を食べるし、ぶっ飛んでるやつだった。
そんなNくんでも初二郎では緊張しているのがわかった。
行列が消化されていき、食券を見せる場面に近づいてくる。
三田本店はオープンからクローズまで常に行列があるため、席が空いていなくても常時5~6杯の麺を茹でており、異常な回転率で薄利多売をするスタイル。余談だが当時は小ラーメンの価格が400円で、今考えるととんでもない値段で提供してたと思う。
行列の話しに戻るが、ちょうど僕が1ロットの最後、5~6杯目の客だったので、食券を見せてNくんより一足先にカウンターに着席した。以下のような配置だ。
着丼を待つ僕と入り口で食券提示を待つNくん、次に食券を見せるのはNくんの番だ。
先に僕が入店しちゃったもんだからNくんはドキドキしながら待っていたのだろう。ちなみに当時は連席などの手配はなく、ツレ同士でもバラバラに座るのが普通だった。
そして麺のサイズを聞かれるタイミングになり、店主がNくんに対して「麺の量は大?小?」と聞いた際、Nくんはあたふたしながら、食券を見せずに言い放った。
「大で。」
当然購入した食券は小だし、小ラーメンでも普通のラーメン屋の三倍くらいあることは伝えているのに、だ。
そのときNくんが何を考えて言ったのかはわからないが、おそらくテンパっていたのだろう。
僕は最奥の席13番からテンパったNくんを見て、「えっ!?小でしょ!?」と声をもらしたのを覚えている。
「あぁ、こいつやらかしたな」と思いながらも黙々と着丼を待ち、そして目の前に置かれた二郎を一心不乱にかきこむ。
1ロット遅れてNくんのコールの番だ。
こいつ小の食券買っておきながら大を注文して、どうやって乗り切るんだろう?店主はなんか言ってくるのかな?知らない人のフリしようかな、などと考えていたら、Nくんのコールの番が来た。
「大のお客さん、ニンニクは?」
Nくんがなんてコールしたか覚えていないけど、Nくんの目の前におかれる山盛りのラーメン。
カウンターに置かれた「小ラーメン」の食券を回収した店主が続けて言う。
「ごめんね大小間違えちゃった、残してもいいからね~」
意外にも店主は優しかったし、当然Nくんは食べきれず残した。
なんでこんな15年以上も前の話しを明確に覚えているのか自分でもわからないが、とにかく僕はそのときから二郎に足を運ぶようになった。
引越しなんかの関係で行かない期間が続いてたときもあったけど、多いときで週2回、通算で300回以上は三田本店に足を運んでいると思う。
これだけ二郎を食べていると、それなりに面白い経験もあったりする。
以前は「鍋二郎」と言って、慶応の学生がお店の裏口に鍋を持っていくと、1kg以上はあろうラーメンを1,000円でテイクアウトさせてもらえた。
僕は慶応学生のフリをして鍋二郎をもらったこともある。
夏場なんかだとタンクトップだし、刺青全開なのによく慶応学生で通ったなと我ながら思う。
とにかく、行列で並んでいる人達を横目に、ノータイムで二郎を享受できるその様は、さながらクラブに入るVIP客のように行列で並んでいる下民への優越感と言ったところだろうか。
その鍋二郎も2000年代後半にはなくなった。
とある日、二郎を食べていると、裏口から鍋を持った学生が現れ、店主に対し「鍋二郎お願いします!」と元気よく話しかけた。
すると店主は「ごめんね~、もう肩が上がらないから鍋はやってねぇんだ!」と申し訳なさそうに回答した。
本当に肩が上がらないからやっていないのか、もしくは原材料の高騰により採算が取れないからやらないのか、真実は店主しか知らない。
というか肩が上がらない=大量に作れないってことなのか?助手に任せるとかダメなのか?など思った。
しかし、その場面を目撃した僕は、「鍋二郎が終了した」という事実を周知することにより店主の負担も減るだろうと考え、帰宅して早速ネットに書き込んだ。
もうこの時点で僕は立派なジロリアンだった。
ジロリアンの特長として、「店に敬意を払う」というものがある。
それはジロリアン独特の敬意の払い方であり、宗教にも似た何かかも知れない。
ギルティだのロットバトルだの、二郎のルールがネット上で面白おかしく独り歩きし、初見殺しの店として有名になった背景には、客同士の不文律があるのだろう。
実際には、淡々と注文した二郎を食ってさっさと店を出ればいいという、行列に対して当たり前のマナーを守るだけでいい。
しかし最近になりGoogleマップのレビューを見ていて、ふと思ったことがある。
Googleマップのレビュー機能が過渡期だということと、書き込む人間の心情についてだ。
まずGoogleマップのレビューだが、これは初期の食べログのような無法地帯になっている。
食べログは評価のアルゴリズムを明かしていないが、捨て垢を作ってレビューしたところで点数には反映されない。当然カカクコムの収益を最優先にした構造になっているはずなので、お店から収益をむしり取るのに最適な構造にしているだろう。
しかし、グーグルマップのレビューは星1~5まで誰でもつけることができ、レビューコメントも全て表示される仕様である。
AIに力を入れているグーグルなので、今後は見る側のグーグルアカウントにパーソナライズされたレビュー表示だったり、レビュー無効にすべきアカウントの判定強化に舵を切ると予想しているが、とにかく現状はやりたい放題である。
例えば、とあるコンサル会社が自社の既存客に対し、いくつものアカウントから低評価をつけまくる。その上でレビュー削除プランを新たなソリューションとして提供する。お金をもらったら自分でレビューを削除すれば仕事終了。こんなありきたりなマッチポンプでも、引っかかってしまう人は一定数いるのである。
また低評価を見てみると、「これぜってぇお前が悪いだろ」と思うようなレビューもちょくちょく見受けられる。
Googleマップレビューを低評価順にソートして見ると、中々暇つぶしになる上に色々と発見があり面白い。
ラーメン二郎に関して言えば、やはり食べるのが遅い客に対する店主の態度が低評価として多く見受けられる。
これをさらに深く考察してみると、いかにラーメン二郎が完成されたビジネスモデルかというのがうかがえる。
まずラーメン二郎は前述したように、席が満席でも常に後ろの客の麺を茹でている。これは客が食い終わってすぐ退出することを前提としていて、尚且つオープンからラストまで常に行列が絶えないから成立する。
このビジネスモデルをわかりやすく説明する上で、ラーメン二郎目黒店をピックアップしよう。
目黒店の配席は下記のようになっている。
L字カウンターで5:5の合計10席である。
そして店主は1ロットで5杯の麺を常に茹で続ける。
1ロットで5席に提供したラーメンに対して、その前のロットで一人でも食べるのが遅い客がいると、次の5人に対するラーメン提供のオペレーションが乱れてしまうわけだ。
さらに、できあがったラーメンを放置するわけにもいかないので、最悪の場合は一食分のロスになる。
わかりやすく定価500円で原価率を50%として計算すると、一人当たりの売上総利益(売上引く原価)は250円となる。
なので一杯の食品ロスが生まれると、食べるのが遅い客の提供分に対して、利益が0円になってしまう。
さらに目黒店は常に行列ができているため、食材が続く限りは客が入り続ける。
ということは、一杯ロスがあると一人分の売上を逃すことになる。
つまり店側からすると、オペレーションを乱された上に0円でラーメンを提供し、さらに500円の売上を逃してしまう結果となる。
問題はそれだけではない。
オペレーションが乱れるということは、後に続く客の待ち時間が長くなるというデメリットもある。
ちなみに目黒店はL字10席カウンターなので、全員が揃って完食できないとロスしてしまうが、三田本店で言えばコの字カウンター13席なので、幾分か余裕がある。
そのせいかはわからないが、目黒店の店主は食べるのが遅い客に対して催促を促すことがある。
僕も一度見かけたことがあるが、「食べられないなら残していいからね~」と語りかけるのである。
※相模大野店では、店主と客のこのやりとりが「スモジ劇場」と呼ばれる。
これを言われた人がグーグルレビューに低評価を書きたくなる気持ちもわかるが、店にしてみれば食べるのが遅い客には来ないで欲しいのが本音だから、「二度とお店に来たくなくなるような接客」を心掛ける。
なぜならそうしないとお店の経営が成り立たないから。
飲食店として何ともいびつなビジネスモデルであるが、なぜこのスタイルが成立するかというと、「ラーメン二郎」という看板があるから。
関東ラーメン市場における知名度として、ラーメン二郎と家系ラーメンの二つは桁外れに認知されている。
ラーメン二郎が世に認知されるに至ったきっかけはネットの影響が大きい。
僕が初めてラーメン二郎を食べた時代は、まだインターネットが普及していないため、あの独特なコールやルールは人づてに聞くしかなかった。
しかし2000年以降、ネットの普及により二郎コピペなるものが出現し、多くの人が「ラーメン二郎とは?」のアンサーを得られるようになったし、誇張されたルールが面白おかしく広がっていった。
現在でも三田本店では小ラーメン600円という価格で、通常のラーメンの2~3杯分の量のラーメンを提供している。
豚の量はもはやステーキのレベルである。
これだけ安くて量があるラーメンは三田本店以外にはそうそう存在しないだろう。お店からしたら原価率も高いが、異常なまでの回転率が実現することでお店も成立しているのである。
またラーメン二郎三田本店の店主である山田総帥は、FCや多店舗展開を一切認めていない。2022年現在、40店舗ほどラーメン二郎が存在するが、これらは全て本店での修行を経て開店している暖簾分けである。
また店主が厨房に立ち続けることが暖簾分けの条件となっているため、二号店を出すことは許されていない。
山田総帥はお金を沢山稼ぐという執着がないことと、独自のキャラクター、二郎独特のコール、異常なまでのコスパが揃ったことで客が勝手に信者化し、これだけのムーブメントを引き起こすことができたのだろう。
ちなみにラーメン二郎武蔵小杉店の店主は、息子にお店を任せて自分は違う店を出していたことで、二郎の看板を破門になった。
そして現在は渋谷並木橋の近くでラーメン526(こじろう)という店を構えている。
ここは僕もちょくちょく行くのだが、さすが本店で修行しただけあり味は本物だし、ぶっちゃけ他のラーメン二郎と比べても値段も味も量も遜色ない。
しかし本物のラーメン二郎だとしても、看板は使えない。
となると当然集客にも響く。
「ラーメン二郎」という看板を使えないだけで、客入りが少ないのだ。
個人的には526は本物のラーメン二郎だと思っているが、並ばないでも入れる。
かの有名な漫画、ラーメン発見伝にて、主人公の最大のライバルである芹沢さんが発言した「情報を食ってるんだ」という言葉は、まさにラーメン526の集客に現れている。
また現在は閉店してしまったラーメン二郎大宮店の元店主、加藤省吾さんの経歴も興味深いものがある。
加藤さんは2008年にラーメン二郎大宮店をオープンしたが、それ以前、僕が三田本店に通いまくっていた時期にこの方が助手として本店で修行されていた。
そのため、加藤さんの顔は見覚えがあり、おそらく客として50回くらいは顔を合わせている。
加藤さんは2016年にラーメン二郎大宮店を閉店し、現在は名古屋にて「肉うどん さんすけ」というお店を運営されている。
某メディアのインタビューにて、加藤さんは下記のように回答している。
「オーナーになり、ラーメン二郎のブランド力で、お客さんにもたくさん来ていただました。でも次第に、ここで満足しちゃいけないと思うようになったんです。自分で自分の味を作り出したくなった。それで、新しい道を進むことに決めました。」
お話ししたことはないが、この方は向上心が高い方なのだろう。
「ラーメン二郎」という看板を下ろしたときに勝負できるのか?その心意気は料理人として、また経営者としての野心だろう。
遠巻きながらコロナに負けず頑張って欲しいと切に願う。
現在、日本のラーメン市場は成熟期であり、スープ、タレ、具材、麺において研究開発の余地がないのではないかというくらい研究されつくしている。
その中で差別化を図り集客を成功させるのは、ラーメン職人としてのスキルよりも、経営者としてのスキルの方が圧倒的に重要である。
そんな中、狙ったわけでもなく強烈に日本全土を巻き込んだ「二郎系」ムーブメントを巻き起こした山田総帥は、今だに三田本店で厨房に立っているトップランナーであり、ラーメン業界の偉大なるパイオニアであるということをお伝えしたかった。
この方が亡くなったら多分僕は涙する。
そんなことを思いながら、今日も僕は二郎の小ラーメン(麺少な目)を食べきれず残して帰って来た。