二重人格
優しさって余裕だ。
私の働くバイト先には、二重人格の従業員がいる。普段は優しいのに、忙しくなるととたんに声を荒げ、暴言を吐き、態度が豹変するのだ。
しかしそうなるのも無理はない。というのも、その従業員は他の正社員と比べても明らかにこなす業務量が多い。多すぎる。アルバイトの私たちが今日は忙しいと思う日、その方がどんな厳しい状況でどれだけの業務をこなしているのか。想像に難くない。
のんきに話しかけてくる酔っぱらい、使えないバイト、次から次へと溜まっていく注文の数。永遠とアニメの話をでかい声でする社長と、ろくに働かない店長。沸いてくるのは呆れか、悲しみか・・・。怒りだろう。
優しさは優しさだけででているのではない。誰だって本当は優しくなりたいんじゃないだろうか。そんなことはないか。…そうだったらいいな。
誰だって優しくなりたいとして、それでも優しくない人がいるのは、優しさを持てるだけの心の余裕がないんじゃないだろうか。
私たちは、ある場面で怒っている人を見たら、怒りっぽい人だと感じてしまう。人間だったら、普通のこと。そんなように、ある人の優しくない場面を見たら、いじわるな人だと決めつけてしまう。これも、当たり前にそう感じることだ。それはそれで当たり前なのだけど、余裕がないのかもと思えたら、世界がちょっと平和になる、ような。
逆に、余裕は優しさにもなる。
余裕があれば、まわりを見渡せる。相手を気遣う気持ちが芽生えて、優しく接することができると思う。ゆとりがあるのに優しくない人も、中にはいるけれど。
自分が優しくできないとき、相手の優しさを感じられないとき。「余裕」を逃げ道にしてみてはどうだろう。
そういうちょっとした心持ちで、生きていきたい。
ま、それにも余裕が必要なのだけど。