趣味

 突然なのだけど、わたし、本が好きなの。特に、本を買うのが。ええそう、その前やその後にどうということではなくてね、「本を買う」、それがいいの、わかってくださるかしら。わたし、本を買うのが好きなの。読むことではなくてよ。いえ、もちろん読むということを厭だと思っているのではないわ、あの、さらさらした土のような文字の上を滑る指先や、頁を捲るときの手にかかる幽かな甘さ、震える心を持ち上げるためのふかふかのクッションのような栞、本にはどれも欠けてはいけないもの、ねえ、あなた、わかってくださいな、わたし、本が好きだと思うのよ、ね、そうでなくてなんだっていうんでしょう、本を買うのが好きということに不純な気持ちなんてないの、買うのが好き、そういう心持が大きいというだけで、きっと読むことだって好きだわ、なぜって、好きで買ったんですもの、ええ、本にはたいてい、誰が書いた、どんなお話かということが記されていますでしょ、ですから本にちらりと手を伸ばして、表紙がどんな様子か確かめたり、ぱらぱらと目次や挿絵なんかも見るし、背表紙の具合も確かめて、そうして買うのよ、本ならなんでもいいというわけではないわ、できる限り、わたしの好悪の心持にあてはめて、そうして、いい、と思ったものを買うのよ、そう、全部読んでしまわないのに、いい、と思うのはじつは大変なことなのよ、つまりわたしは、食べていない苺をみて、さてどれが一番甘いかしらということをビニイル越しにみて、そうして手に取るの、わたしにとって、本を買うというのはそういうことよ。ですから、これはもう、本が好き、そういうことなのだと思うの、違って? わたし、自分自身の本棚に並べられているすべての本が好きだわ、きちんと決まっている場所があるのよ、秩序をもった騎士団のように並べてあるの、本棚というベースのひとりひとり兵隊さんが美しく並んでいるところに、わたしはできる限りゆっくりゆっくり近づいて、そして畳にしゃがみこんで、それからぢいっと眺めるの。何って、本の背をよ、作家の名前が上にあったり、タイトルが上にあったり、使われているフォントや背の色だってさまざまで、うつくしい空間ができているのを眺めるの、そうしたいのよ、そして、できることならもっともっとたくさんの時間、眺めていられたらどんなに素晴らしいかを考えては、また、本を買いに行くの。

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samatsu.
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