
Photo by
forgiveness1
「ベスソシャ」
「……31,32,33,34,35」
そう数え終わったあと、ゴクリと喉を鳴らし
「なるほど、豚の角煮は35回か」
と山本さんは言った。私たちは社内食堂でランチをとっていた。山本さんは豚の角煮定食、私は麻婆豆腐定食だった。
「何がですか?」と訊くのは当然の権利だと思ったので訊いてみる。
「ベスト咀嚼の研究だよ」
当然のような顔で山本さんが言った。
謎が深まる。私の眉間の皺も深まる。
私はわけもわからず、口を開けたまま
「ベスソシャ…」とだけ繰り返した。
「咀嚼の回数を記録してるんだよ。豚の角煮は35回。これが僕にとってのベストだったんだなぁ」
だったんだなぁ、と言われても。
それは独り言専用の語尾だと思う。
山本さんが料理別に満足のいく咀嚼回数を記録してるという話に対するリアクションがわからなすぎたので
「麻婆豆腐は3回です」
と答えた。すると山本さんは笑った。
笑ったあと真顔になって「麻婆豆腐を食べるたきはだいたい米も一緒だから、単体のデータは要らない」と言われた。