ネット社会でのお買い物は面倒です
炊飯器、そろそろ買い替え時? まだ使えるけど、内釜のコーティング剥げて来たよね~。
でも、炊飯器って値段ピンキリだよね。
うちのは、2万円くらいだったから、その程度でいいわ。
楽天、アマゾン、価格コム、ヨドバシ、エトセトラ。
あれこれ比較して、口コミチェックして、これがいい? あれはどう?
あー。これにしよっと思ったけど、口コミのココが気になるわぁ。
(ここで2日間経過)
選ぶのが面倒くさくなって、炊飯器選びを娘にバトンタッチ。
彼女はオタク系なので、私より的確に選ぶはず。
と思ったら、私と同じ沼にハマってしまったらしく、
「どれがイイか、分からなくなった。今のやつ、まだ使えるよね? 壊れてから考えればいいんじゃない? いざとなれば土鍋で炊けば? 」
結論。
買い替え中止。
なんか最近、こんなことばっかりやってる気がします。でも、もし、電気店に行っていたら、さっさと購入を決めていたはず。
ネットで服を買おうとして、やーめた。
ネットで靴を買おうとして、やーめた。
ネットで棚を買おうとして、やーめた。
ネットで、ネットで、ネットで。
ひとついいのを偶然見つけても、商品名や型番で検索すると、驚くほどたくさんの情報が出てきて、それらをチェックしているうちにお腹一杯となり、「別に買わなくてもいいか~」となる。
こんな経験、ありませんか。私はしょっちゅうです。
ドロップシッピングやら転売ヤーやら、ネット社会の乱雑さのせいで、過度な「選択」を強いられ、本来あった「選ぶ楽しさ」が失われている? しかも今や、国境を越えてモノが押し寄せます。
その中で納得できるモノ選びのためには、本当に必要かどうか、絞り込む思考が発生します。在り過ぎる社会で選択を強いられると、脳がショートするのかもしれません。そして、私たちの社会は不要なモノで満ち溢れていることに気づいてしまう。
必要だと思っていたモノが、実は人生において無くてもよいモノだとしたら、そのモノを手に入れるための金銭を得る意味すら無くなってしまう。
張り巡らされたネット社会は、付加価値の付かない、より基本的なシンプルライフを加速させるような気がします。