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青春喫茶(皐月物語 157)

 新城しんしろ駅を出て15分ほど歩くと及川祐希おいかわゆうきの通う桜淵高校に着いた。藤城皐月ふじしろさつきは校門の前で立ち止まった。
「中に入らないの?」
 入屋千智いりやちさとは皐月を見上げながら深くかぶっていたキャップのバイザーを上げた。校門には文化祭の立て看板が出ていたが、装飾はそれだけしかなかった。
「高校に入るのなんて初めてだよ。俺たちって場違いじゃないのかな?」
 桜淵高校の外観は市立小学校とたいして変わらないが、校門から中に入るとよその家に来たような居心地の悪さを感じた。
「お年寄りや親子連れの人もいるし、大丈夫でしょ。皐月君って案外そういうことを気にするんだね」
 アニメなどで高校の文化祭をいくつか見ていたので、もっと派手なものだと思い込んでいた。だが、この無個性な県立高校の文化祭はパッと見がかなり地味だった。皐月は本当にここで文化祭をやっているのか不安になっていた。
「小心者なんだよ、俺って」
「この後、祐希さんの教室まで行くんだけど、大丈夫?」
「ははは。緊張するなぁ~」
「もう……。じゃあ、私が連れてってあげる」
 千智は祐希からもらった校内マップをスマホで見ながら、祐希のいる教室を目指して歩き出した。皐月は少し遅れて千智の横に並んだ。
 来客者は多く、地元の大人たちや小中学生も出入りしていた。ここは新城駅前の閑散とした雰囲気とは全然違って賑やかで、祭りの体をなしていた。人に紛れて普通に歩いていれば、市外から来た小学生でも目立つことはない。

 桜淵高校には普通科と専門科がある。普通科の生徒は大学進学を目指し、専門家の生徒は商業や農林畜産の知識と技術の習得を目指している。桜斑高校の専門科は学科の種類が多いけれど、人数が少ないので各学科が1クラスずつしかない。
 及川祐希は商業科に通っていて、簿記や会計や情報処理の勉強をしている。家ではよくノートPCで勉強していて、皐月は祐希にHTMLやエクセルの使い方を教えてもらったことがある。簿記も教えようかと言われたが、どうにも興味が持てなかった。
「ねえ千智。ふれあい動物園だってさ。ウサギとかモルモットとかいるみたいだよ。後で行ってみない?」
 ふれあい動物園の中では親子連れの小さな子や地元の小学生たちが小動物を抱っこして喜んでいた。
「行く! 皐月君って動物好き?」
「好きだよ。学校のウサギの世話とか好きなんだよね。服が汚れちゃうけど、ついモフモフしちゃう」
 桜淵高校には動物科学科があり、動物の生産利用だけでなくアニマルケアも学んでいる。他にも農業科や森林科があり、家業を継ぐ生徒の需要を満たしている。
 校内には様々な店が出ていた。動物科学科の店では加工肉や卵などが売られていて、農業科では野菜や果物や花を売っていた。森林科では生徒が作った家具が販売されていて、出来が良く価格もそれなりだった。商業科は地元の工芸品のセレクトショップを出店していた。
「専門科って楽しそうだな。俺ってなんとなく高校へ行って、大学へ行くみたいなことを考えていたんだけど、こういう進路もあるんだ……」
「農業大学や畜産大学もあるよ。バイオや生命科学を学べる学部もある。皐月君はそういう方面に興味があるの?」
「いや……まだ特に深く考えていない。今のところ、大学で勉強してみたいって思ったのは文学かな。ちょっと前までは歴史とか宗教に興味があったんだけど、修学旅行に行って冷めちゃった」
「そうなんだ……」
 千智は皐月が歴史や宗教に冷めた理由を何も聞いてこなかった。皐月は聞いてもらいたいと思って話題を振ってみたけれど、時と場所が適切でなかった。
「千智は大学へ行くんだよね。何か勉強したいことってあるの?」
「まだ決めていないけど、今は医学とコンピュータサイエンスに興味があるかな」
「へぇ~、理系なんだ。学校の図書館では文学全集を借りているのに?」
「うん。お父さんがICTエンジニアだから、その影響かも。お兄ちゃんが医学部を目指しているから、その影響もある」
「そうだったんだ。千智のお父さんって現代美術が好きみたいだから、アート系の人なのかと思ってた」
「アート系の仕事もしてるよ。いろいろな分野のシステムに関わっているみたい」
 去年まで東京にいた千智と、田舎で芸妓の置屋で育ってきた皐月とは見てきた世界が違うようだ。皐月は高校の専門科でのんびり楽しく過ごすのもいいかもと思ったりしたが、千智から急に最先端の世界を突き付けられた。

 商業科の及川祐希はクラス企画で出店しているセレクトショップの方ではなく、模擬店のカフェでキャストをしているという。皐月と千智は最初にそのカフェへ行って、祐希に会おうと決めていた。
 校舎の廊下を歩いていると、高校生の女子たちの視線が二人に集まってきた。
「ねえ、皐月君。もしかして私たちって見られてる?」
「千智が可愛いから注目されてるんだよ」
「嘘っ! 私、今日は目立たない格好で来てるんだから、それはない。みんな皐月君を見てるんだよ」
「そうか? まあ、祐希が俺や博紀ひろきの写真を友だちに見せびらかしていたみたいだからな。もしかしたら俺の顔って結構知られちゃってるのかも。でも、女子の間では博紀に人気が集まってるって聞いてたぞ」
「え~っ! 皐月君の方が格好いいよ」
「へへっ、ありがとう。そんなこと言ってくれるのは千智だけだよ」
 皐月はつい女癖の悪さが出て、千智の肩に手を掛けてしまった。千智がビクッとしたので、すぐに手を離した。さすがにこれは時期尚早だった。
 千智は真理や祐希のような子じゃない。今はまだ触れてはいけないし、今後も触れてはいけないかもしれない。驚いて皐月を見た千智の顔は頬を赤く染めていた。千智の純情を見ると、皐月は自分の心が穢れているのを思い知らされる。
「あっ、ここだ」
 皐月が指差したのは祐希のクラスの前に立てかけられてる黒板の看板だ。そこにはチョークで『Addressence』という店名と、ケーキやドリンクの可愛いイラストが描かれていた。
「アドレセンスってどういう意味なんだろう」
 皐月はささっとスマホで意味を調べた。
「……青春か。いかにも高校生って感じだね」
 皐月は青春という言葉は知っているが、その意味はよくわかっていない。自分にとっての青春はもう少し先のことだと思っている。
「祐希さん、中にいるんだよね?」
「そう。給仕をしてるって言ってた。入ってみようか」
「うん」

 皐月と千智が店内に入ると、他の高校の生徒や中学生、地元の大人などでなかなか賑わっていた。祐希はすぐに皐月と千智のことを見つけ、小走りで駆け寄って来た。
「千智ちゃん、久しぶり~」
「祐希さん、かわいい~」
 祐希は家では見たことのないアプリコット色のロングワンピース姿だった。臙脂えんじ色の紐リボンがよく似合っていて、フリル付きの白いエプロンがメイドみたいで可愛かった。
 クラスの女子がざわつき始めた。皐月たちの他にも客がいるので、彼女らは大きな騒ぎにならないよう気を使っているみたいだが、そこかしこから「かわいい~」という声が聞こえてきた。
 祐希と千智が二人だけで話していたので、皐月は除け者にされているような居心地が悪さを感じて、落ち着かなくなっていた。祐希はわざと自分の方を見ないようにしているような気がした。
「座って。メニューはこれだけしかないけど、何にする?」
 メニューはドリンク中心で、カフェのような凝ったものはない。だが価格は安く、生徒の手作りのクッキーがついてくるのが売りのようだ。
「皐月君は何にする?」
「俺はホットコーヒー。千智は?」
「私はどれにしようかな……ホットココアがいい。祐希さん。ホットコーヒーとホットココアをお願いします」
「は~い。ありがとうございま~す」
 祐希が千智にうやうやしく礼をして離れて行った。祐希はまるで皐月のことを相手にしていないような態度だった。

「ねえ。皐月君と祐希さんって何かあったの? 祐希さんは皐月君のことを全然見ようとしなかったし、まだ何もしゃべっていない」
 祐希の皐月に対する冷淡な態度に千智はそわそわしていた。
「だって祐希と千智が直接話すのって、豊川稲荷で会った時以来だよね? 俺は祐希と同じ家に住んでいるから、家族みたいなもんじゃん。祐希とはしょっちゅう喋ってるから、別に今話さなくたっていいよ」
「そうなの? 私、二人が喧嘩でもしたのかと思った」
「まさか……。俺たちは姉弟きょうだいみたいに仲良くしてるよ。もうお互いに気を使うこともなくなったし」
 皐月はデリケートな話を混ぜることで、祐希と仲良くなり過ぎていることを隠した。祐希もそのことを秘密にするために自分と距離をとっていると思った。
 皐月には千智と話している祐希がはしゃぎ過ぎているように見えた。だが、内心では千智のことをどう思っているのかがわからない。自分なら祐希の恋人を前にしたら平静ではいられない。
「皐月君。さっき修学旅行で歴史や宗教に興味があったけど、冷めちゃったって言ってたよね。それってどういう意味?」
 千智は皐月の話したことを気に留めていて、話を切り出すタイミングを測っていたようだ。
「そうだね……。冷めたっていうのは究めたいっていう気持ちがなくなったってことで、好奇心はまだあるよ。神社やお寺に行けば気持ちがいいと思うし、歴史的建造物を見るのは楽しい」
「じゃあ、これからも京都や奈良へは行ってみたいって思う?」
「もちろん、また行ってみたいよ。いつか千智と一緒に京都や奈良を歩いてみたいな。でも、大学に行ってまで専門的に歴史の勉強をしたいとは思わなくなった。修学旅行に行くまでは歴史や神の謎を解きたいって考えたこともあったんだけど」
 皐月はさっき言った冷めたという言葉が大げさ過ぎて、千智に誤解させたことを反省した。だが、千智に自分の内面に興味を持ってもらえたことは、結果的に良かったと思っている。
「冷めた理由は二つあってね、一つはいくら歴史や宗教の研究をしても絶対に本当のことがわからないということ。もう一つは政治が絡んだ話にうんざりしたこと」
 これから話が佳境に入るというところで、祐希と友だちがホットコーヒーとホットココアを運んできた。祐希の友だちもロングワンピースに白いエプロンをしていて可愛かった。

「お待たせしました~」
 祐希が千智の前にホットココアを置き、祐希の友だちが皐月を担当した。祐希の友だちは高校生なのに、皐月を前にして緊張しているようだ。皐月が優しく微笑んでお礼を言うと、彼女ははにかみながら微笑み返した。
 皐月はこの笑顔をよく知っている。店に行くと女性店員がときどき見せる、営業スマイルを超えた笑顔だ。
「ねえ、祐希。私のこと紹介してよ」
「あっ、うん。この子は私と同じ中学出身の安形珠音あがたたまね
「珠音です。ヨロシクね」
 珠音はショートヘアがよく似合う野性味のある少女だ。濃い顔立ちで、エキゾチックな魅力がある。
 皐月は珠音と話してみて、この高校の敷地に入ってからずっと感じていたことがはっきりとわかった。それはここの生徒に華美な子が全然いないということだ。校則が厳しいだけなのかもしれないが、みんな真面目に見える。
「彼女は入屋千智ちゃん。私の豊川でできた最初の友だち。こっちの彼は藤城皐月君。私がお世話になっている家の男の子」
「こんにちは」
「どうも」
 皐月と千智は珠音に軽く頭を下げた。皐月は祐希に男の子と言われたことが、子供扱いをされているようで気に食わなかった。
「ねえ、祐希。皐月君と一緒に写真を撮ってもらってもいい?」
 珠音は小声で祐希にお願いをした。祐希は皐月が肖像権を気にしていることを知っているので、少し戸惑っていた。
「皐月。珠音と一緒に写真を撮ってもらってもいい?」
「いいよ」
 皐月は嫌な顔を出さないように応えたが、これが今日初めて祐希と交わした言葉だと思うと、あまりいい気がしなかった。
 珠音と皐月が二人で写真を撮ることを知った同級生たちが珠音のもとに集まってきた。商業科は女子の比率が高く、このクラスのカフェには女子生徒しかいない。
「祐希、私たちも一緒に撮ってよ」
「皐月君と二人で撮ってくれるの?」
「博紀君は来ていないの?」
「皐月君って女の子が男装しているみたいで、可愛いね」
 祐希の同級生たちは集団になると急にやかましくなった。静かで落ち着いていた『Addressence』の店内が騒然となり、客たちの視線が皐月に注がれた。特に男子中学生たちからの視線が痛かった。
 皐月はだんだんイライラしてきた。うるさいだけではなく、博紀はいないのかとか、女の男装みたいだとか言われたのに腹が立ってきた。
「なあ、祐希。写真は一枚しか撮らせないからな」
「うん、わかった……」
 皐月が苛立ちを隠さずにきつく言い捨てると、祐希の同級生たちをかえって喜ばせてしまった。不機嫌を顔に出しても、その顔つきが格好いいとまで言われた。

 皐月は同級生のイケメン野郎、月花博紀げっかひろきの気持ちが今さらながらよくわかった。6年生になって初めて教室に新しいクラスメイトが集まった時、女子たちが博紀と同じクラスになったことに興奮して騒ぎになったことがある。
 その騒ぎを収めたのはカースト最上位の女子の松井晴香まついはるかだった。晴香は後に博紀のファンクラブを作り、会長になった。
(もう出てえな、ここ……)
 祐希は晴香のように上手く仕切ることができなかった。祐希には晴香のようなカリスマがない。皐月が冷えた目で女子高生たちを見ていると、千智が皐月の隣にやって来た。
「私も一緒に写ってもいい?」
「いいよ」
 皐月は千智が隣にいてくれることで少し気が楽になった。隣を見ると、千智がキャップを脱いで髪を整え始めた。千智のビジュアルはここにいる祐希の友だちに比べて圧倒的な輝きを放っていた。
 すると、珠音たちが急におとなしくなった。祐希の同級生たちや店に来ていた客たちの視線が千智へ移った。
「祐希さん。写真撮って」
「あっ、うん」
 写真を撮る瞬間、千智が体を寄せてきた。これで皐月と千智以外の女子高生たちがモブになった。
「祐希さん、ありがとう。後で写真、送ってね」
「……うん」
 千智と皐月が席に戻ると、祐希の同級生たちは仕事に戻った。皐月は千智の振舞いを見て、クラス替えの時の晴香のことを思い出した。あの時の晴香はクラスの女子にピシッと言って騒ぎを止めた。
 この時の千智は晴香よりも格好良かった。キャップを脱ぎ、何も言わなくても美少女というだけで女子高生たちの騒ぎを止めた。千智はまだ5年生なのに高校生よりも凛々しかった。
 千智が祐希に撮ってもらった写真を見せてもらっていたので、皐月も横から覗き込んだ。その写真では珠音たちのことをモブだと思っていたが、実際はみんないい顔をして写っていた。
「私も写真に入りたかったな……」
「ごめんなさい。私と祐希さんが逆になれば良かったですね」
「いいのいいの。変なこと言ってごめんね。私はただ、千智ちゃんと一緒に写真に写りたかったなって思って」
「それなら俺が二人の写真を撮ってやるよ」
 皐月の提案に祐希が微妙な顔をした。自分としては変なことを言ったつもりがないのに、あまり嬉しそうにしていない祐希を見ると惨めな気持ちになる。
「じゃあ、お願い」
 冷めた返事をした祐希からスマホを受け取り、皐月は千智との写真を撮った。画面の中の祐希はご機嫌な顔をしていた。
「祐希さん。私と皐月君の写真も撮ってもらってもいいですか?」
「いいよ~。二人でテーブルに座っているところの写真を撮ろうか」
 祐希が自分のスマホで写真を撮ろうとしたので、千智は自分のスマホを手渡した。
「ありがとうございました」
「二人とも、ゆっくりしていってね」
 この時の写真を見てみると、皐月は物憂げな顔で笑っていた。変な顔だと思ったが、千智はこの顔を気に入ったようで、妙に喜んでいた。

 祐希が二人のもとを離れて仕事に戻った。少しぬるくなったコーヒーを飲んで千智の顔を見ると、皐月はようやく落ち着いた気持ちになった。
 いつの間にか教室の中は満席になっていた。教室の外の廊下には順番待ちの行列ができていた。
「ここって人気があるんだな。それとも文化祭に来た人が増えてきたのかな?」
「ゆっくりしたかったけど、早めに出た方が良さそうだね」
「そうだな。お昼ご飯はどうしようか。食事を出す店があるって祐希が言ってたけど、これだけ人が増えてくると、どの店に行っても行列に並ばなくちゃいけなくなりそうだ」
 校内マップを見ると、普通科の模擬店で軽食を出すところがあった。動物科学科の出す店では卵料理が提供され、農業科はサラダ専門店を出している。
「俺、卵料理が食べたいな。ねえ千智。動物科学科の店でもいい?」
「いいよ。ここを出たらすぐに行こうか」
「ちょっと早くないか? おなか、空いてなくない?」
「大丈夫だよ。それに遅く行くと行列が長くなっちゃうかもしれないし、売り切れになっちゃうかもしれないでしょ?」
 時刻はまだ正午になっていなかったが、昼食の早い人ならそろそろ食べ始めてもおかしくない頃合いだ。
「じゃあ、これ飲んだら出ようか。だからといって慌てて飲みたくはないけど」
「そうだね。せっかく二人でお茶してるんだし、できるならゆっくりしたいね」
 ゆっくりしたいと言いながら、千智は早いペースでココアを飲み干した。千智は気配りが行き過ぎているんじゃないかと心配になった。
 皐月は千智のこういう配慮のできるところは大好きだが、そういう性格は疲れるだろうと思った。千智は繊細だから、誰よりも大切にしなければならない。

 店を出る時、祐希がレジを担当した。皐月は千智の代金も自分が出すと言ったが、自分で稼いだお金じゃないから割り勘じゃないとダメ、と千智に叱られた。
「千智ちゃん、これからどこに行くの?」
「動物科学科のお店に行こうと思ってます。卵料理を食べてみたいって皐月君が言うから」
 祐希がチラッと皐月のことを見た。
「今年はオムレツを上手に作る子がいるんだって。私も行きたいな~」
 祐希の話を珠音が聞いていて、他のクラスメイトと相談をし始めた。皐月と千智が教室を出ようとすると、珠音に呼び止められた。
「皐月君。祐希が一緒にランチに行くってさ。祐希、そろそろ交代の時間だよね?」
「ちょっと、珠音。私、そんなこと言ってないよ。それにお昼交代はまだ早くない?」
「少し早いけど、いいよ。みんなもいいって言ってた。皐月君たちを案内してあげてよ。ねっ」
 祐希はクラスメイトに遠慮しているように振舞っているが、皐月には自分のことを避けているように見えた。
「うん……。じゃあ、ちょっと抜けさせてもらうね。後で仕事頑張るから」
 千智が先に教室を出て、その後に祐希が申し訳なさそうに教室を出た。皐月も後を追おうとすると、珠音に呼び止められた。
「皐月君、さっきはごめんね。みんなで押しかけちゃって」
「いえ……別にいいです」
 祐希の同級生たちが再び皐月のもとに集まってきた。
「皐月君、さっきはごめんね」
「一緒に写真撮ってくれて、ありがとう」
「私、皐月君に推し変する」
「博紀君から担降りたんおりする」
 彼女たちから優しい気持ちが伝わってきた。皐月はここにきてようやく穏やかな気持ちになれた。博紀から担降りするには笑ってしまった。
「コーヒー美味しかったです。今日はありがとうございました」
 皐月は軽く頭を下げ、精一杯笑顔をつくって教室を出た。珠音たちが手を振って見送ってくれた。少し先で祐希と千智が皐月のことを待っていた。なぜかさっきまで冷たかった祐希の方が明るい顔をしていて、千智の顔はやや憂いを帯びていた。


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音彌
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