皐月物語 37.1 悪戯麻雀の敗者は歌う
この回は37話のサイドストーリーです。37話はまだ投稿していないので、ちょっと先走っちゃいました。一応麻雀小説です。麻雀のルールを知らなくても楽しんでもらえるように努力しました。
ジャンケンで抜け番を決め、1局目は藤城皐月が抜けることになった。入屋千智の後ろで闘牌を見守ることにした。
「おい、皐月。口出し禁止だからな」
「わかっとるわい」
骰子は一度振りで行われることになった。皐月は二度振りを主張したが、今泉俊介が「一度でいいじゃん」と言い、月花博紀と弟の直紀も賛同、皐月も渋々承諾した。イカサマする気満々の男共からどうやって千智を守ればいいのか……ハードルが上がってしまったが、この逆境にかえって皐月は燃えてきた。
博紀が起家で始まった。各自手持ちのコインを卓の右端において皆に持ち点がわかるようにしておく。博紀が骰子を振ると賽の目は7、西家の俊介の山から配牌を取る。
5巡目、南家の直紀の捨てた發を西家の俊介が碰。これはドラなので最低でも7700点。場に緊張が走った。
(俊介の野郎、初っ端からドラ爆かよ……。1/6の確率に賭けやがったな)
俊介の積み込みを疑った皐月は千智のピンチにもかかわらず笑みを浮かべずにはいられなかった。いきなりイカサマを仕掛けてくる俊介の向こうっ気に愛嬌を感じる。
俊介に自摸られると一発で最下位終了になりかねないのが博紀だ。博紀は2巡目の配牌で二萬と三萬が対子で入ってきたことに違和感を感じていた。
(俊介、配牌でドラが入らなかったらぶっこ抜くつもりで固めていやがったな)
博紀はこれを緊急事態と捉え、手牌の右端を小手返しして直紀を呼び出した。言葉で行うチクローズと右手を使って行う指ローズで手牌の情報を交換する。
「お前さ、学校で入屋さん同じクラスだよな。うまくやってるのか?(鳴きたい。二萬を持ってるか)」
「当たり前じゃん(あるよ)」
(直紀に二萬が入ってるってことは、俊介は2回ぶっこ抜くつもりだったのか?)
直紀が二萬を切ると博紀が碰。俊介の自摸順を飛ばす。
「席替えやった? 俺たちはやったぜ。(もう1枚鳴きたい。三萬はある?)」
「まだやってない。(ない)」
(下手糞だな、俊介は。抜くつもりなら直紀にもう1枚三萬が入ってるはずなのに)
「お前のクラス遅いな。今週中にはあるだろ。(じゃあ八筒はあるか?)」
「そうだね。(それなら持ってる)」
皐月は博紀がこんなに饒舌になるのは怪しいと感じていた。ペラペラ話していても会話に内容がない。
(こいつら通しでもしているのか?)
「入屋さんと隣同士になれたらいいね」
俊介が会話に割り込んできて、心にもないことを言う。千智に口を利いてもらえない直紀を精神攻撃してくる。
「入屋に嫌がられるかもしれないから、別に離れててもいいよ」
博紀と直紀の通しでは第三者との会話は無視することに決められている。だからこの俊介との会話はサインに含まれない。ただでさえ通しの解読に神経を使って疲れるのに、俊介からの口撃には直紀は辟易した。
(兄貴も個人技で何とかしろよな……)
千智は三人の会話が耳に入らないかの如く手牌に集中している。直紀が八筒を切り、博紀が碰。これで一向聴、あと1牌で聴牌。俊介は時々自分の手牌に視線を落とすのでまだ聴牌していないと博紀は判断。
結局この局は3巡後に博紀が断么九を自摸和了って500点オール。持ち点は博紀9500点、直紀、俊介、千智は7500点、皐月は8000点。モニター代わりに使っていたテレビに皐月がエクセルで作った点数表が表示された。皐月が点数を入力すると自動的に計算される。
「クソ~っ、一発で決めてやろうと思ったのに……(こいつら通しやってんのか?)」
「俊介が和了ったら俺が歌わなきゃならなかったからな。やばかったわ~(ざまあみろ。積み込みなんかしやがって)」
自摸和了の時は下家が抜けることにしているので、直紀が見に回り、皐月が入る。直紀は俊介と皐月の手牌が見える位置に移動した。
(直紀の奴、おれと俊介の手牌を通すつもりなのか?)
皐月はぶっこ抜きをするつもりはなかったが、これで博紀や俊介に対抗するイカサマ技を封じられたと観念した。それどころか手牌の一部を伏せ牌にして盲牌で打なたければならないと考えた。後ろで直紀に見られている以上、牌姿はガラス張りだと思わなければならない。
2局目は親の博紀が連荘。このマージャンのルールは1局精算なので永遠に東場から変わらない。芝棒の代わりにイーサリアムのコインが出された。自分の持っているコインを卓の右端に出しているので、積み棒でコインを使うとややこしい。
「積み棒くらい100点棒を使ってもいいんじゃないか?」
皆が口々にそうだなと言い、博紀の提案が採用された。芝棒の管理は見に回っている者の役割になった。
「全自動卓って自動で全員の点数を手元のモニターに表示してくれるんだって。知ってた?」
皐月の蘊蓄が始まった。
「点棒の重さを計量して持ち点を計算したり、点棒から信号が出てるやつや点棒にICチップが仕込まれていいるやつがあって、雀卓が読み取って計算するんだって」
「そりゃ便利だな」
「エクセルに入力するのめんどくせ~」
博紀が骰子を振って、ピンゾロの右2。ドラは五索、俊介の壁牌の左端の牌がドラ表示牌だ。これで下家の皐月のドラ爆と対面の俊介のぶっこ抜きを封じることができた。これは置き賽ではなくガチの賽の目だったので、博紀にとっては悪くない。皐月と俊介の背後には直紀がいるので手牌が筒抜けだ。直紀に見張られていて、俊介も皐月も悪戯ができない。
(平で打てば入屋さんには勝てるだろ)
博紀は千智のおぼつかない手捌きを見て大したことないとナメていた。そんな千智が5順目に立直をかけてきた。捨て牌は北、南、一筒、白、九萬。特徴のない捨て牌だ。千智のことを全く警戒していなかったので、どの牌が手出しだったのかすら見ていなかった。平和、断么九を警戒すると最低で3900点、ドラを考慮すると7700点も有り得る。
(マジか……ヤベぇな……)
博紀は小手返しをし、直紀に視線を投げる。千智の背後に回って手役を教えてもらいたいが、このサインは決めていなかった。だが直紀は状況から博紀の要求を察し、千智の手牌が見える位置へ移動した。
この瞬間、ぶっこ抜きをするチャンスだった。しかし皐月の壁牌はもう配牌で取られてなくなっていた。俊介が壁牌の右端4枚を抜こうと博紀の方を見ると、博紀が据わった目で俊介を見ていたので何もできなかった。
「すげーな、入屋。ちゃんと麻雀できるじゃん(一四七索待ち)」
「ちょっと黙っててくれる? あと私の後ろに来ないで!」
「あ、ごめん」
千智は直紀に当たりがキツい。学校でのトラブルが尾を引いているのか。
待ちがわかった博紀にとって千智はもう安全牌だ。だが博紀には千智の手の大きさが想像できない。博紀と千智は初対局なので対戦データがまるでない。自分から攻めようとも思ったが、まだ三向聴なので聴牌すらできないかもしれない。ここは皐月か俊介の放銃を誘う方が得策かもしれない、と博紀は考えた。
「こんな立直、何で待ってるかなんてわかるはずねぇや」
強い打牌で手の内の対子になっている二索を切り出した。場の索子を安くしてやろうという目論見だ。皐月は現物の一筒を切り、俊介は通っていない九索を切る。これならいつか俊介から当たり牌が出るだろうと博紀が北叟笑んでいると
「自摸」
千智が一索を優しく卓に置き、ゆっくりと手牌を開いた。
「立直一発自摸平和ドラ1、裏ドラは……乗った! 跳満っ!」
裏ドラは表示牌と同じなので五索。俊介がぶっこ抜きのために積み込んでいたから表裏が同じ牌になっていた。
「お~っ! 千智すげー! 安目なのに跳ねちゃった!」
「マジかよ、クッソ!」
千智は跳満和了で12300点加算されるので、持ち点が千智19800点、直紀7500点、皐月4900点、俊介4400点、博紀3400点となる。千智がトップで博紀がラスだ。
「げ~っ、俺がラスか……歌、歌わなきゃダメなのか?」
「当たり前じゃん。博紀、男らしくないぞ」
「兄ちゃん、ガンバッ!」
「博紀君、知ってる歌だったらおれが一緒に歌ってあげようか」
俊介が Spotify から流れている音楽を止め、博紀に曲の選択を迫った。
「あ~っ、もうわかったよ。歌えばいいんだろ。じゃあ『うっせえわ』歌うわ」
博紀は Ado の『うっせえわ』を選んだ。少し前の曲だが、ここにいる全員が知っている。
「博紀君、カラオケアプリで歌う?」
「いや、それは勘弁。せめてボーカルに合わせて歌わせてくれよ。それくらいいいだろ」
歌が苦手な博紀は少しでも自分の歌声を誤魔化そうと必死だ。
「いいじゃん、博紀の言う通りで。おれの歌いたい歌だって絶対にカラオケアプリに対応していないし」
「兄貴の歌を聴かされた方が罰ゲームじゃん」
「うるせえな、直紀!」
(あ~あ、直紀の奴、言わんでもいいこと言っちゃって)
「博紀君、それじゃぁリアルうっせえわじゃん。だったらカラオケアプリはなしにしよう。YouTube の MV に合わせて歌うで決定。それなら映像も見られるし」
俊介の仕切りでひとまず場が収まった。YouTube で『うっせえわ』を表示させ、いつでも再生できるようにスタンバイさせた。
「ねえ博紀君、歌ってるとこ動画撮ってもいい? SNSに投稿したいんだけど」
「だめに決まってるだろ!」
「ちぇっ、つまんないの」
「ファンクラブの子たちにお前の動画を見せてやったらいいのに。悶絶して喜ぶぜ」
博紀は通っている小学校でモテモテのイケメン野郎で、ファンクラブまである。
「皐月もくだらんこと言ってんじゃねえよ。それよりさっさと済ませようぜ。歌うのは1番だけな」
「しょうがないなぁ。じゃあ始めようか」
いよいよ博紀の歌の披露が始まった。1秒で終わるイントロに乗り遅れて博紀も MV のボーカルと一緒に歌い始めた。テレビの画面に映像が流れ、ミニコンポのスピーカーからいい音が流れる。なかなかいい感じだ。この方がカラオケアプリで歌うより楽しい。
サビに入る「はあ?」のところで俊介も歌いだし、「うっせぇうっせぇうっせぇわ」のフレーズは直紀も皐月も一緒になって歌った。2回目の「うっせぇわ」では千智もノリノリで手をたたきながら一緒に歌った。
「はい、終わり~」
博紀が素早く PC に手を出し、スペースキーを押して動画を止めた。
「なんだよ~、せっかく盛り上がってたんだから2番も歌わせろよ~」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、そんなに歌いたかったら俊介、次はお前が一人で歌えよ」
「じゃあ次はワザと負けようかな」
俊介のこの一言に皐月はムッとした。
「やっぱりお前にとってこの罰ゲームはご褒美だったな」
「兄ちゃん、もうムキになって勝ちにいくことないんじゃない?」
「はぁ? 俺はもう歌いたくないわ。次は勝つ!」
「おれは普通に打つからね」
皐月は直紀と博紀の会話を聞いて、これはもうコンビ打ちのイカサマはなくなるなと思った。直紀が嫌がっている。俊介も負けたいなら悪戯はしないだろう。これでやっと普通の麻雀が打てる。勝負にはこだわりたいが、ギスギスしたのは好きじゃない。
「じゃあそろそろ2回戦をやろうか」
男たちが揉めている間、スマホを触っていた千智が手を止めて、顔を上げた。
続く