寂しいお寺(皐月物語 151)
一人だけ先に大宝蔵院から出た藤城皐月はベンチがわりに座っていた基壇から玉砂利に降り、東院伽藍へ向かう石畳の参道へ出た。法隆寺の案内人の女子大生、立花玲央奈が皐月を追うようにやって来た。
「藤城さん、前島先生から体調を崩したって聞いたんだけど、大丈夫?」
立花が心配顔をしていた。前島先生も同じような顔をしていたが、皐月は立花に自分への強い気持ちを感じた。
「大丈夫です。前島先生も大げさだな。仏像や宝物を見て疲れただけなのに」
皐月にはどうして立花が大宝蔵院を出てまでここに来たのかわからなかったが、玲央奈と二人になれたことが嬉しかった。
「そう……。気持ちが悪いとか、頭が痛いとかじゃなくて良かった」
玲央奈に笑顔が戻った。これから大宝蔵院に入る他のクラスの児童たちが皐月と立花が二人で話しているのを見ていた。その中に1組の江嶋華鈴もいた。華鈴はどこか怒っているように見えた。
「一度大宝蔵院から出るともう戻れないんだけど、よかったの?」
「もう一度、百済観音像を見たいなって思ってたんだけど、まあいいや。また来るから」
「また来るんだ」
「いつかね」
次に法隆寺に来るのはいつになるのだろう……。皐月はそんなに遠い先の話ではないような気がしていた。
「百済観音とはまた会えるけど、立花さんとはもう会えないんだろうね」
皐月は玲央奈から顔をそむけた。感情が昂っている顔を見られるのが恥ずかしかった。
「さっき前島先生に撮ってもらった写真を送ったじゃない」
皐月は遠くに小さく見える五重塔を見て、玲央奈と西院伽藍で廻廊を背景に写真を撮ったことを思い返した。あの時はこれで一期一会にならずにすんだと思ったが、再び会うことは遠すぎる約束だとも思っていた。
「奈良に来ることがあるなら、連絡をちょうだい。また一緒に法隆寺をまわりましょう」
皐月の最も聞きたかった言葉だった。歓喜の雄叫びを上げたかったが、そんな姿を玲於奈に見せるわけにはいかない。
「個人でガイドなんて頼めるの?」
「バカね。あなたからお金を取るわけないじゃない。タダで案内してあげる」
玲央奈がクスクスと笑った。玲央奈の笑顔は皐月の好きになったどの女性とも違っていた。恋人が増えれば増えるほど、たくさんの魅力的な笑顔を見ることができる。
「藤城さんが大きくなる頃には、私はもうおばさんになっちゃってるね」
「もっと素敵な女性になっていると思うよ。それに俺……もっと早く会いに来ちゃうとと思う。でも焦って早く会いに来ると、俺まだ子供のままだし……そんなの嫌だよね?」
「嫌なわけないじゃない。可愛い藤城さんとお寺を歩くのも楽しそう」
皐月は芸妓の明日美や満と街を歩いたことを思い出した。彼女たちとデートをした時は特に子供扱いをされたとは思わなかったが、対等な関係とも思えなかった。
「俺、歴史や神仏のことをもっと勉強するよ。本当言うと、大宝蔵院の中で古代のいろいろなことが嫌になっていたんだ。歴史ってなんか嘘っぽいし、展示されていた宝物にはいろんな思いが残っているし……。それで辛くなっちゃって、大宝蔵院から逃げ出したんだ」
「……繊細なのね」
玲央奈に見透かされたのが不思議と嬉しかった。皐月はこの時、女の人に自分の弱さを知ってもらうことが心地良いと初めて知った。
「でも、玲央奈さんが一緒にお寺巡りしてくれるなら、大丈夫な気がする。俺、もっと歴史や仏教の勉強をしたくなってきた」
「私の名前、憶えていてくれたんだ。一度しか言わなかったのに」
「憶えているに決まってるじゃん。好きな人の名前を忘れるわけないよ」
顔が熱くなった。だが、皐月は恥ずかしさに耐えて、玲央奈から目を逸らさなかった。
「私も藤城さんの名前、知りたいな」
「皐月だよ。5月に生まれたから皐月とか、厩戸の君みたいに適当な名前だよね」
「そんなことないよ。素敵な名前と思う」
玲央奈は楽しそうに笑っていた。皐月は自分の名前が女みたいだと気にしていたが、素敵と言われて嬉しくなった。
「だから神谷さんは皐月さんのことを『こーげつ』って呼んでいたのね。音読みだったんだ」
大宝蔵院の出口から6年4組の児童たちがゾロゾロと出てきた。これでもう玲央奈と二人きりで話す機会がなくなるのかと思うと、皐月は泣きたくなってきた。だが、クラスメイトに涙を見せるわけにはいかなかった。
6年4組の児童たちが大宝蔵院から出て来た。法隆寺の宝物を見学する時間が終わった。この後、東院伽藍へ行って夢殿を見て、4組は中宮寺にも行って修学旅行が終わる。前島先生とガイドの立花は残り時間と行程の確認をしていた。
皐月は岩原比呂志と栗田大翔に心配された後、3人でジオラマ作りの話をした。そこへ神谷秀真がやって来た。秀真は夢殿へ移動する時にもっとガイドの立花と話をしたいと思っているようだ。
「秀真、お前さっき立花さんと何を話してたんだ?」
皐月は秀真が大宝蔵院の聖徳太子のエリアで二人が話していたのを見ていた。
「聖徳太子の『未来記』のことだよ。『未来記』についてどう思うかって聞いてみたら、聖徳太子がファンタジーなら、『未来記』は偽書だって言っていた」
「ああ、なるほど」
「でも、『未来記』の内容は別だって。誰がいつ書いたのかはどうでもよくて、内容に価値があるなら『未来記』にも価値があるって。でも、過去の予言が当たったような書き方は許せないんだって」
皐月が歴史に嫌悪感を抱いているのは、過去の出来事を編纂者の都合で抹殺したり捏造したりしているからだ。過去の予言が当たったように書かれた予言書なんて読む価値もない。
「ガイドさんは未来予言にはあまり興味がないみたいだった。だから『未来記』は読んだことないんだって。もしもう一度、ガイドさんから話が聞けるなら、聖徳太子とペルシャとの繋がりのことを聞いてみたいな」
今も昔も世界は繋がっている。古代の日本も外国から人や文化がたくさん伝わってきた。法隆寺のような古い寺に修学旅行で来るということは、朝鮮や中国、インドから人や文化が伝わってきたことを自分の目で見ることだ。
だが、本当はさらに西からも人や文化が伝わっている。それがペルシャであり、ユダヤであり、シュメールだ。皐月や秀真はオカルトの分野から古代史へと興味が広がり始めている。
「皐月、体調が悪いって先生から聞いたけど、大丈夫?」
栗林真理がなんの心配もしてなさそうな顔で話しかけてきた。一緒にいた二橋絵梨花や吉口千由紀の方が皐月の体調を気にしているように見えた。
「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだから。でも、もう回復した」
「あんた喋ってばっかで、百済観音のことちゃんと見てなかったでしょ?」
「そんなことないよ。すごく印象に残ってる。百済観音は後でもう一度見ようと思ってたよ。でも、またここに来ればいいやって思って外に出ちゃった」
皐月の言葉に絵梨花と千由紀が微かに反応していた。皐月は千由紀といつか一緒に奈良に取材旅行に来ようと約束をした。絵梨花とは約束をしたわけではないが、お互いの気持ちを確かめあっている。真理とはいつでも二人で旅行に行ける関係だ。
「修学旅行ももうすぐ終わるね」
皐月は再び五重塔に目をやった。伽藍も仏像もどんな経緯で造られたのかはわからないが、千年を超えて現代まで存在している。それだけで尊いことだ、と皐月は改めて法隆寺のことが好きになった。
6年4組の児童たちは大宝蔵院を離れ、登院伽藍へと向かった。先頭を歩いているガイドの立花の周りには女子たちがいた。皐月と秀真はその中を割ってまで立花のところへ行こうとは思わなかった。
左手にある大宝蔵殿は大宝蔵院ができるまでは宝物殿の役割を果たしていた建物だ。築地塀に立派な門が造られていて、現在では大宝蔵院で展示されていない宝物が収められている。
皐月は月花博紀と話をしたい気分になっていたが、博紀の周りにも他の男子が集まっていて、近づけそうになかった。皐月はもう、歴史やオカルトの話をしたくなくなっていた。
「皐月」
真理が一人で皐月に話しかけに来た。
「豊川に着いたら、お土産どうする? 今日、渡しに行く?」
「そうだな……。その方がいいかも。検番とノイチだけだもんな」
皐月と真理は検番の京子姐さんと、京子の娘の玲子へのお土産を買ってある。京子は豊川芸妓組合の組合長で、皐月の母の百合と、真理の母の凛が御世話になっている。玲子は京子の娘で、今は芸妓をしながら『Coro Da Noite』というクラブを経営している。皐月も真理も小さい頃には玲子によく可愛がられていた。
「一度家に荷物を置いてから、名鉄の豊川稲荷駅の前で待ち合わせようか。先に玲子さんの店に行こう。あまり遅くなるとお客さんが来ちゃうから」
「わかった」
6年4組一行は西大門と東大門を結ぶ真っ直ぐな長い参道に出た。突当たりの築地塀の向こうには子院の普門院がある。立花はここで立ち止まり、みんなにガイドを始めた。
「この塀の向こうには法隆寺が火事で全焼する前の若草伽藍がありました。法隆寺は聖徳太子が建てたと言われていますが、本当に聖徳太子が建てたのは燃える前の若草伽藍の方で、現在まで残っている法隆寺は聖徳太子が建てたものではありません。ちなみに若草伽藍は一般人は立ち入ることができません」
随分攻めた言い方をするな、と皐月は立花のことをマジマジと見た。すると、立花も皐月のことを見ていた。
「現在の西院伽藍はほぼ南北を向いて造られていますが、若草伽藍は北北西におよそ20度傾いています。この北北西20度というのが2500年以上前にできた古代ペルシャの都、ペルセポリスの宮殿とと同じ傾きをしています」
皐月と秀真は思わず顔を見合わせた。二人の好きな話の展開になるんじゃないかとワクワクした。
「飛鳥時代の日本は少なからずペルシャの影響を受けています。例えば法隆寺よりも前に建てられた飛鳥寺という、本格的な伽藍を備えた日本最初の仏教寺院があります。飛鳥寺を建てた大工さんの総監督が太良未太というペルシャ人だったのです」
児童たちから「おお~っ」という歓声が上がった。皐月は飛鳥寺のことまで調べていなかったので驚き、東大寺二月堂の修二会を始めた実忠というペルシャ人と思われる僧侶のことを思い出した。
「飛鳥寺は587年に蘇我馬子が建てようと決めましたが、法隆寺はその1年前の586年に建てることが決まっていました。完成は飛鳥寺の方が早かったのですが、建てると決めたのは法隆寺の方が早かったのです。つまり、同じ時期にお寺の建てていたのですから、法隆寺にもペルシャ人の大工さんが関わっていても不思議はないと考えられます」
話はここで終わった。立花は築地塀の突き当たりを左へ進み、東大門を目指した。皐月と秀真はここからシリウス信仰へと話を発展させることを期待していたが、肩透かしを食らってしまった。
「なあ、皐月。話、終わっちゃったよ」
「まあ、しゃーねーだろうな。修学旅行だし。でも、ペルシャとの関わりのことが聞けただけでも良かったじゃないか」
「まあ、そうだけどさ……」
「ガイドさんは絶対にもっと詳しい話を知ってるよな。」
「でも、いくら知ってたところで、ガイドさんとはもう話す機会がないじゃないか。僕たちと共通の話題で話ができる友達にはなれそうにないな……」
秀真は落ち込んでいた。同好の士を得られる機会というものは然う然うないものだ。秀真にとって、立花との出会いは一期一会となりそうだ。皐月は冷徹な眼差しで秀真を見て、自分だけが玲央奈と繋がっていることを絶対に知られてはならないとガードを固めた。
東大門は三棟造りという奈良時代を代表する建築様式の建物の一つで、国宝に指定されている。西院と東院の境にあるため中ノ門とも呼ばれている。平安時代に現在の場所に移築されて入るが、改築はあまりされていないので、天平時代の特徴をよく残している。
案内人の立花玲央奈は東大門の前で立ち止まった。
「法隆寺は大きく西と東に分かれています。ここがその境界となる門です。ここから先はかつて聖徳太子が暮らしていた斑鳩宮という宮殿があったところです。現在は夢殿という、聖徳太子の供養と信仰のために建てられた八角形の御堂が建てられています。これからその夢殿を見に行きます」
皐月は築地塀に仕切られている御影石の張られた参道を歩いているうちに時代感覚がおかしくなっていた。東大門を背にして話す立花を見ていると、天平時代の幻想の中にいるような感覚になってきた。それはとても気持ちのいいもので、これが人を古都に引き寄せる力なのかと思った。
「ちょっと振り返ってみてください」
立花の言われるがままに後ろを振り向くと、西大門に向かって長い参道が真っ直ぐ伸びていた。ここには令和を思わせるものが何一つなかった。皐月だけでなく、6年4組の児童たちは誰しもこの現実離れをした光景に心を奪われていた。
「私は法隆寺ではここから見る景色が一番好きです」
立花の言葉を聞き、皐月もそんな気がしてきた。西院伽藍の中で見る五重塔や金堂、廻廊の景色も確かに素晴らしかった。南大門から中門へ向かう途中でこの参道と交わるところから見る景色も良かった。だが、そこからだと西大門と東大門が近すぎる。皐月は東大門から西大門を望む長い参道にこそ、1400年の時の長さを感じられるような気がした。
「法隆寺の歴史は不確かなことが多く、真実は永遠に解明されることはないでしょう。でも1400年の時を超えて今日まで存続して、創建当時を思わせる姿を見せてくれるだけで良かったな、と私は思っています。いつまでも絶えることなく、法隆寺を後世に残してもらいたいと願っています」
立花が東大門を通り抜けたので、児童たちも立花に続いた。東大門から先の参道は角度がついていた。立花はここでも少し話をした。
「西と東で参道が真っ直ぐ繋がっていないのは、東の参道が法隆寺が燃える前の斑鳩寺の若草伽藍の傾きに対応しているからではないかと考えられています。斑鳩寺と斑鳩宮は同じ向き、北北西20度で並んでいたのでしょうね」
ほとんどの児童は何の話をしているのかわからないような顔をしていたが、皐月と秀真はピンと来ていた。法隆寺とペルシャとのかかわりから、聖徳太子とペルシャ人の関係を示唆している話だ。
「この頃の朝廷は小墾田宮といって、ここから南南東に20kmほど離れた、現在の奈良県明日香村にありました。小墾田宮は発掘調査から実在が裏付けられた最も古い朝廷です。聖徳太子は推古天皇の皇太子であり、摂政でもあったので、小墾田宮で働いていました」
一般の参拝者も立ち止まって、立花の説明を聞いていた。立花は大人の客にガイドする時と違い、小学生向けに言葉を調整しながら話をしていた。
「聖徳太子が603年に冠位十二階、604年に十七条憲法を作ったり、607年に遣隋使を派遣することを決めたのは飛鳥にある小墾田宮で行われたんですよ」
授業で習ってテストで出た言葉が立て続けに話されて、児童たちは色めいていた。
「聖徳太子は605年になると、ここにあった斑鳩宮に引っ越して来ました。斑鳩寺の若草伽藍は607年に完成しました。斑鳩寺の完成する直前の2年くらいはすぐ隣の斑鳩宮に暮らしながら完成を見守っていたんでしょうね」
2年という期間が12年しか生きていない児童たちにもわかりやすく、聖徳太子と法隆寺の関わりがリアルに感じられた。
「斑鳩宮に住むようになった聖徳太子には困ったことがありました。それは小墾田宮まで通勤しなければならないということです」
立花は何の資料も見ずに説明していた。児童たちの様子を見ながら間を取り、話を続けた。
「斑鳩宮から小墾田宮を結ぶ、北北西20度を斜めに走る太子道という道があるのですが、距離にするとおよそ20kmもあります。20kmを馬で駆けるというのは大変なことです。どうして大変なのかわかりますか?」
立花は目の前にいる女子に質問をした。
「馬が疲れるから?」
「はい、その通りです。馬は速歩といって、時速13~15kmで走ると1日に約30~45kmの移動が可能です。速歩を継続できるのは1時間程度ですので、斑鳩宮から小墾田宮までは途中で休憩を入れると、片道2時間は必要でしょう」
児童たちがざわざわし始めた。聖徳太子は本当に馬で通勤できたのかと疑い始めた。
「駆歩なら時速20~30kmは出せますが、そうすると1日に最大30kmしか走れません。駆歩を出せるのは一度に30分が限度ですので、斑鳩宮と小墾田宮を往復するのは不可能です。ですが、もし無茶苦茶強い馬なら可能なのかもしれませんが、それでも片道1時間はかかるでしょう」
なんだ、できるのかと児童たちは安心したような、がっかりしたような反応を示していた。だが、皐月はこれが聖徳太子が架空の人物だということを示唆していることだと思った。遠回しに有り得ないことを伝えたかったと理解した。
「馬以外にももう一つ大きな問題があります。それは十七条憲法です。みなさんは十七条憲法の内容を十七条全て知っていますか?」
首を横に振る者が多く、知っている者は一人もいなかった。皐月も教科書の欄外に書いてある一部を抜粋した程度の知識しかなかった。
「十七条憲法の第八条に『役人は朝早く役所に行き、遅くまで仕事をしなさい』と書かれています。つまり、聖徳太子は朝は日の出前、帰りは日の暮れた暗い中を馬を走らせて、遠距離通勤をして長時間労働をしなければならなかったのです。いくら聖徳太子が偉いからといって、自分が決めた憲法を破るわけにはいかなかったでしょう」
立花の話を聞いていた一般客の大人たちが「聖徳太子も大変だな~」と同情していた。
だが、皐月はこれもおかしいと思った。馬の目にはタペタムがあり、目に入った光を増強させる機能があることを知っている。だが、人は馬のようなわけにはいかない。夜目のきかない聖徳太子が夜に駆ける馬への対応ができるはずがない。ましてや街灯のない暗闇の中、ギャロップのようなスピードで夜駆けをさせて毎日長距離を走らせるなんて、人馬両方の安全を考えると有り得ない。
「では、これから夢殿に向かいます」
立花はみんなの先頭に立ち、6年4組の児童たちを率いて夢殿へ歩き始めた。
皐月は東大門から夢殿に向かう参道が好きになっていた。東院の参道は西院の参道よりも美しい。だが、西院ほど長い参道でないところが惜しい。
参道の両側には築地塀が伸びていて、ところどころに立派な瓦屋根の棟門がある。左手には水路と桜並木があり、その奥には子院の屋根が見える。この土塀の先が斑鳩宮の推定範囲とされている。
みんな静かに歩いていた。美しい光景に見惚れているからなのか、疲れているからなのかはわからない。皐月も今ここで誰かと話しながら歩きたいとは思わなかった。
東院の出入口となっている四脚門は鎌倉時代中期の建立だという。ここは東院の正門ではなく、東院南門が正門となっている。南門は開かずの門で、一般公開されていない。だが、東院沿いの路地をまわると正面から見ることができる。
ガイドの立花は児童たちを連れて東院四脚門を抜け、正面の入口から伽藍の中へ入った。目の前のすぐ近くに夢殿があった。
「おおっ……」
皐月は思わず声を出してしまった。五重塔のように大きくはないが、八角円堂という見慣れない外観の建物と、伸びやかに広がる屋根の反り、その最上部にある露盤宝珠という仏舎利が印象的で美しかった。
立花は児童たちを廻廊の右手へ誘導し、夢殿を見せながら概要を小学生向けに話した。
「東院伽藍は聖徳太子一族が住んでいた斑鳩宮の跡に建てられました。斑鳩宮は聖徳太子の死後、643年に蘇我入鹿の兵によって火をかけられ、聖徳太子の子で蘇我入鹿との従兄弟の山背大兄王と聖徳太子の一族は全て滅ぼされてしまいました」
皐月はこの出来事を皆殺しにされたと憶えていたので、立花の優しい婉曲表現に優しさを感じた。
「夢殿は斑鳩宮に同名の建物がありました。聖徳太子はそこで仕事をしたり勉強をしていたと伝わっています。仏教の経典を勉強していて難しいところを、夢の中で教えてもらったという逸話から夢殿と名付けられたようです」
皐月は夢殿という名前に幻想的で儚い印象を持ち、歴史的建造物の中で最もいい名前なんじゃないかと感じていた。聖徳太子も夢のような存在なので、夢殿は聖徳太子によく似合っていると思った。
「聖徳太子には渡来人の家庭教師がいました。高句麗から渡来した恵慈と、百済から渡来した慧聡という僧から仏教を学びました。また、百済から渡来した覚哿という儒学者から儒教を学びました。聖徳太子は外国から入って来た学問を夢殿で勉強していたんでしょうね」
神谷秀真が不満気な顔をして皐月の方を見た。それだけじゃないだろうとでも言いたげな顔だ。皐月も秀真もゾロアスター教や景教だって誰かから学んだはずだと考えていた。
「夢殿には救世観音菩薩像という仏像があります。これは秘仏ですので、残念ながら今日は見ることができません。春と秋に特別公開があるので、機会があれば見に来てください」
立花が資料で持たされた救世観音菩薩像の写真を見せると、児童たちが彼女のまわりに集まってきた。口角が上がった救世観音の顔は大宝蔵院で見た百済観音よりも親しみやすさを感じさせるものだった。同じ飛鳥時代にできたものでも、秘仏として外気に触れないよう布で巻かれていた救世観音は百済観音よりもずっと綺麗な顔をしていた。
「救世観音像は聖徳太子が生きている時に造られ、聖徳太子の等身大だと言われています。この像は身長が179cmもあります。現代でもかなり長身ですが、飛鳥時代にこの身長は考えられないとも言われています。そのせいか、聖徳太子は日本人ではなく、ペルシャ人ではないかと言う人もいます」
皐月と秀真は顔を見合わせた。お互い顔がにやけていた。
「なんだ、ガイドさんってやっぱり知ってたんだ」
「そりゃそうだよな。知らないわけないよ。でも、立場上言えないんだ」
皐月と秀真は胸につかえていたものが取れたように気分が良くなった。
「観音菩薩は昔から広く信仰の対象になっていて、苦しむ人を助ける仏のことだと信じられています。観音菩薩には名前の前にいろいろ言葉がついて、それぞれの特徴をあらわしています。夢殿の本尊である救世観音菩薩は世を救うという、最大級の能力を持つ観音菩薩ということにされています」
立花は自分で作成したスケッチブックを開くと、救世観音菩薩の救世にマルがついていて、『世を救う』『救世主』と書かれた箇所を指差した。
「『聖徳太子伝暦』という平安時代に著された聖徳太子の伝記によると、救世観音は聖徳太子の化身と言われています。救世主としての聖徳太子という考え方は、ペルシャから中国へ伝わっていたゾロアスター教や、新羅で流行していた弥勒信仰の影響があったのかもしれません。聖徳太子は神として信仰の対象になったのでしょう」
立花は最後に聖徳太子信仰の総本山にふさわしいまとめ方をした。聖徳太子を救世主に祭り上げておけば、一般の参拝客に話を聞かれても問題がない。
それから立花は行信という僧が聖徳太子を偲んで年739年頃に荒れ果てた東院を再建したことや、鎌倉時代に夢殿を改築して屋根を大きくしたことなどの話をした。夢殿以外のガイドを省略して手短にガイドを終え、児童たちを伽藍へ開放した。
ほとんどの児童は真っ先に夢殿へ向かったが、皐月はまず廻廊を一巡りしてから夢殿を見ようと思った。一人で見たかったので、誰にも声をかけず廻廊を右に進んだ。
皐月は小ぢんまりとした東院伽藍の廻廊に、西院伽藍の廻廊を見た時のような感動をしなかった。連子窓を通して見る景色は現実的だった。だが、伽藍の中の夢殿は八角堂だけあって、どの角度から見ても美しかった。
廻廊の東の角の礼堂の横で一度立ち止まった。この蔀戸の下りた礼堂は鎌倉時代に新造されたもので、創建当初の東院ではここに中門があったという。
正門だったかつての南門は室町時代に造られたが、今は開かずの門として封印されている。中門を礼堂に改築したことによって、伽藍への出入り口は封鎖された。今でこそ四脚門の前を参詣者の出入り口としているが、観光地として開放するまでは夢殿を伽藍の中に封印していたのかもしれない。
「藤城君は夢殿の中の仏像を見ないの?」
いつのまにか皐月の隣に吉口千由紀がいた。千由紀は一人だった。
「後で見るつもり。でも、本尊の救世観音菩薩像が厨子の中に隠されているから、見に行っても仕方がないような気がする。他の仏像には興味がないし。吉口さんは?」
「私は夢殿が小説の舞台にならないかなって思いながら見てる」
「へぇ……。で、どう? 舞台になりそう?」
千由紀は皐月の方を見ないで夢殿を見ながら話していた。皐月も千由紀にならって、千由紀に顔を向けるのをやめた。
「そうね……。書きようによっては舞台になるかも。藤城君は夢殿を見て、何を思ったの?」
「そうだな……ここは西院伽藍と違って解放感がなく、息苦しさを感じるかな。あと、やっぱりここでは飛鳥時代の空気は感じられない。当たり前か」
「不満があるの?」
「いや、そういうわけじゃない。不満なんか持ったってしょうがないじゃん。それに美しいって思えるところもいっぱいあるし。ただ、なんとなく寂しいなって……」
皐月は修学旅行で見た寺で、法隆寺が一番寂しい寺だと思った。人には言えない事情を抱えながら、今は静かに世界遺産として生きながらえている。かつての外国の文化を取り入れようという熱気に包まれたかつての姿は、もうここにはない。
「俺、行くわ」
「寂しかったら一緒に見ようか?」
この時初めて夢殿の前で千由紀の顔をまともに見た。今まで見たどの仏像よりも魅力的だと思った。
「いい。またいつか一緒に取材旅行をするんだよね? 今日は修学旅行で慌ただしいから、お互い好きなように見学しよう」
「うん、わかった」
別れがたい思いを抱きながら、皐月は千由紀のもとを離れた。
皐月は礼堂の前を歩いて、夢殿に秘められた救世観音像の前を通り過ぎた。枝垂桜の下で一度立ち止まり、夢殿を眺めた後、廻廊の日陰に入った。男子たちが退屈な顔をしながら夢殿の八角形の基壇の上を歩いているのが見えた。
夢殿の東面には鎌倉時代に造られた聖徳太子十六歳孝養像がある。ここで筒井美耶たちが中の仏像を覗き込んでいた。皐月の視線に気がついた美耶が皐月に手を振った。
珍しいことをするな、と皐月も手を振り返すと、それを見ていた小川美緒が喜んで、皐月に手招きをした。美緒が皐月に手招きをするのも珍しい。気楽に話のできそうな美緒の誘いに乗ってみようと、皐月は夢殿へ向かった。
二重基壇になっている夢殿の石段を上ると、惣田由香里と美緒が皐月を笑顔で迎え入れた。一緒にいた松井晴香には笑顔がなかった。
「藤城君、なんでこっちに来て仏像を見ないの?」
「ん~。俺、仏像ってそんなに興味ないから。それよりも外から夢殿を見る方がいいかな。惣田も見てみたら?」
「もう仏像を見終わったから、見てみるよ。美緒ちゃん、行こうか」
「いいよ、行こう。じゃあ、美耶ちゃん。藤城君のこと、よろしくね」
由香里と美緒は「手摺が欲しいね」と可愛いことを言いながら、段差の大きな石段を恐々と下り始めた。
「藤城って仏像とか興味があるのかと思ってた。意外」
「そうか? それよりも松井たちは建物よりも仏像に興味があったの?」
「そういうわけじゃないけどさ……みんなが見に行くから、流れでついて来ただけ」
皐月は美耶の横から御堂の中の聖徳太子像を見た。大宝蔵院で見た聖徳太子像と同じ印象しか持てなかった。
「筒井はこれ見てどう思った?」
「顔がプクプク」
「なんだ、それ」
狸系の顔をした美耶も顔が少しプクッとしていて可愛い。
「松井は?」
「えっ? そうだな……ここでこんなこと言ってもいいのかなって思うけど、どうしてもっと美しく造らなかったのかなって思った。美形にした方が尊いでしょ?」
「俺もそう思う。アイドルだってマジ天使って思うくらいだから、信仰の対象になる仏像も美しくなきゃダメだよな。博紀が仏像だったら、お前、喜んで拝むだろ」
「はぁ? 何言ってんの?」
晴香に怒られてしまった。だが神聖な場所にいるからか、皐月は晴香から蹴り飛ばされずにすんだ。
「藤城君。ここから見る境内もなかなかいいよ。高い所から見下ろせるから、気持ちいい」
「そうか。じゃあ俺も仏像を見るのはそこそこにして、廻廊をぐるりと見てみようかな」
美耶と話しているところに月花博紀と村中茂之たちがやって来た。
「皐月、ここって何の仏像?」
「聖徳太子」
「へぇ……。法隆寺って、本当に聖徳太子のことを推してるんだな」
博紀たちが聖徳太子像を覗き込んでいると、晴香が一人で夢殿を下りて美緒と由香里の所へ行ってしまった。
「どう?」
「う~ん。どうって言われても、何て答えたらいいのやら……」
「俺は法華堂で見た不空羂索観音の方が良かったな」
勉強のよくできる博紀と比べて、勉強の苦手な茂之の方がしっかりとした受け答えをしたので、皐月と美耶は驚いた。のみならず茂之が不空羂索観音を正確に憶えていたことに感動した。
「さすがは茂之、お目が高い!」
「さっき見た百済観音もよかった。やっぱり仏像の方が造る方も気合の入り方が違うな」
「俺もそう思った。仏像は信仰の対象だもんな。後光も射してるし」
皐月は気楽に話ができると思って美耶に会いに来たのに、茂之と仏像の話をすることになるとは思わなかった。
「じゃあさ、法隆寺はこんなに聖徳太子を推しているのに、なんでもっといい仏像を用意できなかったんだよ?」
博紀は少し憤慨しているようだ。
「それが秘仏になっている救世観音像じゃん」
皐月は聖徳太子の生誕の逸話を話すことにした。
「聖徳太子のお母さんが妊娠する前に夢の中で救世観音菩薩に会ったんだって。それで『この世を救済するために、人間の姿をとって現れたいから、お前の腹を借りるからな』と言われて、生まれたのが聖徳太子なんだ。つまり、聖徳太子は救世観音菩薩だってこと」
「皐月、よくそんなこと知ってんな」
「修学旅行の前に予習したんだよ。だから秘仏になっている救世観音像イコール聖徳太子なんだから、やっぱり法隆寺はめっちゃ聖徳太子を推してるだろ?」
「そう言われると、確かにそうだな。夢殿は聖徳太子を崇拝するために造った建物だったな」
皐月は南側の救世観音像の前に移動した。ここから見ても救世観音像は厨子の中にあって見られない。
「俺、いつか救世観音像を見に来ようと思ってるんだ」
皐月は今までそこまでして救世観音像を見たいとは思っていなかったが、厨子の中に隠れている救世観音像を目の前にしたら、どうしても実物を見たくなった」
「藤城っていろんなこと、よく知ってるよな」
「たまたま調べたことを偉そうにしゃべってるだけだよ。茂之も勉強してから来ればよかったのに。その方が面白いぞ」
「先に勉強してから来たら、感動が薄れるのかと思ってた。逆なんだな」
「そうだよ。知識があればあるほど実物を見た時が楽しいんだ」
夢殿の南正面にいると、晴香から美耶に声がかかった。
「もうそろそろ、こっちにおいでよ」
「わかった。行く」
美耶が慌てて石段を下りた。運動神経のいい美耶は美緒や由香里のようなへっぴり腰ではなく、飛び跳ねるように石段を駆け下りた。
「お前らは夢殿をみないの? 外からこの建物を見てみろよ。すっげー美しいから」
「そうだな。これから見に行くか」
「松井たちと一緒に見ればいいじゃん。博紀、行ってやれよ」
「ああ……そうだな」
博紀はあまり乗り気ではなかった。美耶と一緒に見られたら嬉しいはずの茂之もどこか躊躇していた。
「じゃあ、俺たちも行くわ」
博紀たちも夢殿から離れて、廻廊に向かって歩き出した。
皐月は博紀たちを見送りながら、夢殿の基壇の上から礼堂を眺めてみた。近くで見た時と違って、廻廊とセットで礼堂を見ると、かつて中門だったことがよくわかった。
今来た方向へ戻り、廻廊を眺めながら北側の絵殿及び舎利殿の方へ移動した。東側の舎利殿は仏舎利が納められている建物で、西側の絵殿は壁面に聖徳太子の生涯を描いた絵画がはめ込まれている建物だ。長い切妻造の本瓦葺屋根が伸びやかで、見ていて気持ちが良い。
皐月は残りの諸尊をざっと見てから石段を下りた。目の前の絵殿及び舎利殿の前に佇んでいると、栗林真理と二橋絵梨花がやって来た。真理たちは出口付近でみんなが集まるのを待っていた。
「もう全部見たの?」
「ああ」
皐月と真理が交わした言葉はこれだけだった。一緒にいた絵梨花は何も話さなかった。三人はただじっとその場に佇んでいた。
無言でいる時間を得た皐月は次第に気持ちが悪くなってきた。聖徳太子が存在したこととして立花の話を聞き、博紀たちに生誕時の逸話を話した。聖徳太子はいなかったと思っているのに、いるものとして行動したことが皐月を苦しめた。
出口付近に6年4組の児童たちが集まって来た。ガイドの立花と話をしていた前島先生が児童たちを集合させ、人数の確認を始めた。最後に神谷秀真がやって来て、クラス全員が出口に集まった。
皐月と秀真が列の最後尾にいると、ガイドの立花が皐月たちの所へやって来た。
「あれっ? 立花さんは先頭じゃないの?」
「中宮寺は前島先生が引率するから、私は後ろでいいの。みんなの入場料、前jま先生が奢ってくれるんだって」
「本当?」
「ええ。前島先生が個人的に中宮寺に行きたくて、法隆寺の参拝コースを変更したの。どうしても如意輪観音像が見たいんですって」
前島先生が歩き出したので、皐月たちも後に続いて歩きだした。廻廊の北西の角の出口から出ると、皐月は急に寂しくなって振り向いた。
「どうしたの?」
「うん……名残惜しいなって思って」
「それくらいが丁度いいのよ」
立花に背中を押されて、廻廊のスロープを下りた。皐月が玲央奈と触れあったのはこれが初めてだった。背中から伝わる玲央奈の掌の力でごちゃごちゃとした気持ち悪さが消えてなくなって行くような気がした。