![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/137056226/rectangle_large_type_2_f7674381e0eeadf7cc1535227673a450.png?width=1200)
救済の女神(皐月物語 125)
夜も8時を過ぎると、豊川稲荷表参道の店のほとんどがシャッターを下ろしていた。満の駆るホンダ・ビートは人気のない道をゆっくりと走り、藤城皐月を小百合寮まで連れ帰った。玄関に行燈がぼんやりと灯っていた。
「百合姐さんに挨拶しておかないとね」
ヘッドライトを消してエンジンを切ると、車の中の二人は夜の静けさに包まれた。皐月が助手席から降りると、満も皐月に続いた。行燈の淡い光に照らされた満は一分の隙もないホステスの顔に変わっていた。
「ただいま~」
玄関の戸を開けると、楽器置き場になっている取次から居間までの全ての戸が開け放たれていた。居間では小百合と頼子がお酒を飲みながら談笑していた。
「おかえり」
小百合が立ちあがり、皐月を迎えに出た。皐月の背後にいた満が小百合に頭を下げて挨拶をした。
「名古屋は楽しかった?」
「うん。満姉ちゃんが大須商店街のいろいろな店に連れてってくれたから、めっちゃ楽しかった」
「百合姐さん、すみません。皐月にアフター付き合わせちゃって」
「あれ~? 玲子さんのクラブってアフター禁止じゃなかったっけ?」
小百合はお座敷がなく、お酒が入っているせいか上機嫌だった。皐月はひとまず安心した。
「百合姐さん、これお返ししますね。全然手をつけていませんから」
満がバッグから封筒を出し、小百合に手渡した。出かける前に預かったガソリン代と食事代だ。
「何言ってんの。晩御飯もお世話になっちゃって、これじゃ足りなかったんじゃない?」
「いいんですよ。今日は皐月に私の趣味に付き合ってもらったんですから。お金なんて受け取れません」
満の毅然とした態度に小百合は抗しきれなかった。満には同い年の芸妓の明日美にはない強さがある。
「じゃあ百合姐さん。私、帰りますね。今日はありがとうございました」
「こちらこそ皐月の相手をしてもらっちゃって、ありがとう。気をつけて帰ってね」
満が帰るので、皐月も見送りに出た。小百合と頼子が玄関を出た時、満は車に乗り込むところだったので、手を止めて改めて二人に頭を下げた。
満が上を向いて手を振った。その視線の先を見ると二階の欄干に手をかけていた祐希が満に頭を下げていた。この時の祐希を見た皐月は背中に冷たいものが走ったような気がした。
皐月が運転席のすぐ横へ行くと、満は車に乗り込んだ。エンジンをかけ、サイドウィンドウを下げた。
「じゃあ、またね」
「うん」
無限のマフラーに交換されたビートは重厚感のあるエキゾーストノートを奏で、低い回転数で細かくシフトアップしながら遠ざかっていった。皐月は赤く光るテールランプがパピヨンの角を曲がり終わるまで、その場から動かずにずっと見送っていた。
皐月が家に戻ると、小百合に買ってきた服を見せるように言われた。まず最初に買ったチルデンニットのベストを見せた。
「あら、懐かしい。昔こういうのが流行ったわ」
頼子が嬉しそうに皐月が買ってきた服を自分の体に当てて喜んでいた。皐月はこの服がこんなにも大人受けするとは思っていなかった。
「古着屋で買ったから、昔の服だよ。レディース物なんだ」
「ちょっと着てみてよ」
小百合に促されたので、皐月はカーディガンを脱いでベストを着た。その時、祐希が二階から下りてきた。
「あんたが着ると、あまり昔っぽく感じないわね。満にしてはいい服を選んだな~」
「満姉ちゃんは男っぽい服、好きじゃないみたい。この服に決める前にメンズ服の店を10件以上回ったんだけど、反応が悪かった」
「そういえばあの子は男嫌いだったわね。そうか……だからレディースにして中性的にしたんだ。こういう服って凛子が喜びそうね」
皐月は1学期までは髪を伸ばして女の子っぽくしていたが、それは小百合の同僚の芸妓の凛子に勧められたからだ。凛子は男嫌いではないが、まだ小さかった皐月に娘の真理の服を着せて、女の子みたいだと喜んでいた。
「祐希、どう? 似合ってる?」
「うん……似合ってる」
皐月は祐希の反応の薄さが気になった。こういうのは祐希の好みじゃなかったのかもしれないと思い、もう一着の服を出して見せた。
「こっちの服も見てよ。上下セットで買ったんだ」
皐月は紙袋から黒のベストと白いシャツ、黒のハーフパンツを取り出した。これは自分で選んで買った服なので、チルデンニットのベストよりも反応が気になっていた。
「あんた、またベスト買ったの?」
「いいじゃんか、別に……。この季節って体温調節が難しいんだよ。俺が半袖で学校行ったら文句言うくせに、細かいこと言うなよ」
今着ていたベストを脱ぎ、黒のベストを羽織った。このベストは前開きだ。今はいている黒のテーパードパンツとも相性がいいが、新しいシャツとハーフパンツに合わせたい。
「どう? こっちは女っぽくなくてイケてるでしょ?」
「皐月ちゃん、格好いいわね。まるでアイドルみたい」
「ホント? やべーな。俺、モテちゃうかもしれない」
頼子は昔から男性アイドルが好きだったので、皐月は頼子に最高レベルで褒められたんだと思った。
「あんたは体操服ばかり着ていたし、冬でも半袖半ズボンだったからモテなかったのよ。私が買った服で学校に行けば絶対にもっとモテたんだから」
「そうかもしれないね。俺、ママに買ってもらった服でコンカフェに行ったら、キャストの女の子たちが格好いいねって褒めてくれたよ」
「あんた、コンカフェなんかに行ったの?」
「行ったよ。満に連れられて何軒もハシゴした」
本当は2軒しか行かなかったが、時間延長のアリバイ作りのために皐月は少し盛って話した。
「ハシゴってあんた……。満のバカ、何考えてんのかね」
「別に普通のカフェだったよ。近所のカフェより店の雰囲気とか女の子の制服が凝ってて、食べ物や飲み物がかわいいだけじゃん。値段はけっこう高かったけど……」
「ねえ、皐月ちゃん。そのコンカフェってのは楽しかった?」
「うん。すっごく楽しかった。また行きたいけど、遠いしお金がかかるから、もう無理かな」
「当たり前だ。コンカフェなんて子供の行くところじゃない」
「なんだよ……。行かないって言ってんじゃん。それにママの選んだ服を褒められた話をしたのに、なんで怒るんだよ」
皐月はスマホを取り出して、最初に行ったコンカフェのインスタを小百合に見せた。
「ほれ。こういう所だから。別にヤバい店じゃないだろ?」
小百合に見せると、頼子が横から覗き込んできた。祐希もその背後から眺めていた。
スマホの画面には女の子の客とキャストの女の子、店の健全な雰囲気や出されるかわいいフードの写真が映されていた。
「ねえ、小百合。私もコンカフェに行ってみたくなっちゃった。とてもかわいいお店ね」
「私はいい」
小百合は席を立って台所へ行ってしまった。
皐月がコンカフェに行った話をすると、母親の小百合は機嫌が悪くなって席を外してしまった。
「ねえ頼子さん。このハーフパンツのウエストを詰めたいんだけど、ミシンってどこにあったっけ?」
「ミシンなら小百合の部屋にあるけど……。皐月ちゃん、自分でウエストのサイズ直せるの?」
「一応やり方は知ってる。やったことはないけど、まあ自分でなんとかなるかなって思って……」
「サイズ直しくらい私がやっておこうか? ちょっと見せてみて」
頼子にウエストを見てもらい、後ろと両脇の3カ所を詰めてもらうことにした。皐月は後ろの詰め方しか知らなかったので、頼子に任せてバランスの良い形にしてもらった方が良さそうだ。
「明日中に直しておいてあげる。もう遅いからお風呂に入っちゃいなさい」
「は~い」
皐月はすぐにでも風呂に入りたかった。今は少しでもいいから一人になる時間が欲しかった。家に帰った途端、一日の疲れがどっと出た。
皐月は風呂から上がり、部屋に戻った。修学旅行の訪問先の法隆寺について調べようと思い、ノートPCを起動した。
今週の木曜日から修学旅行だ。京都については班行動のためにいろいろ調べたが、奈良については学年全体で参拝するので、まだ積極的に調べてはいなかった。
PCの起動が終わる前に部屋の襖がノックされた。返事をすると、ベッドの横の襖が開いた。
「今大丈夫?」
さっきまで部屋着だった祐希はすでにパジャマに着替えていた。
「うん……まあいいよ」
「何かしようとしてた?」
「うん……別に後でいいや。どうしたの?」
「名古屋の話、聞かせてほしいなって思って……」
「わかった。じゃあ、そっちの部屋に行く」
ベッドを乗り越えて祐希の部屋に移動しようと思ったら、開かれた襖の向こうにはすでに蒲団が敷かれているのが見えた。蒲団だけが浮かび上がる奇妙で淫靡な空間だった。皐月は祐希の部屋に入るのを躊躇した。
「ちょっと飲み物を取りに行こうか」
皐月の提案で下の台所にお茶を取りに行った。祐希と二人で蓋つきタンブラーにお茶を入れ、居間に顔を出して母親たちに挨拶をした。
「おやすみなさい」「おやすみ」
「二人とも明日から学校があるんだから、早く寝なさいよ」
皐月が起動したばかりのPCをシャットダウンしていると、その背後を祐希が通って自分の部屋に戻った。
「皐月」
祐希に呼ばれた皐月はベッドの横の襖の開いたところから祐希の部屋を見た。祐希は敷かれた布団の上にちょこんと座っていた。皐月もベッドを乗り越えて祐希の部屋に入り、畳に座って自分のベッドを背もたれにした。
「服屋さんを何軒も回ってきたって言ってたみたいだけど、名古屋のどこに行ってたの?」
「大須商店街って知ってる?」
「名前くらいは聞いたことがあるよ」
「大須ってアパレルショップや古着屋が何十軒もあってさ、今日はショップを片っ端から見て回った」
大須商店街がどんな所でどんな店があったかを詳しく話していると、皐月はあることに気が付いた。
聞かれたくないことを聞かれないようにするためには関係ない話をして時間を稼ぐことだ。退屈させて、話を誘導されないようにするためには面白く興味深い話をしなければならない。
祐希が一番聞きたいことは、自分と満が遅くまで何をしていたのかということだろう。だから皐月はできるだけ満と関わりのない内容を話すようにした。
コンカフェのことを聞かれたら、どんな店でどんな女の子がいたか。車のことを聞かれたら、ビートがどんなに楽しかったか。今日は色々なことがあったので、話題が尽きることはなかった。
「満ってすぐにコンカフェに入りたがるんだよね。でも、俺は普通のカフェにも入ってみたかったな~。祐希と大須でカフェ巡りができたらいいなって思ったよ」
話の端々で祐希と一緒だったら楽しいだろうな、という言葉を入れた。そういう時、祐希は嬉しそうな顔もするが、どこか表情を強張らせていた。祐希が何を思っているのかはわからないが、皐月は自分が残酷なことをしているような気がしてならなかった。
時刻は11時になろうとしていた。祐希に満との関係を勘繰られると思っていたが、会話の中で特に波乱はなかった。杞憂だったのかもしれないと緊張が緩んできた。
「俺、眠いんだけど寝てもいいかな? 明日学校だし」
「あっ、ごめんね。もう寝なきゃだね」
畳に座っていた皐月はベッドに座り直した。
「じゃあ、俺寝るわ。おやすみ」
「ねえ」
皐月が向きを変えようとすると祐希に呼び止められた。
「何?」
「満さん、かわいかったね」
「うん……人形みたいだった」
「皐月って、ああいう感じの人がタイプなの?」
「ん……どうかな。俺って好きなタイプとかないかも。好きになった人がタイプってことになるかな」
皐月は夏の終わりから急に複数の女子と付き合うようになった。
それまでは女子に恋愛感情を抱いた経験がなかったので、今のモテ期のような状況に戸惑っている。好きになった女性に共通するタイプはない。
「じゃあ満さんは皐月の好きなタイプ?」
最後の最後に皐月の懸念していた質問がきた。
「ロリータの似合う人って魅力的だよね。満姉ちゃんはロリータって男受けが悪いって言ってたけど、俺は好きだな。祐希もロリータ似合うと思うよ。絶対かわいくなるって」
饒舌で回りくどくなり、今の返しは失敗かなと思った。一言「そうだよ」と言って、祐希をばっさりと斬ってしまえばよかった。
(恋人がいるくせに、俺のことを気にするなよな)
皐月は少しイラっとしていた。
「私にはあんな格好、無理」
皐月が適当な言葉でごまかそうとしたのを祐希は即座に否定した。まるで自分の苛立ちが祐希に移り、その鬱憤を晴らすような言い方だ。
「そっか。まあ祐希はロリータの服なんか着なくても、今のままで十分かわいいからな。じゃあ、おやすみ」
皐月は会話を遮るように襖を閉めた。祐希とはまだ喧嘩をしたことがなかったが、このままではお互いに傷つけ合うことになりそうだ。
いつもなら眠る時間なのに、皐月はまだ眠くなかった。一人になって考えたいことがたくさんあるので、部屋の明かりを消して横になった。
しばらくすると襖の隙間から漏れてくる祐希の部屋の明かりが消えた。これで部屋が暗くなったが、皐月はさらに暗さを求めて、頭まで布団をかぶって目を閉じた。
この波立つ気持ちの原因は祐希が自分に対して気のある素振りをすることだ。皐月はそんな祐希を見るのが辛かった。
祐希には恋人がいるし、自分にも恋人がいる。だから祐希のいやらしさは自分も同じだ。祐希に媚態を示されるたびに自虐し、自嘲し、自己嫌悪に陥る。
体の反応に従って祐希に触れることもある。祐希の体のぬくもりにはいつも心が慰められる。祐希の体や吐息のとろけるような匂いには性的衝動を呼び起こされ、そして甘美な世界へと堕ちていくのがいつものパターンだ。
祐希は今、自分と同じ自己嫌悪に陥っているのかもしれない……そう思うと皐月は冷たく襖を閉めたことを後悔した。もっと優しくできたはずだし、一緒にドロドロとした世界に沈んでもよかった。
皐月は一人の時間が過ぎるほどに目が冴え、ますます眠れなくなっていた。体温で暖かくなった布団に包まれながら、今日の満とのことを思い出していた。
「皐月ってキス、上手いね。経験あるの?」
経験のない明日美には見抜かれなかったが、満にはあっさりと見抜かれた。栗林真理に疑われた時は隠し切れたが、満にごまかしは効かないだろう。
「あるよ。キスくらい」
「ふ~ん。そうだよね。皐月ってモテそうだもんね。……それより先の経験は?」
皐月はキスの相手は誰かと聞かれると思っていたので、話の方向が予想とずれてホッとした。自分が好きになった人のことは絶対に言えない。
「そんなのあるわけないじゃん……」
「そうだよね……。皐月はまだ小学生だもんね」
小学生が童貞なのは当たり前だと思っていても、面と向かって言われると恥ずかしい。皐月は屈辱を感じていた。
「じゃあ、皐月はしたいって思う?」
何と答えても恥ずかしい質問だ。西洋人形のようなかわいい姿をした満だが、悪魔のような笑みを浮かべている。
「思う」
「ふふふっ。皐月ってエッチだよね」
「しょうがないじゃん。悪いかよ」
満の右手が皐月の左耳に触れた。皐月は熱くなった頬を満に知られるのが恥ずかしかった。
「悪い子だよね、皐月って。でも、私はもっと悪い女だから」
満に顔を引き寄せられた。これからキスをするんだなと思い、皐月は満の動きに合わせて顔を寄せた。
「私が全部教えてあげようか?」
「……いいの? 薫姉ちゃんと付き合ってるんでしょ?」
「秘密が守れるならいいよ。こんなことしてたら、私だってしたくなっちゃうし……」
皐月はこの時初めて女の人にも性欲があることを信じた。今まではそういう欲望は男にしかないと思っていた。だから皐月は恐る恐る祐希や明日美に触れてきた。
だが現実はシンプルだ。同じ衝動は女性にもあり、相手の経験によって度合いが違うだけだ……そう考えると皐月は気持ちが楽になった。本能に対して過剰に罪悪感を覚えるのは間違っていた。
この後、名古屋を離れて満の住むマンションへ行き、皐月は満によって初めて男になった。
眠れなくなった皐月はトイレに行き、布団に戻った後、再び満のことを思い出した。
「皐月は好きな人っているの?」
事が終わった後に聞くことかと、嫌な気持ちになった。
「いるよ」
「誰?」
「明日美」
皐月は素直に答えた。満は皐月の想いを年上の女性への憧れだと思ったようだ。満の美しい誤解は好都合だ。明日美との恋愛関係は誰にも知られてはいけない秘密だ。
「皐月は私のこと、好き?」
満がどうしてこんなことを聞いてくるのかわからなかったが、皐月は素直に気持ちを伝えた。
「好きだよ」
満に抱き寄せられ、顔が胸に埋まった。皐月には母にもこんな事をされた記憶がない。安心感で気が緩み、涙が出そうになった。
「ありがとう。でも私のことはあまり好きになっちゃダメだよ」
「どうして?」
「私は薫のことを愛しているから。それに皐月だって明日美姐さんが好きなんでしょ?」
「うん」
「明日美姐さんも皐月のことが大好きみたいなんだよね。明日美姐さんって男に対してすごく冷めているから、なんで皐月のことをかわいがるんだろうってずっと不思議に思ってた。でも今ならわかるような気がする」
自分の知らないところで明日美から愛されているのを知り、皐月は満に抱かれながら感動していた。
「明日美姐さんは私の憧れなの。美しくて、儚くて、壊れそうで……。でも近づけなかった。だから明日美姐さんに愛されている皐月のことがずっと気になってた」
「それで満姉ちゃんは明日美から俺を奪おうと思ったの?」
「それは違う。さっきも言ったけど、皐月がかわいくて私のタイプだってことと、キスしたらムラムラしちゃったってことで……なんか私って淫乱だよね。イヤだな……」
「淫乱じゃない。俺のことを気にかけてくれたんだし、素直に嬉しいよ」
満のように、人には言えない恥ずかしいことを言える人は自分の周りにはいない。皐月はそんな満のことが大好きだ。しかし、満のそんなところを少し危ういと感じた。
「私ね……男が嫌いだから一生こういうことは無理だと思ってたんだけど、皐月とキスした時に『あれっ? 皐月なら大丈夫かも』って思ったんだ。それで実際大丈夫だった。でも他の男とこんなことをする気はなれないな……」
「いいよ。他の男となんかしなくても。……するなよ」
「じゃあ、私がしたいって思ったら、皐月が相手をしてくれる?」
「……絶対に秘密にするんだったら、いいよ。俺、満姉ちゃんのこと大好きだし」
「皐月、私のことを本気で好きになっちゃダメだからね。私は薫が好きだし、皐月は明日美姐さんのことが好きなんだから。あと、満姉ちゃんはやめてほしいかな……せめて満ちゃんにしてよ」
「わかった」
満はこの後、何度も私のことを好きになるなと言った。明日美姐さんから皐月を奪いたくないと言い、恋人ができても私に言うなとも言った。
いい男になれとも言われた。女のことは全部教えてあげるとも言われた。満は妙に世話を焼いてきた。一方的に満の言いなりになっているような気もするが、皐月は満の望む関係になりたいと思った。
皐月はずっと毎日が楽しいと思っていた。だが、いつしか毎日が苦しくなっていた。恋愛なんか知らない頃の、無邪気でバカみたいな毎日の方が楽しかった。
だが満に男にしてもらったことで、皐月はやっと苦しみから救済されたような気がした。そう思うと満は自分にとって女神となるが、きっと危険な女神だろう。皐月は満を荼枳尼天のイメージに重ねていた。
いいなと思ったら応援しよう!
![音彌](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/13621567/profile_0a344553449c35890e8c302c979161df.jpg?width=600&crop=1:1,smart)